金平糖の箱の中

由季

文字の大きさ
上 下
7 / 34

しおりを挟む
 
 いつものように東雲と夕霧は窓辺に座っていた。先ほど喜八にもらった金平糖が和紙に乗って2人の間に置かれている。東雲は煙管をふかすと、金平糖を摘んだ。

「私、あんまり甘いの食べないから客も持ってこないけど、これ綺麗ね」
「うん、綺麗」
「これ味違うの?」

 さあ、知らない、と両手で頬も包みながら肘をつく。外の光をボウとみている夕霧は上の空で答える。夕霧はぼんやりした様子で色とりどりの金平糖を指でコロコロと転がしていた心ここに在らずのような夕霧に東雲は、白い金平糖をひとつ取った。

「わたしは白がいいかな」

 その一言でぼんやりと金平糖を見ていた夕霧はなんで?と答え、まあるい目が東雲の方を向く。

 東雲はスゥーっと深く煙管を吸い、煙を夕霧の顔に吐いた。夕霧は条件反射で目をギュッと閉じ、なにすんだと少し怒り気味に言う。

「煙管の煙の色だから」

 大きな口の端を上げ、歯を見せ笑う。いたずらな笑みを浮かべながら、さっき夕霧に吹きかけた煙と同じ色の金平糖をガリッと齧った。さっきまで眉間にシワを寄せていた夕霧が、東雲の笑いにつられたように笑う。

「じゃあ、煙管の煙味?」
「ほんとにそうかも」

 ほんとに煙味がする!と下手くそな芝居を打つ東雲が、夕霧はおかしくてたまらなかった。

 2人で笑いあっていると、外が賑やかになってきた。なんだなんだと、夕霧も東雲のように窓に腰をかけ二階の部屋から外を見下ろすと豪華絢爛な花魁道中が始まっていた。重そうな分厚い帯を腹にかかえ、堂々と練り歩いている。

「東雲みて、すっごい帯」
「打掛もすごいぞ、ありゃ」

 あれ一人分で何両するのか分からないくらいの着物をまとい、禿を引き連れて歩く。

「向かいの楼の道中か」
「これにいくらつぎ込んだんだろうねえ」

 あの帯がかんざしが、値打ちはと話してるうちに2人の部屋の下を通り過ぎていった。あのお祭り騒ぎのような喧騒がいなくなると、前よりもっと静かに感じた。

 行っちゃったね、と夕霧が東雲の方を振り返ると、何故か少し眉間にしわを寄せていた。

「あの店の、若い子。心中したんだって」
「……へえ」

 いつも部屋の奥に閉じ込められている夕霧は、そういった情報が聞こえてはこなかった。どこのだれが心中した、そんな話はこの街では絶えず流れている。

「心中ってか……自殺みたいなもんだったらしいよ」

 ここを剃刀で、と東雲は夕霧の細い首をトントンと叩いた。夕霧は、それを想像してしまいゾッとし首をすぼめる。東雲の話を聞くとどうやら、本命は到底身請けできるような器じゃなく一生嫌いな男に抱かれるくらいなら死んでやる、との事だったらしい。

「情夫も大概にしないと、割り切らねぇと」

 ここは“そういう”世界だから。

 遠くなっていく花魁道中の喧騒を目を細めて見ながら煙を吐く。その言葉は、何故だか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
悲しげで、切なげな表情を見た夕霧は東雲の手を取った。ひんやりとした、冷たい手だった。なんだかその表情は、心中した女郎のことを、まるで自分のことのように思っているような顔であった。苦しい顔をしていた。

「……東雲は、死んだりしないよね」

 その必死な目と本当に悲しげに垂れた眉をみて東雲が微笑んだ。

「……なにいってんの。大丈夫だよ」

 夕霧はほんとうに子供みたいね、と東雲は白い金平糖をつまみ、夕霧の口に放り込んだ。カロカロと歯に当たる金平糖の音で、もうそれ以上は何も言えなかった。

 夕霧は、それを口の中でゆっくりと転がし、パキ、と弱い音がして砕けていく。硬い殻が破れ、じんわり広がる解ける甘味に舌が溶けそうだった。苦い煙管の煙とは程遠く、ほら、煙味じゃないじゃないかと、静かに呟いたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

きみに幸あらんことを~復讐は愛を呼ぶ~

貴美
歴史・時代
コンセプトは色んな愛。時代は江戸幕府末期。舞台は遊郭吉原。仄暗いプロローグから始まりますが基本ギャグ多めのハピエンです。完結しました。

LOST-十六夜航路-

紺坂紫乃
歴史・時代
時は幕末――明治維新を目前に控えた日本はある日、謎の大災害で一夜にして海に沈んだ。生き残った女侍・清姫(きよひめ)は侍でありながら水軍(海賊)の血を引く娘である。彼女は真田十勇士の名を賜った忍び達と共に亡国の謎に迫る。海洋冒険ヒストリカルファンタジー!!

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

春恋ひにてし~戦国初恋草紙~

橘 ゆず
歴史・時代
以前にアップした『夕映え~武田勝頼の妻~』というお話の姉妹作品です。 勝頼公とその継室、佐奈姫の出逢いを描いたお話です。

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

夜に咲く花

増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。 幕末を駆け抜けた新撰組。 その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。 よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。

ユキノホタル ~名もなき遊女と芸者のものがたり~

蒼あかり
歴史・時代
 親に売られ遊女になったユキ。一家離散で芸者の道に踏み入った和歌。  二度と会えなくても忘れないと誓う和歌。  彼の幸せを最後に祈るユキ。  願う形は違えども、相手を想う気持ちに偽りはない。  嘘と欲と金が渦巻く花街で、彼女たちの思いだけが真実の形。  二人の少女がそれでも愛を手に入れ、花街で生きた証の物語。 ※ ハッピーエンドではありません。 ※ 詳しい下調べはおこなっておりません。作者のつたない記憶の中から絞り出しましたので、歴史の中の史実と違うこともあるかと思います。その辺をご理解のほど、よろしくお願いいたします。

主従の契り

しおビスケット
歴史・時代
時は戦国。天下の覇権を求め、幾多の武将がしのぎを削った時代。 京で小料理屋を母や弟と切り盛りしながら平和に暮らしていた吉乃。 ところが、城で武将に仕える事に…!

処理中です...