金平糖の箱の中

由季

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「それで、手叩かれたって?」

 東雲は、たくさんあるかんざしを乱雑に整理していた。ぽいぽいと夕霧の前にかんざしを投げれば、これやるよとぶっきらぼうに呟く。いらないよと答える夕霧は、今日あったことを東雲に報告していた。雑に積み上げられた簪は、あとで禿にやらアと整理をやめなかった。

「そんなやつ叩き返してやればいいんだ」
「そんなこと出来たらしているよ」

 そんで、持ってる煙管をおってやれ、と持っている簪をぶんぶんと振り回す。簪を振り回す東雲を呆れたように見て、夕霧はそんなことしたら折檻だと苦笑いをした。

「むかつく野郎ばかりだな」
「……来るやつ来るやつ、朝霧、朝霧って」

 夕霧は、嫌になる。と大きなため息をついた。俯く夕霧の顎に、ヒヤリと冷たいものが当たる。東雲の持っている銀色のかんざしで、顎をクイと持ち上げられたのだ。その冷たさに驚き、一瞬目を見開いた。持ち上げられた顔を、マジマジと見る東雲に夕霧は何故か動けずにいた。

「うーん」
「なんだい、急に」

 覗き込んだり、目を凝視したり、いろんな角度から見る東雲。

「わたしには夕霧にしか見えないけど」

 真面目な顔をしていう。簪が顎から離れると、東雲はまた整理し始めた。その様子に夕霧は、一瞬ぽかんとする。

「……東雲、朝霧しらないだろ」
「はは、その通り」

 大真面目な顔をしていた東雲が急に夕霧の方を向き大きな口を開けてにやけた。その顔につられて、夕霧もプッと吹き出してしまった。

「いいこと言ってくれたと思ったのに」
「いいことは言ったでしょうが、それは受け止めろってんだ」

 東雲は歯を見せて笑う。なんだか今日は、機嫌がいいようだった。

「私だって朝霧しらない」
「あんの馬鹿野郎どもをブン殴れたらなぁ」
「ふふ、出来たらいいんだがな」

 夕霧がここの店に連れてこられたのは、朝霧が死んだ後のことであった。朝霧に似ていると言われながら、朝霧を知っているのは実質、狸親父と狐男、そして客達だけである。朝霧に似るようにと化粧をされ、朝霧らしいものをと着物を着せられた。朝霧は随分と笑顔が可愛らしい人だったのだろう。いつも笑っていろと楼主には怒られていた。

「そんで、金平糖の旦那は?」
「……話しただけだよ」
「へえ、抱かれなかった訳だ。よかったじゃないか」
「……ああ、よかった」

 夕霧の顔を見て、東雲は不思議に思った。右手をさする夕霧が何故か寂しそうな顔をしていたからだ。夕霧は、抱かれて最悪、男だからと客に抱かれなかった時には、良かった。こういう客ばかりならいいのに、と口癖のように言っていたからである。

「ふうん……」
「……東雲、その簪きれいだね」

 東雲にぴったり。と言った簪は、銀色の簪の先には細かいガラスがたくさん吊るされており、揺れるたびにガラス同士が擦れ涼しげな音が鳴り、輝いていた。

「音も綺麗だ」
「ああこれ……くれたんだよ」

 綺麗だろうと呟くと、その簪を愛おしそうに見る。東雲の姿は、誰からとは言わなかったものの夕霧には、情夫から貰ったんだなと簡単に見当がついた。

「とても似合うと思う」

 そういうと、東雲はありがとうと照れ臭そうに笑う。簪は、綺麗な音を出してなおのこと東雲の笑顔を引き立たせた。どうだい、と刺してみせた簪は、揺らめくロウソクの温かな光の中、涼しげに揺れてみせた。

 夢も見れないこの籠の中で、相手と夢見てる。……夢を見れる相手と。その叶わない夢はとてつもなく酷な事であったが、頬を染める東雲を夕霧は、何故か羨ましいと思った。その感情の正体を、夕霧はまだ知らない。

「とても綺麗……」

 その綺麗な音も光をまだらに反射している硝子と、照れ臭そうに笑う素直な東雲の笑顔が夕霧の目の奥をチカチカと刺した。
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