金平糖の箱の中

由季

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秋風

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 喜八は川沿いの紅葉を仰ぎ見ていた。

 真っ赤な紅葉がハラハラと舞い落ち道を染め、喜八の歩みに乾いた音を乗せている。そうか、夕霧は朝霧の子であったかと妙に納得し腕を組む。

 ふとした笑顔や仕草が、朝霧にそっくりであった。琴や三味線は店に仕込まれたが、少し意地っ張りなところ、ふとみせる寂しい仕草など、喜八には朝霧そっくりに見えた。そうかと思ったら、凛とした夕霧の顔になる。

 それがもし夕霧の手練手管だとしたら、血は争えないとすこし微笑んだ。朝霧に、なけなしのお金で買った着物を送ったものかの季節だったと喜八は思い出す。

 くるくると回ってみせる朝霧は可愛らしかった。

「……酷な約束もしてしまった」

 ……もし朝霧を身請けしていたら、夕霧が遊郭で働かなくてはならいという未来はなかったのだろうか。そんな不毛なことを喜八は考える。父親が違えば子も違うと思ったが、必ずしも喜八が父親ではないという確証もないのだ。

『朝霧を、自由にすると思って』

 そんな夕霧の言葉が思い出される。もし足抜けになんか協力したことがバレたら、信用や信頼、なにより世間からの冷たい目があるのは確かであった。

 手持ちがないと逃げようとした輩は、折檻、道路に晒し者にされるのが遊郭である。

『旦那様は言わないでしょう』

 協力できるはずないじゃないか。そう思うたびに夕霧の顔、そして朝霧の寂しそうな顔が脳裏に浮かんでは、どうしようかとまた振り出しに戻るのであった。

『六つの時に連れてこられ、朝霧として育てられました』

六つの時から、朝霧として育てられた夕霧が、朝霧の名前を出し助けを乞うのはどれ程辛かっただろう。そんな言葉を出させてしまう自分を責めた。その人生だって、きっと、想像もつかない程辛かっただろう。
紅葉の上をクシャクシャと歩く。ビュウとひとつ強い風が吹くと、枯れた紅葉が舞い上がる。枯れて硬くなった紅葉が頬を叩く。

「いて」

 頬に少し張り付いたあと、ハラリと落ち喜八の足の甲に乗った。その小さな紅葉はまるで朝霧の手のようだった。

 喜八には、しっかりしてくださいと、朝霧に頬を叩かれたように見えた。秋風にしては暖かい風が、喜八を包む。

「……敵わないな、朝霧には」

 満点の星空を見て、フウと鼻から息を漏らす。初めて夕霧を見たときは朝霧の生き写ししかとも思った。

 しかし、あの頼みごとをした夕霧にもう朝霧の影はなく、1人の凛とした人間であった。喜八は他の客のように、女ではなくなったなどとは微塵も思わない。その姿を、恐ろしく綺麗だと、喜八は思った。

「……夕霧に、なにを縫ってやろうか」

 喜八は、夜空を見上げながら、一歩踏み出した。
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