金平糖の箱の中

由季

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花瓶

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 喜八はまたこの街へやって来た。懐に、金平糖を忍ばせて。

 風鈴がなり、風車が回る。どこからか、ちんどん屋が吹いたシャボン玉がとびそれをキャッキャと追いかける小さな子の姿があった。

 なんだか、若い時に戻ったような気持ちになる。目当ては夕霧なので、周りを散策しながらも夕霧の店へと一直線に向かった。店の前に格子が付いており、その内に女がいるのだが当たり前のように夕霧はいない。

 やはり夕霧はあまり表に出さないようにしているのか?と考えながら華やかな暖簾をくぐると、狐男が立っていた。喜八の姿を見るや否や、本当に耳と尻尾が出るのでは無いかといくらいに喜んでいた。

「旦那様!来てくださったのですね」

 夕霧ですね?ささ、こちらです!と、また同じ道のりを歩いて行く。こちらに考える暇も与えないような、矢継ぎ早な問いかけは昔と変わらなかった。

「……男なんて聞いてなかったから、驚いた」
「すいやせん、だって旦那様、男だっていったら耳も傾けないでしょう?」

 まあそうかもしれないが……喜八は腕を組む。夕霧の部屋の前に来ると、狐男はニンマリと微笑みまた店頭へと戻っていった。喜八が自分の手で障子を開けると、夕霧が生花をいじっていた。

「あら、旦那様!ほんとうに来てくださったんですね」

 嬉しい、とにっこり微笑む。

「約束したからね……生け花かい?」

 夕霧は並んだ花の前に座っているものの、剣山には何も刺さっていなかった。

「ええ……けれど全く感性がなくて」

 苦手なんです、と困らせたように眉を下げて笑った。

「綺麗なところだけを摘んできて、さらに針山に刺す……すこし可愛そうじゃありません?」

 花の茎をもち、くるくると回している。百合の花弁に鼻を埋めると、短く息を吸う。いい匂い、と呟いた。長いまつげで囲われた伏し目がちな目は、悲しく美しく喜八の目に映った。

「……それもそうだな、でも摘んできて放っておくのは、一層かわいそうじゃ無いか?」

 風車のように花弁を回している夕霧の隣にあぐらをかき喜八も花を持った。つややかな百合の花弁は、露を滴らせるほど綺麗であった。

 夕霧は、ひとりきり考えた後、それもそうですね、と細い声で返事をし手に持っていた花を剣山にさそうとした。もう少しで百合の足が剣山につこうとした時、喜八が夕霧の手を止めた。

「でも刺すのは可愛そうだ。今、大きな花瓶を持たせよう。そうしたら、針は刺さらないし水は吸える」

 そうして、喜八は小声で言った

「花瓶のほうが、剣山より生けるのが楽だろう?」

 適当にいれてしまえばそれなりに見える、と喜八は不敵に笑う。それをみて夕霧は、すこしきょとんとしたあとに、それはいい考えですねと屈託無く微笑んだのであった。

 店のものに花瓶を持ってこさせ、そこに花を生けて行く。出来上がったのは、繊細で綺麗な生け花であった。これをみて、誰が感性がないなどと思うだろうか。喜八が、なんだ得意なんじゃないかと真面目な顔して言うと、少し照れたように頬を赤らめて、嬉しいと呟いた。

「そうだ、金平糖をもってきたのだ」

 懐から紙袋をだし、夕霧に見せる。色とりどり淡い色の金平糖に夕霧は目を輝かせた。

「綺麗、宝石みたい」

 何度も言うが、喜八はかなり大きな店の旦那である。行きつけの一等いい和菓子屋の金平糖は格別に見えた。

「何色が好きだい?」

 夕霧は、喜八の顔をチラリと疑う。

 朝霧は何色を選んでいた?
 朝霧は、なんて言っていた?

 夕霧はなんとしても、喜八を捕まえておかなければならない。店のため、お金の為。自分の保身のためにも。

「……旦那様は?」

「私はあまり色を考えずに食べているな。そもそも、そんなに甘いのは食べないがね」

 喜八の手にのったこんな綺麗な宝石のようなものを気にせず食べるなんて、と夕霧は目を見開く。

「そんな、もったいない! こんなに綺麗なのに!」

 先ほどまでの借りてきた猫のような落ち着いた雰囲気とはちがい、突発的に出たような本音が口から飛び出してしまった。言った本人がハッとし、すこし頬を赤らめ口を抑える。すいません、と呟くと、顔を伏せた。喜八は、その様子をクスリと笑うと1つ金平糖を手にとって光に透かして見せた。乱反射する光は喜八の瞳をきらめかせる。

「……そうだな、こんなに綺麗なのに……ちゃんと見ないと損だな」

 光に透かして上を見ている姿は、寂しそうに見えた。その金平糖と、誰を重ねているのか。その“だれか”は、夕霧には言わずとも分かった。その凛々しい指で摘まれ、愛おしそうに見つめられる金平糖は、夕霧には特別、綺麗な色に感じた。

「……旦那様が今持っている色、好きです」

 すこし驚いたような、喜んだような顔をして喜八は、夕霧の方を見て微笑む。私もこの色好きなんだよ、と夕霧の手に乗せた。

 小さな夕霧の手にのった金平糖は乙女の頬ような、優しい桃色をしていた。
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