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4章 2年目の中年レーサー
第53話 最初の脱落者
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選手集団に視界を遮られて先頭の動きは見えないが、集団自体に動きは無い。
時折現れるコーナーで時速30km程度まで減速する事はあるが、時速40km前後を維持して巡行している。
今日のレースは約50kmなので、決して長い距離のレースではないが、どうやら序盤の平地部で勝負を仕掛ける選手はいない様だ。
それでも走力が無い選手は徐々に集団から遅れ始めている。
だが、有難い事に私のチームメンバーは誰一人かけていない。
万全の体制でレース中盤の山岳地帯に差し掛かった。
突如乱れる選手集団。
上りが得意なクライマーや、先行して逃げ切りたいオールラウンダーが速度を上げたのだろう。
今回のレースは後半が平地だから、彼らが勝つにはこの山岳地帯で出来るだけスプリントが得意な選手とのタイム差を広げる必要があるからだ。
坂を上り始めて僅か10分程で、選手の個々の走力の差にが出始めて、完全に選手集団がばらけた。
だが、私達6人はドラフティング効果が得られる様に集まって走行している。
速度が遅い上り坂では空気抵抗の影響は平地と比べて減るが、それでも風の影響が無い方が楽に走れる。
それに、仲間がいる方が心強い。上りが苦手な私を守る様に仲間が囲む。
「僕が前に出ます! ここならやれます!」
木野さんが私達の先頭を走る。
序盤の平地では苦戦していたが、得意なヒルクライムで調子を取り戻したようだ。
「おいおい、そんなに張り切ったら最後までもたねぇぞ」
「そうですよ。ローテーションしながら走りましょう」
「温存しても体力がもたないですねぇ。ここで力尽きるか、最後の平地で力尽きるかの差ですよ。それなら、得意なヒルクライムで皆さんのアシストして終わりたいですよー」
心配する北見さんと南原さんに、木野さんが自分の考えを伝えた。
そうか……木野さんは私達のアシストの為に、この上り区間で全力をだすのか。
苦手なヒルクライムで息が切れて、返事をする余裕がないのが悔しい。
「分かったぜ正の熱い想い。後半は俺が引き継ぐ。だから安心して力を使い切ってくれ!」
「えぇ、頑張りますよっ、利男」
「仲が良いのはいいけれど、他の選手に衝突しない様に気を付けてくれよ。バラバラと力尽きた選手が散らばっているからな」
東尾師匠が周りの選手と衝突しない様に注意を促す。
私達はチームプレイで淡々と走っているが、中には先頭の選手を無理に追いかけて力尽きた選手もいる。
力尽きて速度が落ちた選手とは、速度差があるから追突する危険もある。
正直私には周囲に気を遣う余裕はない。
だが、仲間が代わりに走るべき道を示してくれる。
私はただ仲間の後を追いかければ良いだけだ。
ずっと先頭を走ってくれている東尾師匠。
師匠と並んでツートップで先頭を走ってくれている木野さん。
北見さん、南原さん、利男の3人が交互に横風からも守ってくれている。
斜度5~10%の坂が交互に現れる中、淡々とペダルに力を込めて踏み込み続ける。
周りを見る余裕はなく、永遠に続くと錯覚する終わらない上り坂。
それでも頂上が近づいたと理解出来た。
聞こえたのだ……声が……
「何のんびり走ってるの! もう20人以上通過したわよ! 気合入れなさい!!」
「が、頑張って下さい。応援してますっ!」
この声は西野とひまりちゃんだ!!
二人が応援場所に選んだのは山頂。
つまり私にとっての難関である上り区間が終わった事を意味する。
苦手な上り区間が終了した事と応援で力が沸き上がる。
この一瞬の活力の為に、二人は応援に来てくれたのだ。
ここから少しでも挽回しなければ。
「それじゃ、皆さん頑張って下さい」
木野さんが道を譲り速度を落とす。
「どうした? まだ余力はあるんじゃねぇか?」
「そうです。この先は下りで足も休めます。まだまだ行けると思いますよ」
「いやっ、無理しない方がいいぜっ。集中が切れた状態での下りは危険だ」
「予定通り猛士の事は俺が引き継ぐぜ。ゆっくり休めよ!」
北見さんと南原さんの二人は木野さんを引き留めるが、東尾師匠と利男はここで木野さんを見送るようだ。
私の経験では、どちらが正しいか分からない。
後は木野さん本人の選択次第か……
「誘ってくれるのは嬉しいですねぇ。でも、下りは苦手なのでのんびり追いかけますよ。頑張って下さい皆さん!」
「あぁ」
改めてレースを降りる決断を皆に伝えた木野さんに短く返事を返した。
正直に言えば、もう少し一緒に走れたのではとの思いもある。
もしかしたら苦手な下りで遅れて、私達に気を使わせる可能性を避けたかったのかもしれない。
悩みはあるが、彼が自分で選んだ事だ……木野さんの決断を尊重しよう。
「ほらほらっ、ファイト、ファイト!」
「あっ、もう行っちゃった」
頂上を過ぎ下り始めた後ろで、西野の熱い応援と、一瞬で走り去った私達に戸惑うひまりちゃんの声が聞こえた。
ありがとう二人共。少しでも上を目指して足掻いてみるよ。
時折現れるコーナーで時速30km程度まで減速する事はあるが、時速40km前後を維持して巡行している。
今日のレースは約50kmなので、決して長い距離のレースではないが、どうやら序盤の平地部で勝負を仕掛ける選手はいない様だ。
それでも走力が無い選手は徐々に集団から遅れ始めている。
だが、有難い事に私のチームメンバーは誰一人かけていない。
万全の体制でレース中盤の山岳地帯に差し掛かった。
突如乱れる選手集団。
上りが得意なクライマーや、先行して逃げ切りたいオールラウンダーが速度を上げたのだろう。
今回のレースは後半が平地だから、彼らが勝つにはこの山岳地帯で出来るだけスプリントが得意な選手とのタイム差を広げる必要があるからだ。
坂を上り始めて僅か10分程で、選手の個々の走力の差にが出始めて、完全に選手集団がばらけた。
だが、私達6人はドラフティング効果が得られる様に集まって走行している。
速度が遅い上り坂では空気抵抗の影響は平地と比べて減るが、それでも風の影響が無い方が楽に走れる。
それに、仲間がいる方が心強い。上りが苦手な私を守る様に仲間が囲む。
「僕が前に出ます! ここならやれます!」
木野さんが私達の先頭を走る。
序盤の平地では苦戦していたが、得意なヒルクライムで調子を取り戻したようだ。
「おいおい、そんなに張り切ったら最後までもたねぇぞ」
「そうですよ。ローテーションしながら走りましょう」
「温存しても体力がもたないですねぇ。ここで力尽きるか、最後の平地で力尽きるかの差ですよ。それなら、得意なヒルクライムで皆さんのアシストして終わりたいですよー」
心配する北見さんと南原さんに、木野さんが自分の考えを伝えた。
そうか……木野さんは私達のアシストの為に、この上り区間で全力をだすのか。
苦手なヒルクライムで息が切れて、返事をする余裕がないのが悔しい。
「分かったぜ正の熱い想い。後半は俺が引き継ぐ。だから安心して力を使い切ってくれ!」
「えぇ、頑張りますよっ、利男」
「仲が良いのはいいけれど、他の選手に衝突しない様に気を付けてくれよ。バラバラと力尽きた選手が散らばっているからな」
東尾師匠が周りの選手と衝突しない様に注意を促す。
私達はチームプレイで淡々と走っているが、中には先頭の選手を無理に追いかけて力尽きた選手もいる。
力尽きて速度が落ちた選手とは、速度差があるから追突する危険もある。
正直私には周囲に気を遣う余裕はない。
だが、仲間が代わりに走るべき道を示してくれる。
私はただ仲間の後を追いかければ良いだけだ。
ずっと先頭を走ってくれている東尾師匠。
師匠と並んでツートップで先頭を走ってくれている木野さん。
北見さん、南原さん、利男の3人が交互に横風からも守ってくれている。
斜度5~10%の坂が交互に現れる中、淡々とペダルに力を込めて踏み込み続ける。
周りを見る余裕はなく、永遠に続くと錯覚する終わらない上り坂。
それでも頂上が近づいたと理解出来た。
聞こえたのだ……声が……
「何のんびり走ってるの! もう20人以上通過したわよ! 気合入れなさい!!」
「が、頑張って下さい。応援してますっ!」
この声は西野とひまりちゃんだ!!
二人が応援場所に選んだのは山頂。
つまり私にとっての難関である上り区間が終わった事を意味する。
苦手な上り区間が終了した事と応援で力が沸き上がる。
この一瞬の活力の為に、二人は応援に来てくれたのだ。
ここから少しでも挽回しなければ。
「それじゃ、皆さん頑張って下さい」
木野さんが道を譲り速度を落とす。
「どうした? まだ余力はあるんじゃねぇか?」
「そうです。この先は下りで足も休めます。まだまだ行けると思いますよ」
「いやっ、無理しない方がいいぜっ。集中が切れた状態での下りは危険だ」
「予定通り猛士の事は俺が引き継ぐぜ。ゆっくり休めよ!」
北見さんと南原さんの二人は木野さんを引き留めるが、東尾師匠と利男はここで木野さんを見送るようだ。
私の経験では、どちらが正しいか分からない。
後は木野さん本人の選択次第か……
「誘ってくれるのは嬉しいですねぇ。でも、下りは苦手なのでのんびり追いかけますよ。頑張って下さい皆さん!」
「あぁ」
改めてレースを降りる決断を皆に伝えた木野さんに短く返事を返した。
正直に言えば、もう少し一緒に走れたのではとの思いもある。
もしかしたら苦手な下りで遅れて、私達に気を使わせる可能性を避けたかったのかもしれない。
悩みはあるが、彼が自分で選んだ事だ……木野さんの決断を尊重しよう。
「ほらほらっ、ファイト、ファイト!」
「あっ、もう行っちゃった」
頂上を過ぎ下り始めた後ろで、西野の熱い応援と、一瞬で走り去った私達に戸惑うひまりちゃんの声が聞こえた。
ありがとう二人共。少しでも上を目指して足掻いてみるよ。
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