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1章 キャプテン・ヴァージャス誕生!

15話.二人の夜

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 翌朝、外が騒がしいので広場に向かった。見張りの情報によると、南の聖王国レノアス側から騎士の集団が接近してきているとの事だ。

「さて、城門も無いことだしどうしたものか」
「どうしたんですか? 騎士なら問題ないのでは?」

 珍しく困惑しているアーネストさんに問いかけた。

「昨日のオーク襲撃が、聖王国側の陰謀という可能性もあるのでな」
「聖王国とは仲が悪いのですか?」
「仲が悪い訳ではない。むしろ良好と言える」
「仲が良いのに何故警戒するのですか?」
「この砦の南は魔の森だった。しかし、10年前に突然聖王国が発生したのだ。何故、突如あの国が出来たのか理由が分からないのでな。どうしても不気味と感じてしまうのだ」

 そういう理由であれば危険はなさそうだが、念のために警戒しておこう。近づいて来た騎士の一団は青色のラインが入った白い鎧を着ており、いかにも聖騎士といった様子だった。先頭のひと際豪華な鎧を着た青年が砦の前で騎士の集団を制止し、大声で呼びかけてきた。

「私は聖王国レノアスから来た、勇者アルバート・フォスターだ。責任者と話がしたいので入場の許可を頂きたい」
「勇者だと!」
「聖王国の聖騎士か!」

 突然の大物の登場に場内が騒然となる。騒然とする場内を気にせずアーネストさんが堂々と応対する。

「見ての通り城門はないのでね。そのまま入場されよ」

 律儀に許可を得た勇者一行が入場してくる。勇者と名乗った男が、馬から降りてアーネストさんに問いかける。

「貴方がこの砦の責任者ですか?」
「いかにも。私がこの砦の責任者のアーネストです」

 勇者が握手を求めながら、改めて挨拶をする。

「私は勇者アルバート・フォスター。オークキングを討伐する為に来ました。対応が遅れて遅れて申し訳ない」
「他国の勇者に謝罪される謂われは御座いません」

 アーネストさんが勇者の謝罪をはねのける。

「でも僕が居れば誰も死なせなかった。死者が出てしまった事を残念に思う」
「相変わらず大した自信ね勇者くん」

 クロエが話に割り込む。どうやら勇者とも知り合いのようだ。勇者も転生者なのだろうか?

「やぁ、クロエか。合同軍事演習以来だね。オークキングは君が討伐したのかい?」
「残念でしたっ。討伐したのは彼よ」

 クロエが突然こちらを指さす。

「君が? えっと、その格好は何かな? 武器も持っていないようだし」

 勇者さんが不思議そうな顔でみている。確かに、この世界ではヴァージャススーツは浮いて見えるよな。

「彼こそタイアル王国が誇るスーパーヒーロー、キャプテン・ヴァージャスよっ!」

 何故、ヴァージャスの名前で紹介する? いきなりすぎるだろ。今まで一度も僕の事をヴァージャスとは呼んでなかっただろ。

「キャプテン何っ?」

 勇者さんが完全に混乱している。混乱する勇者さんに追い打ちをかけるようにクロエが畳みかける。

「この砦はキャプテン・ヴァージャスとタイアル王国の勇猛なる兵士が守ったの。勇者なんかに同情される謂われはない!」
「そうだっ! この国は俺たちが守ったんだ!」
「ヴァージャスッ! ヴァージャスッ!」

 クロエの勇者を否定するかのような宣言に兵士達が同調する。

「随分嫌われたものだなぁ」
「なんかすみません」

 悪気がなさそうな勇者さんが可哀想に思えて思わず謝ってしまった。

「いや、僕が無神経だったのかもしれない」

 少し悲しそうに肩を落としている。クロエは毛嫌いしていたが悪い人ではないと思う。

「勇者さんは謙虚なんですね」
「君こそ。こんなに回りから持ち上げられているのに全く偉そうな所がない。それに強いんだね」
「そんな事はないですよ。本当に強かったら、貴方が言ったように誰も死なせなかった」
「オークキングを討伐出来るだけで十分強いと思うんだけどな。タイアル王国でそれが出来るのは、ショウかクロエだけと思ってたし。君が弱かったら他の冒険者は形無しだよ」

 確かに、オークキングを1人で倒せる人間は殆どいないのだろう。だから強いと言われれば、嘘では無いのだろう。でも、救えなかった人達が思い出され素直に認められない。

「それでも目指していた強さには届かなかった」
「そうか……それは悔しいな」

 勇者さんは、どこか遠くを見つめている。

「勇者さんも悔しい思いをした事があるのですか?」
「この世界に生まれ変わる前はそれなりにね。君とは友達になれそうだな。僕の事はアルバートと呼んでくれ」
「僕はケンです」

 その後の話し合いで、今回の顛末を王都に報告する役目を僕とクロエが担う事になった。有り難い事に、聖王国側の事情を説明する為、アルバートも同行してくれる事となった。出立は明日なので、それまで部屋で休む事にした。



 その夜、ノックの音に気付きドアを開けるとクロエがいた。僕を心配して来てくれたようだ。

「随分落ち込んでるじゃない?」
「当然だろ。大勢死んだんだぞ」

 疲れたようにベッドの脇に座りこむ。

 「そうね」

 クロエが傍の椅子に座りながら簡素に答える。そんな簡単に答えられる事か?冷静なクロエに対して僕は苛立ちをぶつける。

 
「そうね? 何だよその態度は!」
「大勢死んだのは事実だから、仕方ないわね」

 諦めたように肩をすくめるクロエを見て怒りが止まらない。何故平然としていられるんだ?

「仕方ないって……何で簡単に言えるんだ! 失った命はそんなに軽くは無いだろ!」

 苛立つ僕とは対照的にクロエは淡々と話す。

「簡単に言えないから諦めて受け入れてるの。それとも僕が頑張っていれば全員死にませんでしたって言うつもり? アンタの頑張り程度が死んだ大勢の命と釣り合うと思っているの?」
「それは……」

 クロエの指摘に何も言い返せない。

「言えないでしょう? 何を言おうと、結果が伴わなければ意味がないのよ」

 その通りだな……ヴァージャスの力があれば、マンガの様に全てを救えると思っていた。異世界は漫画や小説とは違って現実なんだ。自分一人の力で全てを救える程、世の中そんなに甘くはない。

「ごめん」
「私に謝っても意味はないでしょ」
「いや、あるよ。僕が気を使わせたせいで、言いづらい事を言わせてしまった」
「別にいいわよ。本心だから。私だって出来ることなら救いたかったけど……今までだって、出来た事は自分の身を守る事だけだったしね」
「今まで? クロエでも守れなかった人がいるの? 冷徹の完遂者って呼ばれている位だから、失敗した事は無いと思ってたけど」
「そうね。任務は失敗した事はないね。任務の過程で何人死のうが、目的が達成されていれば失敗じゃないからね」
「そうか」

 簡単に命を失うこの世界で、誰かの死を目の当たりにするのは普通の事。僕より長くこの世界で生きているクロエが、知り合いの死を経験していない訳がない。僕は本当に無神経な奴だな。

「あれっ。色々聞かないんだ? もう私には興味ないのかなっ?」
「なぁクロエ。僕はヴァージャスになるよ。全てを救うスーパーヒーローに。この世界の全ての悪や嘆きを消し飛ばす偉大な存在になる」

 僕はクロエのおどけた質問に答えず静かに宣言した。それは本心であり、嘘でもあった。僕はもうヴァージャスにはなれない。だって、全ての命を平等に救ったヴァージャスと違って、今の僕は命に優劣をつけている。今の僕なら他の誰かよりクロエを優先するだろうから……しかし、クロエを守りたいってストレートに言えず、全てを救うって誤魔化すのはダサいな。

「あんたはブレないわね」

 クロエは呆れた顔をしている。そのままの意味で受け取ってくれたみたいだ。

「流石に話し込んで疲れたから休もう」

 恥ずかしさを隠すため話を切り上げる。これ以上話し込んだら、どんなボロを出すか分からない。

「そうね。お休みケン」
「お休みクロエ」

 クロエが去った後、一人呟く。

「今までありがとう。そして、さよならヴァージャス」

 ヴァージャス、君の様になりたくて転生した僕だったけど、他にやりたい事が出来たよ。
 君が言った様に、僕は自分自身の意志で生きていくよ……
 そして、クロエと2人で語り合った夜ーーサルバ砦での最後の夜は過ぎ去った。
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