金平糖の箱の中

由季

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又、夕

紅葉

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 髪に刺さっている硝子の簪が涼しげに光る。硝子は月の光を受けて、部屋の中に細かな光を散らばらせた。遠くの喧騒に目を細めながら、東雲は煙管をふかす。

「東雲」

 その低い声に振り向くと、硝子同士がこすれあい、なんとも綺麗な音が鳴った。待ちわびた東雲の表情かおは、涼しげな簪とは正反対だった。

「幸彦!」

 東雲が、幸彦と呼んだ男の胸に飛び込む。分厚い胸板は、細い東雲が飛び込んだところでビクともしなかった。着物に頬ずりすると、幸彦は愛おしそうに東雲を抱きしめる。

「待った、遅いよ」
「すまない……簪、つけてくれてるんだね」

 固そうな指で簪の硝子を撫でた。体をくっつける二人の間にしゃらりと綺麗な音が鳴る。

「あたりまえじゃないか……ずっと付けてるよ」
「他の客なんかより、ずっと安物だろう」
「馬鹿言うんじゃないよ、他の客と比べられるわけないだろう。一等素敵な簪だ」

 嬉しいなと微笑む幸彦に、東雲が背伸びをし口を吸う。いきなりできょとんとしている幸彦に、東雲は悲しげな表情を見せた。

「会いたかった……寂しかった」
「……私も会いたかった」

 幸彦の胸に、また頬を寄せる。分厚い胸板から聞こえる力強い心臓の音は、東雲にとって心地よい音だった。いつもの強気な東雲とは打って変わってまるでおぼこの娘のようである。

 幸彦は大きな店の旦那でもなければ跡取りでもない。たまに遊郭に遊びに来るのが精一杯の町民である。それでもまだ会うには金が足りぬはずの幸彦であったが、東雲の情夫として、特別に贔屓し、それで東雲の気が保つならと店も目をつぶっていた。

 幸彦は東雲の手を取り、布団に寝かすと陶器のような細い喉に顔を近づけた。くすぐったそうにする東雲は、首を仰け反らし、幸彦の首に手を回す。幸彦は、小鳥のように細かく首に口づけしていった。

「ふふ」
「くすぐったいか?」

 東雲は顔を横に振り、微睡むと幸せ、と答えた。幸彦の荒れた手が、着物から覗く東雲の白い太ももをなでる。ふとももにひび割れた手がひっかかると、東雲はびくりとした。

「あ……」
「すまん、痛いだろう」
「ううん」

 東雲はそれだけいうと、幸彦の首に回した腕をギュッと寄せ、いいから、と耳元で呟いた。幸彦と東雲、見つめ合い、まるで世界に二人しかいないような感覚になる。東雲は、一筋の涙だけ、頬に伝す。幸せからか、寂しさからさ。……やるせなさからか。このまま死んでしまえれば、他の男抱かれることもないだろうと、微睡む思考の中で東雲は思った。

 二人、繋がり何度も互いの名前を呼び、夜は更けてゆく。

 二人とも、夜が明けなければいいのにと願いながら。



 布団に寝転がり、手を繋ぎ見つめ合う。

「頻繁に来れなくて、すまん」
「いいんだよ」

 たまにで充分嬉しいよ、とおでこをコツンとぶつけた。幸彦が東雲の唇を擦ると、指に紅がついた。ジイと指についた紅を見る幸彦を東雲は不思議そうに見つめた。

「どうしたんだい、そんなに紅をみて」
「外のモミジも、こんな色をしていた」
「そう、もう赤くなっているんだね」
「でも、東雲の紅のほうが綺麗だ」

 そういうと、似合わないこといって、と東雲は顔をにやけさせた。

「いつか二人で、見に行けるといいな」

 そんなありえない夢のような話をする幸彦の横顔は、とても楽しそうだった。信じてやまないような、本当に2人で見に行けるだろうと思うような顔だった。
 この屈託のない笑顔の横には、こんな重苦しい着物を着た女郎わたしなんかではなくて、おしとやかな可愛らしい町娘が合うだろうと、東雲は胸を締め付けられた。

 幸せな空間に浸っていた東雲の目の奥、絶望の色がずんと濃くなる。

「なあ、東雲」
「あ、ああ……」
「きっと、東雲も綺麗だと思うはずだ」

 じゃあ、身請けしてくれ
 ここから連れ出しておくれ
 出来ないだろう、出来ないならそんなこと言わないでくれ


 頼むから夢を見させないで


 そんな言葉を喉で止め、悲しそうな笑みで見つめた。

 その顔を、幸彦は不思議そうな顔で、どうした?と問う。東雲は静かに首を横に振ると、なんでもない、と、消え入りそうな声で呟いた。
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