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「なぁフィン、マクシムに完全に言いくるめられてるが大丈夫なのかよ。」

 集落から少し離れたところまで歩き出したとき、ルキが不安そうに話しかけてきた。その言葉はもっともで、俺ももちろん言いくるめられたことはわかっている。
 しかし人集めをするだけで使える拠点が手に入るというのは今の状況からするととてもありがたいことだ。
 もちろん俺があそこにいると一回敵に知られてしまえば、下手したら逃げ続けているよりも危険かもしれないのはわかっている。下手したらリンドブルムのときみたいに軍で攻められるかもしれないし、数で押し切られるかもしれない。
 だがだからこそ、今は言われた通りに人を集めることに集中すべきだ。拠点にいろんな人を集めれば、ヒンメルに対抗する力もそれだけ大きくなるだろう。
 俺は少し考えてからルキの方を向いて返事を返した。

「この先ヒンメルを倒すならそれなりの設備が必要だ。そして人も。せっかく自由に使える拠点ができるんだから、マクシムのお使いくらいやるさ。」

「会って間もないのにマクシムのこと信用してるのかよ? まぁオレらも会って間もないけど。」

「しかも怪しさでいったらルキの方が上ね。」

「顔が良いから余計にね~。」

「なっ、オレは怪しくないですう!」

 心外だったのか、女性陣の言葉にルキが言い返してじゃれあい始めた。会ってまだ数日なのに仲良いな、とその様子を見ながらもただひたすら北へと歩いて行った。
 そう、北に歩いてると思っていた。絶対にそうだって。

「そう言えばみんなよく北とかわかるね! シンティアそういうの全然わかんない。」

 突然シンティアがそう言うと、みんながピタッと足を止めた。そういえばマクシムに地図とかもらっていない。
 俺は残念ながら方向がパッとわかるタイプではないし、やけに迷いなく歩いていくみんなに着いて行ってるだけである。

「私はルキについて行ってるだけよ。」

「お姉さんも~。」

「オレはなんとなくこっちが北かな、で歩いてるだけだぜ。正直わかんねえ! でも真っ直ぐ歩いてるから帰り道だけはわかるぜ。」

 凄いだろ、と自慢気に話しているルキ。着いてもないのに帰り道がわかる宣言をされても困るのだが。とりあえず困ったことに、全員北がわからず歩いていたことは確かみたいだ。

「マクシムに地図でも貰ってまた出直そう。このまま歩いたところで、どこに着くかわからないし。」

 そう言ってわりと情けないが、来た道を引き返すことにした。




「で、戻ってきたわけですか。確かにこの周辺の地図を渡しておくべきでしたね……。」

「すまない……。」

 なんとなく憐れな者を見るような視線を投げられながら俺たちはマクシムから地図を受け取った。シンティア以外この土地にくるのは初めてだし、方向感覚がわからないのも仕方ないだろう。
 それでも少し情けないなと思いながら俺は地図を広げた。

「で、ここが今いる場所です。そして向かっていただきたいのはこちら。」

 そう言いながらマクシムがペンで丸を付けていく。今いる場所は名前がないと前に言っていたが、本当に地図にも表記がなかった。

「貿易が盛んな集落、コリエンテ。この鉱山の国にしては珍しく、運河があり船での貿易をしている場所です。昔の名残で集落とは言ってますが、実質貿易港ですね。」

 また戻ってこないようになのか、先程出発したときよりも詳しく説明してくれるマクシム。船での貿易が盛んなら、うまくいけば航海士にも出会えるかもしれない。
 この国から出るつもりは当分ないが、お金を集めるのに船はとても役に立つだろう。それこそここで交易ができるようになれば、情報とともにいろんな品が手に入る。
 問題は船を手に入れたところでここは山の上。川はあるが船が通れる広さではない。当然海は離れているし、船が行き来する場所がないということだ。
 そう思うとこの場所よりも海に近いところに拠点を作った方が良い気がするが、それはまた後々考えるとしよう。船は手に入らなくても、航海士と知り合いになっておくのはいいかもしれない。

「今回探していただくのは道具屋と鍛冶屋ですが、別に他にもここの仲間になりたいという方がいれば連れてきてくれて構いません。とにかく今は仲間が多く必要ですから。」

 仲間、と言ってもヒンメルと戦いたいという人がどれだけいるだろうか。軍事国家に喧嘩を売っても勝機があるだけの人を集めるなら、やはりこの場所では狭すぎる気もする。
 そんなことを思っていると、そのことを見抜いたかのようにマクシムが話を続けた。

「ある程度人数が集まったら場所は移動するつもりです。アテがあるわけではありませんがね。というわけで仲間を集める際は私たちのそうですね、軍の名前で勧誘していただけると助かります。」

 土地同様に名前ありませんけど、と言いながらマクシムはため息をついた。名前がないことの不便さを実感しているのか、少し顔から哀愁を漂わせている。
 そんなマクシムとは正反対に、謎にテンションが上がってしまったルキがここぞとばかりに主張してきた。

「どうせならカッコいいのにしようぜ! オレ的にはそうだな、翼、そう、フリューゲル軍とか!」

「いや俺たちどっちかというと翼もがれてるからな。ヒンメルが聞いたら一様に首を傾げるぞ。」

 あとおまえここに戻ってくるまで信用がどうこう言っていたのにノリノリじゃないか。
 順応性高すぎるのにネーミングセンスは低いのな、と少し失礼なことを思いながらルキを見ていると、感化されてしまったらしいリーナが手を上げながら言った。

「マッスル・エンジェル・イン・アビス軍。略してマエイア軍とかどうかしら。」

「筋肉質の天使に一体何があって奈落に落ちたんだよ。あと略称言いづらすぎてビビる。」

 普段のリーナからは想像できないような言葉に若干戸惑った。もっと可愛らしい名前を言ってくると思っていたのに、何故筋肉が出てきたのか。
 これは残り2人もやっかいなものを言ってきそうだな、とシンティアとソフィアを見ると、思いついてしまったらしいシンティアが口を開いた。

「漆黒の闇より出し漆黒の堕天使、そう漆黒騎士団軍、つまりブラック軍。」

「漆黒推しすぎだろ。あと軍名で説明すんな。」

 元気で明るいシンティアからこういう言葉が出てくると、もしかして病んでるのかと不安になってくる。ここ数日無理をさせているし、たまにはゆっくり休む日を作るべきなのかもしれない。
 あと残るはソフィアだが、この中でも歳上だしまともなセンスをしているだろう。穏やかでゆったりとした独特の空気を持つ彼女が変な名前を思いつくとも思えない。
 頼むぞ、と期待してソフィアを見ると彼女はいつも通りの雰囲気で口を開いた。

「もがれた翼、そして奈落へと落ちゆくマッスルエンジェル、あぁ、彼らは漆黒に染まってしまったのでしょうか、ブラックになりながらも散りゆく運命を変えようとするマッスルエンジェル、その手には常に鶏肉があった軍。」

「なんて?」

 長い上に今までの集大成みたいになったそれはもはや名前ではなかった。もしこの名前に決まってしまったら常に手に鶏肉を持っていないといけなくなるのか。今から殺し合いますってときに敵が鶏肉片手に突っ込んできたら冷静でいられる気がしない。
 随分とシュールな絵面になるだろうな、と今度は俺がため息をついた。

「で、フィンはどういう名前がいいのよ?」

「俺か? 俺は……。」

 正直なんでもいいが、だからと言ってこいつらの名前は言う勇気がない。この先長く言っていくのなら、言いやすくてわかりやすい、そんな名前がいいだろう。
 俺も含めて理不尽に攻撃を受ける人々をヒンメルから解放する、そんな俺たちを表す名前。

「リベラシオン。全てを、解放する。」

「リベラシオンねえ……。ま、一番この中じゃまともだな。」

「てっきりフィンも大喜利でくるかと思っていたのに、至極真面目ね。」

「ようやくまともな意見が出ましたか。では今から私たちはリベラシオンということで。仲間の勧誘と名前の布教よろしくお願いします。」

 他が酷かったせいかあっさりと決まり、少しキザな言い方をしたことが今更ながら恥ずかしくなってきた。だがこれで名前もできたことだし、仲間集めもしやすくなったのは確かだ。
 今度こそコリエンテに向かうべく、俺たちは地図を片手に集落を後にした。

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