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きっとこの先も傷つけて

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「行き止まりじゃないか。」

 見知らぬ女性に着いてこいと言われて素直に着いて行ったのがバカだったのか、少ししてたどり着いた先は完全な行き止まりだった。目の前にはどう見ても登ることさえできそうにない崖が聳え立ち、それを背にして女性はこちらを向き立っている。その顔はどこか不敵な笑みを浮かべており、もしかして敵の罠だったのだろうかと不安がよぎった。
 しかし罠にしては人の気配もないし落石などが上から降ってくる様子もない。あるのはこの女性と俺たちの気配、そして聳え立つ崖。
 罠もなければ何か特別な物があるわけでもないこの場所。一体何が目的でここまで連れてきたのかと女性を訝しげな表情で見つめる。すると女性はクスクスと笑いながら両手を広げて話し出した。

「ようこそ、本当のクライノートへ。はい、しっかり食いしばってね。」

 本当のクライノートという言葉に疑問を持つも、それを問うより先に足元の地面が急に崩れ落ちた。

「え、は、なんかデジャブ! うわああああああっ!」

 それにより俺の体は当然ながら落下していく。意外と下まで距離があるのか、着地の体勢を考えるくらいの余裕はありそうだ。だが運動神経も反射神経も足りず、考えているだけで体がついていかないのがつらい。
 俺は無様にも情けない格好で着地し、盛大に打血つけられたお尻を撫でた。アゲートに来てからこれで地面が崩れ落ちるのは3回目。いい加減そろそろ突然の落下に慣れたいという、普通に生きていたらまず願わない願いも生まれている。

(というかこんな短期間でなんで3回も地面が崩れるんだよ。頻度高いどころじゃないだろ……。それにしても、ここは)

 無駄にそれぞれカッコいいポーズをして着地をした俺より運動神経が良いルキたちは置いておきたい。今はそれよりも大量の明かりに出店のようなもの、そしてあちこち行き交う人で賑わっている道路の方が気になる。一体これはどういうことなのかと、瞬間移動したであろう目の前に音もなく立った先ほどの女性に尋ねた。

「ここは一体なんだ? 地下街か?」

「だからさっき言ったでしょ。本当のクライノートだって。上にあったクライノートはいつでも捨てられるハリボテの拠点。」

「じゃあ爆撃されてしまったところは誰も住んだりしてなかったのか? それはそれですぐバレそうな気がするが……。」

 爆撃しに行って人の影も見えなければ普通は疑うだろう。すぐにおかしいことに気づくはずだ。
 それなのにあそこまで建物を破壊しつくしたということは、ハリボテではなく普通に機能しているクライノートだと判断できるくらい人がいたに違いなかった。

「もちろん誰もいないと他の街の人が困るから上で過ごす人も少しはいる。でもほとんどはこっちにみんないるからね。で、数日前にある人からクライノートが襲撃されるって聞いたから、活気付いてる様子を見せようとみんなで上に行った。そしたらうまいこと勘違いしてくれたからここはバレずにハリボテだけ崩壊したってわけ。」

「んなことしたらキミたち死んでるはずじゃね? でもオレが見た限り上の崩れた建物内に血とか一切なかったんだよね。でも今の説明だと死人がいないのも血がついてないのもおかしいぜ。」

 ルキがそう反論しながら女性を睨んだ。確かに女性が言うことが本当なら人が大量に死んでいないとおかしい。
 それにこの地下街、と呼ぶべきか本当のクライノートで行き交う人々は暗い表情などせず笑い合ったりしている。友人や家族が死んだなんて空気を出している人はぱっと見だと見当たらなかった。
 一体どういうことかと女性を見るが、女性はキョトンとした様子で首を傾げていた。

「血がついてないってそりゃあだって誰も死んでないもの。」

「でも爆撃時に上にいて全員無事って、んなことありえ……あ……。」

 そこまで言ってルキは急に嫌そうな顔をしながら黙った。

「どうしたんだ、ルキ。」

「いや、一瞬アドラーのあの壁なら人だけ無事で建物は破壊ってできるなと思って……。まぁ絶対アドラーの壁じゃねえだろうが。」

 ただ顔を思い出すと気が滅入る、と呟いて手で顔を覆っている。つい先日まで一緒に仲良くどさん子アプリをしていたというのに、急に敵だということを思い出したのだろうか。
 そんなルキを尻目に俺もアドラーが使うあの透明な壁について考える。あの壁は鋼魔法でしか壊せないはず。ということは爆撃の弾が当たったところで守られているものには一切被害がないだろう。
 もちろんそれはもしその壁が広範囲に、且つ守る対象に人間を指定して使えるのだとしたら、の話ではある。それができれば爆撃時の爆風や砂嵐で視界が遮られたところをここまで移動してくれば、みんな無事に逃げられるに違いない。

(そういえば俺とリーナの足元が崩れたとき、アドラーの壁で俺たちは落ちなかったのに崩れた岩は下に落ちていた。あのときは疑問に思わなかったが、もしかしたら本当に守る対象を選択できるのかもしれない)

 もしそうなら便利な魔法で羨ましいとさえ感じてくる。だが今はアドラーに思いを馳せている時ではない。この女性が言うことの矛盾を綺麗にする方が先だ。

「ヒンメルが攻めてくることがわかっていたのも気になるが、本当に一体どうやって全員無事に地下に戻ったんだ?」

「攻めてくるのがわかったのはとある人に聞いたからだよ。爆撃時にみんな無事だったのもその人のおかげ。私たちクライノートの民は特別な力がないからね。」

「そのある人って?」

「君たちがさっきから言ってる、アドラーだよ。」

 その言葉に一番に反応したのはやはりルキだった。

「アドラーが襲撃を教えてしかも住人を守る? ありえねえだろ。それになんでアドラーがこの地下のこと知ってんだよ。オレでさえ知らなかったのに。」

 ルキが知らないのは当然ではないかと思うが、それ以外は俺も同じ気持ちだ。アドラーはヒンメルの将軍、それなのに襲撃するからと教えるなんて考えられないし、そんなことしたらアドラー自身がスパイ容疑で軍法会議にかけられるだろう。
 そんなリスクを犯してまでこの街を守る理由がアドラーにあると思えないし、この地下を知っているのも謎だ。

「シンティアもクライノートが鉱山街っていうのは知ってたけど、地下街があるなんて聞いたことないよ。」

「君たちが知らないのは当然だよ。ここのことはクライノートの民と、アドラー、そして……そこにいるフィン以外は知らないからね。でも念には念を入れて確実に上がクライノートだと勘違いしてもらう必要があった。そうすれば地下があるなんて考える人もいないしね。」

「いや待て、俺が知ってる……?」

 敵国であるアドラーが知っていることよりも、俺の名前がでたことに驚愕した。クライノートが地下街だなんてこともだが、それ以前にクライノートという地名さえ記憶にない。もちろん来たことだって、ない、はずだ。
 それはクライノートだけでなくアゲートもそうで、アゲートに来たのも今回の逃避行が初めてだと思っている。常に舞う砂埃やどこを見ても岩山の風景は一回来たら忘れられるものでもないだろう。

「俺はアゲートにくること自体が初めてなんだが。誰かと勘違いしてるんじゃないか?」

「そんなことはない。君とアドラーはよくこっそり来ては鉱山に行って鉱石を採っていたじゃないか。」

「……。そうは言ってもその辺の記憶もない、みたいだ。すまない。」

 そう謝ると女性は少し悲しそうな顔をして俺を見た。その表情に心が痛んだが、今の俺にはどうすることもできない。
 初めは仕事が何か思い出せなかった。だから仕事に関係することだけすっぽりと抜けてしまったのかと思った。しかしこうして逃避行を始めて数週間、だんだんと仕事に関係していないであろうことまで忘れていることが発覚してきている。

(この感じだと大事なことも、大切な人も、きっと忘れてるんだろうな)

 そしてこれからもこうやって知り合いだった人を傷つけるんだろう。それもきっと知らないうちにたくさんの人を。

「アドラーから聞いてたけど、やっぱ私のことも綺麗に忘れちゃったんだね。まぁ、生きていてくれただけでも私は嬉しいよ。」

「すまない。改めて、名前を聞いてもいいだろうか。」

 失礼だとはわかっているが、思い出せないものはどうしようもない。だが女性は今度は特に気にする様子もなく、スッと答えてくれた。

「ルイーズ。ルイーズ・ベルナルド。好きに呼んでよ。さぁ、ずっとここに突っ立ってるのも疲れるし、あっちでみんなご飯でも食べようじゃないか!」

「ご飯ですって! 行くわよ、フィン!」

「鉱山街のご飯ってどんなものがあるのかしら~。」

 ご飯という言葉にわかりやすくテンションがあがった仲間たち。確かにずっと歩いていたし、思い出したかのようにお腹も鳴り出している。
 あまり高いものはダメだぞ、と聞こえていないだろうリーナたちに向かって一応警告をし、俺もみんなの後ろをついていった。
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