ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~

大場里桜

文字の大きさ
上 下
60 / 101
5章 2年目の終わり。それは夢の終わり。

第60話 スマートトレーナーの謎

しおりを挟む
 走り終わった後はロードバイク談義の時間だ。
 さっそく木野さんが悩みを打ち明ける。

「最近、本格的にスマートトレーナーでトレーニング始めたけど、パワーデータが合わなくて困ってるんですよぉ」

 パワーデータが合わない? どういう意味だろう?

「どのようにパワーデータが合わないのですか?」
「実走の時とスプリントのパワーが合わないのですよ。FTPの250W付近で回してる時は実走と同じ値が出るのですよ。でも、スプリントすると実走は800Wくらい出るのに、スマートトレーナーだと700Wくらいしか出ないのですよ」
「機材差じゃねぇの? 実走とスマートトレーナーで測定形式が違うだろう」

 北見さんが話に混ざる。

「機材差も考えましたよ。でも、全体的に低く数値が出るなら分かるけど、スプリントの時だけなんですよねぇ」
「どこのスマートトレーナーを使っているのですか?」

 南原さんも興味を持ったようで、木野さんに質問をする。

「それ、俺も使ってるけど普通に近い値が出るぞ。故障なんじゃないのか?」
「自分も大体同じですね。スプリントの時だけ100Wも低い値が出る事は無いですね」

 木野さんが教えてくれたスマートトレーナーは一番人気の機種だった。
 北見さんと南原さんも使っているが、木野さんと同じ現象は起きていないようだ。

「まいったなぁ。原因が分からないのが気持ち悪いんですよねぇ」
「私も一応持ってはいるけど、実走が好きだから使いこなしてはいないな。スプリントのフォーム確認には使うけどな」
「それなら中杉君は頼れないな。俺と南原君で解明するしかないな」
「一緒に考えてくれるのですか! 有難うございます」
「頑張ってみますよ。仲間ですからね」

 話込む私達の中心に人影が飛び込む……西野か。

「ちょっと男性陣! 可愛い女子二人を放置してなに話し込んでるのよ!」
「みなさん楽しそうですよね」
「気を許すと調子に乗るから、もっとキツク言わないと駄目よ!」

 そんな攻撃的な事を言わなくても良いのにな。
 本気を出したら、ひまりちゃんは西野よりキツイ性格だぞ?

「なんだよ仲間に入れば良いだろ? ロードバイクが好きなんだから」
「ロードは好きだけど機材オタクじゃないの。スマートトレーナーの違いなんて興味ないわよ」
「申し訳御座いません……」

 木野さんが謝る。

「えっ、あぁ、木野さんが悪いって言ってる訳じゃないわよ」
「木野さんには優しいねぇ。おじさんには厳しいのに」
「北見さんは最年長なんだから、みんなに気を使ってくださーい」
「年齢で差別しないで欲しいねっ。これはチームリーダーの中杉君の責任だ」
「申し訳なかった。次は気を付けるよ」
「何が申し訳なかったの?」

 謎の質問返しをされる。
 これは、謝罪理由が納得いかないと更に怒られる流れだな……
 でも、正解など分からない。
 だからそのまま申し訳なかった理由を述べる。

「みんなの話が楽しくて、ノノとひまりちゃんの事を忘れていた事が申し訳なかった」
「楽しかったなら良いわよ。でも、少しは気を使ってよね」
「あぁ、分かった」

 予想と違って、あっさりと許されて拍子抜けする。

「ひでぇな。俺と扱いが違いすぎるだろ」
「まぁ、そこは……ですよ」
「はいはい。それじゃ俺は木野君の自宅でスマートトレーナー事件の捜査を行うけど、みんなはどうする?」

 結局、男性陣全員が木野さんの自宅に向かって、女性陣全員が帰宅する事になった。
 同じロードバイク好きでも、機材への興味の度合いが違うのだな。

 *

 早速、木野さんがスマートトレーナーにロードバイクを固定して走り始める。
 実走で使用しているパワーメーターのパワー表示と、スマートトレーナーのパワー表示が同時に分かる様にサイコンを2個並べる。

「まずはFTPで走りますね」

 二つのサイコンに250W、246Wと表示される。

「スマートトレーナーの方が若干低めだけど、大体同じ数値だな」
「そうですね。違いが分からないですね」
「それではスプリントしてみます。5秒程度しか持たないのでシッカリ見ていて下さい」

 今度は823Wと711Wだ。確かに100Wくらいスマートトレーナーの方が低い数値が出ている。

「あぁ、本当にスマートトレーナーの方が100W近く低く出ているな」
「うーん、簡単に再現出来るって事は機材差ですかね」
「やっぱり分からないですか……」

 全員、パワーデータの数値が違う理由は分からないようだな。
 でも、私はパワーデータとは全然関係ないが、木野さんのスプリントが気になった。

「木野さん、気になる事があったけど聞いてもらえるか」
「猛士さんは理由が分かったんですか?」
「いや、分からないけど木野さんのスプリントが不格好だったのが気になった」
「ひでぇな、クライマーなんだからスプリントが下手なのは当然だろう」
「まぁ、酷いかどうかは置いておいて、東尾師匠直伝のスプリントを教えるよ」
「予定と違うけど、スプリントを教えてもらえるのは嬉しいですよ」

 木野さんが喜んでくれたので、東尾師匠直伝のスプリントのコツを教える。
 早速、木野さんがスプリントを試してみる。

「あれっ、スプリントが長続きする。不思議な程、足が回りますよ! 猛士さん、ありがとう御座います」
「そういう事ですか」

 急に南原さんが声を上げる。

「何か分かったのか、南原君」
「えぇ、どうやら木野さんはスプリントで力んでバックを踏んでいたようです。実走で使っているパワーメーターはクランク型だから、バックを踏んだ力も測定される。でも、スマートトレーナーは後輪のギア部での測定だから、実際にクランクが回った分の力しか伝わらない」
「なるほど。中杉君の指導でバックを踏まなくなったから、クランクでの抵抗が減って、後輪に効率よくパワーが伝わる様になったのか」
「解決のきっかけになって良かったよ」
「悩みが解決した上に、スプリントも改善出来てハッピーですよぉー」

 無邪気に喜ぶ木野さんを見て良かったと思う。
 そして、日が暮れて帰宅するまで、楽しいロードバイク談義の時間は続いた。
 新型のロードバイクの話、プロのレースの話、今度参加するホビーレースの話……話題は尽きないのだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

【完結】偽りの告白とオレとキミの十日間リフレイン

カムナ リオ
青春
八神斗哉は、友人との悪ふざけで罰ゲームを実行することになる。内容を決めるカードを二枚引くと、そこには『クラスの女子に告白する』、『キスをする』と書かれており、地味で冴えないクラスメイト・如月心乃香に嘘告白を仕掛けることが決まる。 自分より格下だから彼女には何をしても許されると八神は思っていたが、徐々に距離が縮まり……重なる事のなかった二人の運命と不思議が交差する。不器用で残酷な青春タイムリープラブ。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

僕は 彼女の彼氏のはずなんだ

すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は 僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...