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最終章 最強部長はロードレースでも最強を目指す

第89話 ディバイディング・スプリント・デュース

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 先頭集団から脱落した後、何とか頂上に辿り着いた。

「2分! 2分です!」
「何やってんのよ! 遅れてるじゃない!」

 南原さんとひまりちゃんの二人だ。
 南原さんは今の私に必要な事を的確に教えてくれている。
 上りで速度が落ちていても、目の前を一瞬で通過してしまうから、走行中に聞き取れる事は限られる。
 彼は元レーサーだから良く分かってくれている。
 ひまりちゃんは……口調はキツイが応援してくれるのは有り難い。
 色々事情があってチームの一員になったが、打ち解けてくれて良かった。
 今日も折角の休日なのに、わざわざ応援に来てくれている。

「絶対追いつきなさいよ!」

 二人の前を通過した後、背後からひまりちゃんの声が聞こえた。
 ここまで応援されて諦める訳にはいかないよな。
 南原さんの情報だと2分差か……思ったより離されていないな。
 それでも、下りだけで追いつくのは無理そうだな。
 先頭集団は人数が絞られている。
 最初の下り区間みたいに、もたついている事はないだろう。
 今の状況で実行出来る戦略はない。
 ただただ全力で下るしかない。
 師匠を気遣わず、全力で最速ラインを通過して走る。
 そして、ただひたすら下り続けて迎えた平地区間。
 前方に先頭集団を捉えた。
 どうやら下り区間でかなりタイム差を縮められたようだ。
 だが、まだ1km位差がある。
 集団の速度は今のところ落ち着いているようだ。
 時速40km前後で走っていて差が開かない。
 だが、また先頭でアタック合戦が始まれば巡行速度は上がるだろう。
 私単独の巡行能力では集団の巡行能力に敵わない。
 届きそうで届かない。ここまでか……

「赤き疾風のお通りだ! 先頭集団までの障害をぶち破るぞ!」

 師匠!
 下り区間で遅れた師匠が追いついてきて、私の前に出た。
 すかさず師匠の後ろにつく。
 私が後ろについた事を確認した後、師匠が速度を上げる。
 グングン速度があがり、時速50kmを越えた所で、師匠が下ハンドルを握り、腰を上げた。
 これは、高速巡行ではない!
 師匠最強のスプリント螺旋気流嵐スリップストームの体勢!!

「まだ行けるよな! 猛士さん!!」

 前方の師匠から激励が飛ぶ。
 時速50km……55km……60km!
 師匠が一気に速度を引き上げる。
 私は師匠のスプリント能力を把握している。
 アシストなしの単独では時速60kmを超えるのがやっとだ。
 つまり、抜け出すなら今という事だ。
 師匠の右側から一気に抜け出す。
 今の私に出来る最大のスプリント。

「ディバイディング・スプリント・デュース!」

 下ハンドルを握り、腰を上げて、ペダルを全力で踏み込む!
 師匠を一気に追い越し、更に速度が上がり続ける。
 レース中に連発出来るようにパワーを抑えたスプリントの第2段階。
 ディバイディング・スプリント・デュースはパワーを抑えているとはいえ、最大1200Wを誇る。
 単独のスプリントでも時速63km位の速度が出る。
 ホビーレーサーでは殆どの選手が出せないパワーだ。
 しかも、師匠のアシストで時速60kmを越えた状態からのスプリントだから、時速68kmを越えている。
 先頭集団は今のところ時速40km前後で巡行している。
 私との速度差は時速28kmだ!
 一気に距離が詰まっていく。
 疲労で徐々に速度が落ち始める。
 パワーを落としているとはいえ、出力を維持する事はキツイ。
 それでも私の方が速い!
 何とか速度が落ち切る前に先頭集団の最後尾に追いつく事が出来た。
 先頭集団に復帰できた嬉しさはあるが、悔しさが勝っている。
 本来なら今の師匠のアシストは、ゴールスプリントで行うものだ。
 レースの途中、勝利とは関係ない所でアシストしてもらって、チームメンバーが消耗している状況を作っているようではエース失格だ。
 木野さんが脱落して、師匠も脱落。
 まだ、先頭集団内には北見さんと利男がいる。
 だが、エースとして参加した私自身が限界に近い。
 今走っている平地区間は21kmある。
 集団復帰出来ていなければ、ここでレースは終わっていただろう。
 集団内で走っていれば、先頭の選手のアタックで巡行速度が上がっても持ちこたえられると思う。
 だが、その後の14kmの山岳地帯と、ゴール前の5kmの平地区間はどうだろう?
 ゴール前の平地区間は先頭集団に残っていれば問題ないだろう。
 だが、その前の山岳地帯を乗り越える自身は無い。
 悔しいけど、次の山岳地帯で脱落するだろう。
 苦手な山岳地帯がある140kmのレースで、約120kmにわたり先頭集団を追えただけでも成長したと思うしかないな。
 後は北見さんと利男に任せるしかないな。
 集団内で前に上がり、二人を見つけた。

「北見さん、利男、何とか追いついたよ」
「どうやって追いついたんだよ?! 絶対無理だろ!」
「待ってたぜ猛士! ゴールスプリントは任せてくれ、アシストするぜ!」
「師匠のアシストでスプリントして何とか追いつきましたよ。でも、次の山岳地帯で遅れるのでアシストは不要ですよ」
「良くそんなんで追いつけるよな。普通は追いつけないぜ」
「そうか。残念だが追いついたのはすげぇな。すっげぇスプリントしたんだろ?」
「師匠が時速60kmまで上げてくれたので、スプリントで時速68km超えられたからギリギリ追いつけましたよ」
「バケモンか! でも、勿体ないな。集団に残れりゃ優勝連発出来るスプリント力なのにな」
「次頑張ろうぜ! 勝ちたい相手は決まってるんだからさ!」
「そうだね。二人共頑張ってくれ!」

 先頭集団に残る戦いは終わったが、気を引きしめないとな。
 レースはまだ終わっていないのだから。
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