私のわがままな異世界転移

とみQ

文字の大きさ
上 下
14 / 135
ネストの村編 第1章 変わる日常

12

しおりを挟む
  開け放たれた窓の外から、「ルールー」という聞き覚えのない音が聞こえる。
  虫の音だろうか。それとも何か小さな生き物の鳴き声か。
  だがどんな場所でも夜の涼しげな宵の虫のや小動物の鳴き声というのは、悪い気はしないものなのである。
  私達は四人、簡素な燭台にろうそくの火だけが灯された薄明るい部屋の中。一時のささやかな静かな時間を過ごしていた。

「本当に……まだ夢なんじゃないかって思っちゃうわ」

  椎名が眠り続ける美奈の顔を見ながら、同じベッドに腰掛け呟く。
  美奈はというと先程よりは少し落ち着いたのか、冷や汗は出ているものの、安らかな寝息を立てていた。

「そうだな。……今日の昼には私達四人、美奈の部屋で夏休みの宿題をしていたはずなのだからな」

「――私達……帰れるのかな。あそこに」

  私は言葉を詰まらせる。
  それに対する正着な答えは持ち合わせていない。それは椎名も同じ。
  答えが決まりきっている質問をするなど椎名らしくない。
  最も初めから答えなど求めていなかったのかもしれないが。
  椎名は、美奈の手にそっと自身の手を重ねた。
  彼女の丸まった背中を見ていると、少しいたたまれない気持ちになってくるのだ。
  今回のこと、美奈に対し彼女は相当の責任を感じている。
  それは今日一日、嫌というほど感じさせられた。
  私は特段責任など感じる必要はないと思っている。
  だがそう声をかけたとして、果たしてそれが彼女を安心させる結果になり得るだろうか。

「……さあな。今んとこそういう兆しは一切ねえもんな」

  工藤が会話を引き継ぎ言葉を紡ぐ。
  それから工藤が、もそもそと動いているのが目に映る。
  落ち着きなく頭をぽりぽりと掻いたり、何か言い出そうとしているのだけは分かった。
  私はそれを視界に入れつつ、黙って彼の動向を見守っていた。
  やがてふうと短い息を吐く。

「あのな、椎名」

  工藤は不意に椎名の名前を呼んだ。

「??」

  次の瞬間顔を上げ、まっすぐ彼女を見据えたのだ。

「言っとくけど、高野のことは皆の責任だからな。お前が一人でしょいこむ事じゃねえ。俺だって、何もできなかったんだ。それを言ったら俺の方が役立たずで、クソだ」

「そんな事……」

「思ってねえんだろ?  だったらそれでいいじゃねえか。椎名は悪くない。椎名は今日よく頑張った。お前は、偉いよ。俺も、隼人だって認めてるよ」

「うむ」

  ちょっと乱暴な言い方だとも思う。
  だがそれは私が言いたかったことでもあって。けれど彼女の気持ちを慮ると言い出せなかったのだ。
  いや、ただ単に私が臆病なだけなのかもしれない。
  それを言ったら嫌な顔をされるとか。泣かれたらどうしようとか。
  そんな打算的な気持ちが私の言葉に歯止めをかけたのだ。
  だが工藤は多少の逡巡はあれど、それをしっかりと伝えた。
  単純に、そんな彼が羨ましい。

「……分かったわよ。工藤くんのクセに……バカ」

  この時ばかりは椎名も言い返すことはなく。素直に工藤の言葉を飲み込んだ。

「ん」

  工藤はそれ以上は何も言わなかった。
  そこからはこの話は終わりとばかり、視線を村の人に貰った護身用の鉄の剣へと移して弄んでいた。
  鼻唄など歌いつつ、刃渡り一メートルはあるだろうか。鞘に収めた重そうなそれを、両手で交互に持ち替えたり上下に振ったりし始めた。
  何というか、かなり違和感のある光景だが。
  改めてそういう世界に来てしまったのだと思わされた。
  ふと再び視界の端に椎名の姿を捉える。
  今度は椎名の方が落ち着かなくもそもそしているのだ。
  ちらちらと工藤の方を見つつ、そわそわとしている様子が見て取れた。
  工藤の方はそれには気づかず相変わらず剣へと視線を落としている。
  今の工藤の言葉が気に入らなかったのかとも思ったが、その意図するところはすぐに判明した。

「あの……工藤くん」

「ん?」

  名前を呼ばれ、剣を弄ぶ手を止めて、工藤は再び椎名の方を向く。
  椎名は俯き両手を膝の上に置き、爪先をパタパタとしながら落ち着かない。
  やがてピタと足の動きを止め、横を向いたかと思うとぽしょりと呟いたのだ。
 
「その……ありがと」

「お――おう……」

  暗くとも彼女の顔が赤いのは容易に想像できた。
  あまりに唐突で、工藤もこれには戸惑いどもる。
  工藤もきっと、横を向けた顔は茹でダコのように赤くなっていることだろう。
  ふむ。予想と反して中々に妙な空気が流れたものだ。
  二人の間の雰囲気を眺めつつ、私自身ここにいていいものかと思ってしまう。
  もちろん喧嘩されたり険悪なムードになるよりはずっといいのだが。
  私だけが貧乏くじを引いた心持ちになる。
  勇気を出さずに一人ひよってしまった罰だろうか。
  「ルールー」と何物かの鳴き声は終始外から響いてきていた。
しおりを挟む
小説家になろうにて4年以上連載中の作品です。https://ncode.syosetu.com/n2034ey/続きが気になる方はこちらでも読めますのでどうぞ。ブクマや感想などしていただけるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう
ファンタジー
十五歳の誕生日をぼっちで過ごしていた利照はその夜、熱を出して布団にくるまり、目覚めると見知らぬ世界でリテルとして生きていた。 リテルの記憶を参照はできるものの、主観も思考も利照の側にあることに混乱しているさなか、幼馴染のケティが彼のベッドのすぐ隣へと座る。 リテルの記憶の中から彼女との約束を思いだし、戸惑いながらもケティと触れ合った直後、自身の身に降り掛かった災難のため、村人を助けるため、単身、魔女に会いに行くことにした彼は、魔女の館で興奮するほどの学びを体験する。 異世界で優しくされながらも感じる疎外感。命を脅かされる危険な出会い。どこかで元の世界とのつながりを感じながら、時には理不尽な禍に耐えながらも、自分の運命を切り拓いてゆく物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...