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最終章 最強部長はロードレースでも最強を目指す
第82話 ディバイディング・スプリント
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私は前回のロードレースで分かった弱点を克服する為に東尾師匠に相談した。
師匠に前回のレースデータを送り、レース展開の詳細を伝えた所、一緒に走ろうと誘われた。
待ち合わせ場所に向かうと、師匠がチームジャージを着て待っていた。
普段は所属している実業団チームのジャージなのに、私と走る為に着てきてくれたのだろう。
「一緒に走るの久しぶりですね」
「そうだね。週末に綾乃と一緒に峠を走るのは変わらないけど」
「俺が実業団のレース仲間と走る事が多くなったからな。自分で弟子に誘っておいて、スプリント以外は教えてないよな。放置気味で済まない」
「仕方ないですよ。師匠も忙しいし。代わりに木野さんと利男が一緒に走ってくれているよ」
「良い仲間が増えたよなぁ。最初の頃は一緒にレースに参加する仲間が少なかったからな」
「そうだったよな。初めてチームで走ったのはエンデューロレースだったな。クリテリウムの様なインターバルのキツイレースは皆参加するメンバーがいなかったからね」
「だから俺の代わりに木野さんと利男が猛士さんと一緒に走ってくれて良かった」
「二人共レース経験が豊富で、立派なホビーレーサーだからね」
「猛士さんも立派なホビーレーサーになったよ。一人でボロ負けしていた頃が懐かしいな。ビギナークラスで足切り食らって、毎回レースを降りていたのにね」
「あの頃は自分が速いって勘違いしてたからね。自転車で時速40km出せるなんて凄いって感動していた」
「みんな勘違いするんだよね。でも、そういう感動って大事な事だと思うよ。沢山のお金と時間をかけて得られるものが少なかったら、やる意味がない」
「そうだな……」
「それで、ソイツの紹介はしてくれないのかな? 新車を購入した話は聞いてたけど、実際に対面するのは初めてだからな」
私は師匠に愛車の名前と由来を伝えた。
シゲさんに形見のロードバイクを借りた事、シゲさんがカラーリングに込めた思い。
深海を表すロードバイクと、天空を表すロードバイク……
二つの想いを受け継いだ『空と海の境界』という名前。
「ホライズンか……素敵な名前だな。前の愛車も良い名前だったけど、新車の名前は格別だな。特に名前の由来が良い。シゲさんの熱い思いが詰まっているな」
「私を奮い立たせてくれる最速のロードバイクだよ」
「必殺技はあるかい?」
師匠に問われて、必殺技が決まっていない事に気付く。
ロードバイクにアニメの様な便利な必殺技なんてないのだけど、苦しい状況で心の支えとして意味がある事は、もう理解している。
ライバルが速くても、最後に必殺技で逆転出来ると思えるのは大事な事だ。
「決まっていないな」
「それなら必殺技を作ろう!」
「でも、必殺技だけでは勝てないって事を、前回のレースで理解した。勝負所が沢山ある距離が長いレースでは、たった1回の必殺技では勝てない」
「考えが甘いな。必殺技って言っても、一撃必殺技だけじゃない。格闘マンガでも連撃タイプの必殺技があるでしょ」
「格闘マンガで連撃タイプの技があるのは知ってるけど、ロードバイクで?」
「猛士さんのスプリントを分解するんだよ」
「分解?」
「正確に言うと分割かな。猛士さんのスプリントは脅威だけど。レース中に1回だけしかスプリント出来ないなら対処は容易い。だけど、強度を落として勝負所で連発出来れば更に強い武器になる」
「強度を落として連発か……でも、どうすれば良いのだ? それくらいなら考えた事はあるけど?」
「考えるだけでは駄目だ。実際にどの程度の強度でスプリント出来るか確認しないとな。全力を出したらレース中に回復しない事は誰でも分かる。だけど1000Wだったら何秒までなら耐えられる? 900Wだったら何秒に伸びる? 900Wを10秒維持したら、次に900Wで10秒維持するには何分のインターバルが必要だ? 全て答えられるかい? 自分のパワーの限界と回復時間について」
「答えられないな。大体の感覚でしか分からない」
「感覚だけでは駄目だ。だから、前回のレースでミスをしている。最後の先頭集団に追いつく所でパワーを抑えるべきだった。脚の調子が良かったからってスプリントでオールアウトしたら、ゴールスプリント出来るハズがないだろう?」
師匠は私以上に、私の事を的確に分析してくれている。
レース終盤、私は先頭集団に追いつく為に全力でスプリントした。
でも、力を少し抑えたスプリントでも追いつけた。
自分の実力を見誤っていたのだ。
脚の調子が良いからと、ゴール直前に自分の限界を超えてしまった。
だから、肝心なゴールスプリントで必要なパワーが出なかった。
あの時パワーを抑えていれば、最大パワー出せなくても、上位が狙えるだけのスプリントが出来たのだ。
「師匠の言う通りだな。やってみるよ」
「それじゃ、一緒に走ってみようか」
話を終えて一緒に走り出した。
師匠が協力してくれるのだ。
だから必ず完成させてみるさ。
私のスプリントパワーを分割した連装式のスプリント。
ディバイディング・スプリントを!
師匠に前回のレースデータを送り、レース展開の詳細を伝えた所、一緒に走ろうと誘われた。
待ち合わせ場所に向かうと、師匠がチームジャージを着て待っていた。
普段は所属している実業団チームのジャージなのに、私と走る為に着てきてくれたのだろう。
「一緒に走るの久しぶりですね」
「そうだね。週末に綾乃と一緒に峠を走るのは変わらないけど」
「俺が実業団のレース仲間と走る事が多くなったからな。自分で弟子に誘っておいて、スプリント以外は教えてないよな。放置気味で済まない」
「仕方ないですよ。師匠も忙しいし。代わりに木野さんと利男が一緒に走ってくれているよ」
「良い仲間が増えたよなぁ。最初の頃は一緒にレースに参加する仲間が少なかったからな」
「そうだったよな。初めてチームで走ったのはエンデューロレースだったな。クリテリウムの様なインターバルのキツイレースは皆参加するメンバーがいなかったからね」
「だから俺の代わりに木野さんと利男が猛士さんと一緒に走ってくれて良かった」
「二人共レース経験が豊富で、立派なホビーレーサーだからね」
「猛士さんも立派なホビーレーサーになったよ。一人でボロ負けしていた頃が懐かしいな。ビギナークラスで足切り食らって、毎回レースを降りていたのにね」
「あの頃は自分が速いって勘違いしてたからね。自転車で時速40km出せるなんて凄いって感動していた」
「みんな勘違いするんだよね。でも、そういう感動って大事な事だと思うよ。沢山のお金と時間をかけて得られるものが少なかったら、やる意味がない」
「そうだな……」
「それで、ソイツの紹介はしてくれないのかな? 新車を購入した話は聞いてたけど、実際に対面するのは初めてだからな」
私は師匠に愛車の名前と由来を伝えた。
シゲさんに形見のロードバイクを借りた事、シゲさんがカラーリングに込めた思い。
深海を表すロードバイクと、天空を表すロードバイク……
二つの想いを受け継いだ『空と海の境界』という名前。
「ホライズンか……素敵な名前だな。前の愛車も良い名前だったけど、新車の名前は格別だな。特に名前の由来が良い。シゲさんの熱い思いが詰まっているな」
「私を奮い立たせてくれる最速のロードバイクだよ」
「必殺技はあるかい?」
師匠に問われて、必殺技が決まっていない事に気付く。
ロードバイクにアニメの様な便利な必殺技なんてないのだけど、苦しい状況で心の支えとして意味がある事は、もう理解している。
ライバルが速くても、最後に必殺技で逆転出来ると思えるのは大事な事だ。
「決まっていないな」
「それなら必殺技を作ろう!」
「でも、必殺技だけでは勝てないって事を、前回のレースで理解した。勝負所が沢山ある距離が長いレースでは、たった1回の必殺技では勝てない」
「考えが甘いな。必殺技って言っても、一撃必殺技だけじゃない。格闘マンガでも連撃タイプの必殺技があるでしょ」
「格闘マンガで連撃タイプの技があるのは知ってるけど、ロードバイクで?」
「猛士さんのスプリントを分解するんだよ」
「分解?」
「正確に言うと分割かな。猛士さんのスプリントは脅威だけど。レース中に1回だけしかスプリント出来ないなら対処は容易い。だけど、強度を落として勝負所で連発出来れば更に強い武器になる」
「強度を落として連発か……でも、どうすれば良いのだ? それくらいなら考えた事はあるけど?」
「考えるだけでは駄目だ。実際にどの程度の強度でスプリント出来るか確認しないとな。全力を出したらレース中に回復しない事は誰でも分かる。だけど1000Wだったら何秒までなら耐えられる? 900Wだったら何秒に伸びる? 900Wを10秒維持したら、次に900Wで10秒維持するには何分のインターバルが必要だ? 全て答えられるかい? 自分のパワーの限界と回復時間について」
「答えられないな。大体の感覚でしか分からない」
「感覚だけでは駄目だ。だから、前回のレースでミスをしている。最後の先頭集団に追いつく所でパワーを抑えるべきだった。脚の調子が良かったからってスプリントでオールアウトしたら、ゴールスプリント出来るハズがないだろう?」
師匠は私以上に、私の事を的確に分析してくれている。
レース終盤、私は先頭集団に追いつく為に全力でスプリントした。
でも、力を少し抑えたスプリントでも追いつけた。
自分の実力を見誤っていたのだ。
脚の調子が良いからと、ゴール直前に自分の限界を超えてしまった。
だから、肝心なゴールスプリントで必要なパワーが出なかった。
あの時パワーを抑えていれば、最大パワー出せなくても、上位が狙えるだけのスプリントが出来たのだ。
「師匠の言う通りだな。やってみるよ」
「それじゃ、一緒に走ってみようか」
話を終えて一緒に走り出した。
師匠が協力してくれるのだ。
だから必ず完成させてみるさ。
私のスプリントパワーを分割した連装式のスプリント。
ディバイディング・スプリントを!
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