金平糖の箱の中

由季

文字の大きさ
上 下
12 / 34

しおりを挟む
 
「ほら、さっさと歩くんだ」

 時は今から10年前、紅葉のような手小さい手を太い腕が掴み引いていた。それに引っ張られるように、まだ5つにも満たない男児が草履を擦り歩いている。頭は剃られ、紺色の着物を着ている。どこからどうみても男子おのこごで、遊郭に連れてこられるはずはなかった。店の扉がガラリとあき、今の容姿とさほど変わらない狐男が、おかえりなさいませ、と言い出てきた。

 楼の主人と手をつないでいる幼子をみると目を見開き大きな口を開けた。

「ご主人さま!男じゃないですか」

 どうしたんですか!とうるさく問い詰める狐男に、楼主はうるせぇなと耳に指をつっこんだ。

 そんな騒がしい状況でも、幼子は下を向き自分の着物を握りしめている。雨の降ってない地面にポトリ涙が落ち、乾いた地面を濡らしていた。

「陰間茶屋にでも紹介するんです?……それとも陰間茶屋もやるんですか?!」
「ギャアギャアうるせえな……うちで働かすんだよ!」
「でも、下男は足りてるって話ししたじゃないですか」
「客を取らすんだよ!」

 楼主がそう言った途端、狐男は先程より目を見開き、あんぐり口をあけた。驚きすぎて声も出ない狐男を押しのけ横を通り、楼主に引っ張られながら店に入っていった。

「耄碌なすったんですか!」
「ああ、うるせえうるせえ!」

 狐男は、ひとしきり騒ぎ、我に帰ると待ってくださいよ!と2人を追いかけ勢いよく扉を閉めたのであった。

 女だらけのこの店に広い座敷にちょこんと男子おのこごが座っている様子は不自然で、色々な遊女が代わる代わる廊下から覗いていた。

「なあに、何かいるの?」
「シ!声が大きい、男よ男。下男かしら?」
「小さすぎるでしょ、それに下男ならこんな座敷通さないわよ」
「じゃあ客?」
「馬鹿」

 くすくすと騒つく遊女たちに痺れを切らした楼主が一喝すると、蜘蛛の子のように散っていった。煙管をふかしている老婆が、ジロジロと坊主の顔を見る。

「ね、似てるでしょう?」

 楼主がニヤリと笑う。ひとつも表情を変えない老婆は、しわくちゃで骨のような手で男子の頬を掴み、上下左右に動かして穴が空くほど見ていた。小さな力で対抗しようと、まだ小さい顔は老婆を睨むが全く意味がなかった。

「……似てる。どっから探してきたんだい、こんなの」

 老婆が顔から手を離し、煙管を吸う。煙が顔にかかると、男子はゲホゲホと顔をしかめ噎せた。

「朝霧、5年前孕んで産んだでしょう。男だったから、外の農家に里子に出したんですわ」

 遊郭では堕胎法があったが、その方法は直接胎児を串でさしたり水銀を飲むなど、遊女の命にも関わるものでもあった。花魁や人気の女郎になると死なれては困るので、女ならそのまま遊女とし育て、又、里子に出したりしていた。

「……」
「今はこう無口ですがね、まだ声変わりしていない声なんか、朝霧そっくりで」
「へえ……よく見つけたもんだ」
「いやあ、街に出て驚きました。禿の朝霧がいたかと思って……いやはや、大きい収穫だ」

 手放すんじゃなかったな、二度手間だと、気分の上がっている楼主を無視し、老婆は静かに男子を見つめていた。

「……蔭間かげまに私の知り合いがいる、それに仕込ませるよ」

 老婆が煙を吐きながら、灰を落とす。楼主は、パァっと明るくなり、助かりますわと笑った。これから取れる金のことを思うと、楼主は意気揚々とそろばんをはじき出す。ずっと俯いている子供の頭を見ながら、老婆は呟いた。

「……女も地獄、男に生まれても地獄にゃ、ここは本物の地獄さね」
「なんか言いやしたか?」
「……いや、なんも」

 廊下で耳を立てていた遊女たちは驚き、早速他の遊女に伝えようとバタバタと走って行く。その足跡に気づき、楼主は一瞬顔をしかめた。

「あいつら、盗み聞きしてやがったな……」
「ご主人、ご主人……」
「なんだァ?」
「……朝霧の馴染みは金持ちが多かったから、同じくらい金取れるってぇ算段ですね」

楼主に、狐男がこそりと耳打ちする。

「そう、そうだ!はは、俺の目に間違いはないだろう!」
「さすが、ご主人!」

 俯いている男子の頭を強めに、ポンポンとはたいた。形のいい頭を叩くその姿は、鞠をつくタヌキのようだった。老婆はその様子をあきれた様子だった。

「……夕霧」
「なんですって?」
「……坊主の名前だよ。夕霧はどうだい」

 と呟いた。頭が金のことばかりになっている楼主は、老婆の方を振りむき、それはいい名前だ!と声を張り上げた。

「おい夕霧!良い名を付けてもらったな!」
「……」
「辛気臭ぇ、笑顔のひとつでも見せろってんだ」

 その男子おとこごーー夕霧は、依然着物を握りしめうつむき、唇を噛んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鄧禹

橘誠治
歴史・時代
再掲になります。 約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。 だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。 挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。 歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。 上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。 ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。 そんな風に思いながら書いています。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

信乃介捕物帳✨💕 平家伝説殺人捕物帳✨✨鳴かぬなら 裁いてくれよう ホトトギス❗ 織田信長の末裔❗ 信乃介が天に代わって悪を討つ✨✨

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
歴史・時代
信長の末裔、信乃介が江戸に蔓延る悪を成敗していく。 信乃介は平家ゆかりの清雅とお蝶を助けたことから平家の隠し財宝を巡る争いに巻き込まれた。 母親の遺品の羽子板と千羽鶴から隠し財宝の在り処を掴んだ清雅は信乃介と平賀源内等とともに平家の郷へ乗り込んだ。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

仇討ちの娘

サクラ近衛将監
歴史・時代
 父の仇を追う姉弟と従者、しかしながらその行く手には暗雲が広がる。藩の闇が仇討ちを様々に妨害するが、仇討の成否や如何に?娘をヒロインとして思わぬ人物が手助けをしてくれることになる。  毎週木曜日22時の投稿を目指します。

紅花の煙

戸沢一平
歴史・時代
 江戸期、紅花の商いで大儲けした、実在の紅花商人の豪快な逸話を元にした物語である。  出羽尾花沢で「島田屋」の看板を掲げて紅花商をしている鈴木七右衛門は、地元で紅花を仕入れて江戸や京で売り利益を得ていた。七右衛門には心を寄せる女がいた。吉原の遊女で、高尾太夫を襲名したたかである。  花を仕入れて江戸に来た七右衛門は、競を行ったが問屋は一人も来なかった。  七右衛門が吉原で遊ぶことを快く思わない問屋達が嫌がらせをして、示し合わせて行かなかったのだ。  事情を知った七右衛門は怒り、持って来た紅花を品川の海岸で燃やすと宣言する。  

処理中です...