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4章 2年目の中年レーサー
第50話 北見さんの教え
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来月はチームメンバーと一緒にロードレースに参戦する予定だ。
平地と下りは平気だが、苦手な上り坂で遅れる事が予想出来る。
だから、今月のトレーニングは上り対策を重点的に行う事にした。
でも、今までは平地がメインのクリテリウムを中心に参戦していたから練習方法が分からない。
私のチームで相談出来そうな相手は……北見さんだな。
私は早速北見さんに連絡を取ってトレーニング方法を教えてもらう事にした。
待ちに待った土曜日。
指定された待ち合わせ場所で待っていると、北見さんが時間通りやって来た。
「おう、中杉君。待たせたかな?」
「少し待ちましたけど大丈夫ですよ。ここに来るまでの疲労を抜くには丁度良い」
「そりゃ良かった」
「早速走りに行くのですか?」
「その前にお勉強だ」
「お勉強?」
北見さんの想定外な言葉を聞いて、思わず聞き返してしまった。
お勉強か……色々教えて頂けるのは嬉しいが、唐突だから驚いてしまう。
「上りのトレーニングをする前に、中杉君が短時間のアタックで、想定より遅い理由について教えておこうと思ってね」
「遅いのは理解していますけど、想定より?」
遅いのは理解しているけど、想定よりという言葉が引っかかった。
私の実力を想定出来るデータはパワーデータだけだろう。
そうすると、パワーデータより遅いという意味か?
「パワーデータより遅い、特にアタックに対応するのに必要な1分パワーがね」
私が答えを出せないでいると、北見さんが自身満々に教えてくれた。
「パワーデータは北見さんと同じくらいでしたよね」
「そうだ。俺が431W、中杉君が411Wだ。どれくらい差があると思う」
「私の方が若干遅いくらいですか?」
「これだけだ」
北見さんが両手を広げる。
20分のデータだったら結構距離が離される事は分かるが、たったの1分間でそんなに離されるか?
少し大げさに感じるな。
北見さんがはにかむ。
私が困惑しているのが北見さんには嬉しいようだ。
どうやら私の反応は想定通りだったらしい。
「極端な例を考えてみよう。一人目は800Wを30秒で残り30秒を0W。もう一人は400Wを1分間。両方とも平均すれば1分400Wだ。だが、二人には大きな違いがある」
「違い? 数値上は同じでは?」
数値上は同じなのに速さが変わるのか?
同じ数値で速さに違いが出るのであれば、パワーを測定する意味が無いのではないか?
「パワーの数値だけならな。だが、空気抵抗が違う。一人目は最初の800Wの時に大きな空気抵抗を受ける。だが、二人目は一人目より低い空気抵抗を一定の割合で受けるという事だ」
北見さんの回答を聞いて納得する。
確か、空気抵抗は速度の二乗に比例する。
速度が2倍になると空気抵抗は2倍になるのではない……4倍以上になるのだ。
特に私は北見さんより体が大きいから、空気抵抗の大きさは絶大だ。
早速、北見さんに考えた結果を伝えてみる。
「空気抵抗は速度の二乗に比例する。一人目は最初の30秒で大きな空気抵抗を受ける。残りの30秒は空気抵抗は減るがパワーが無いから進まない」
「その通りだよ。恐らく中杉君の一分パワーは、得意なスプリントパワーの影響を受けている。後半はバテてパワーが落ちていただろう? だが、私の431Wは一定のパワーを出した結果だ」
「その通りですよ。例題の様に極端ではないですけど、後半はバテて300W前半でした」
「ここが中杉君の弱さだな」
「教えてくれて、ありがとう御座います」
「弱点を指摘されて怒らないのかい?」
「怒りませんよ。北見さんは心強い味方ですからね」
「そうか、そうか」
私の『心強い味方』の言葉を聞いて、北見さんは嬉しそうにしている。
さて、いよいよ今日のメインの峠を上ろう。
「そろそろ走りに行きましょうか? 今日は初めて上る峠ですけど、どの様なコースなのですか?」
「序盤はそれなりで、後半キツイ区間が長く続く」
私は上りが苦手なのにキツイ区間が長く続くだって?
「斜度が安定しているから、いつものヤビツ峠よりペーシングが楽だよ」
「後半上れなかったらどうします? 情けないけど自信がないので」
恥ずかしいけど、自信がない事を伝える。
出来ない事を黙っていて迷惑をかけたくないからな。
「それなら上れる区間をもう一度上ればいいさ」
なるほど、そういう考えもあるのか。
上りが苦手なのに、知らない内に最後まで上る事に固執していたな。
「さて、行こうか。この峠を選んだ理由は走行中に詳しく説明するよ」
「返事は出来ないと思うけど」
「返事はいらないさ。聞こえていれば問題ない」
そういった北見さんが走り始める。私も慌てて後を追う。
さて、楽しみだな。ここでは何が見られるのかな?
平地と下りは平気だが、苦手な上り坂で遅れる事が予想出来る。
だから、今月のトレーニングは上り対策を重点的に行う事にした。
でも、今までは平地がメインのクリテリウムを中心に参戦していたから練習方法が分からない。
私のチームで相談出来そうな相手は……北見さんだな。
私は早速北見さんに連絡を取ってトレーニング方法を教えてもらう事にした。
待ちに待った土曜日。
指定された待ち合わせ場所で待っていると、北見さんが時間通りやって来た。
「おう、中杉君。待たせたかな?」
「少し待ちましたけど大丈夫ですよ。ここに来るまでの疲労を抜くには丁度良い」
「そりゃ良かった」
「早速走りに行くのですか?」
「その前にお勉強だ」
「お勉強?」
北見さんの想定外な言葉を聞いて、思わず聞き返してしまった。
お勉強か……色々教えて頂けるのは嬉しいが、唐突だから驚いてしまう。
「上りのトレーニングをする前に、中杉君が短時間のアタックで、想定より遅い理由について教えておこうと思ってね」
「遅いのは理解していますけど、想定より?」
遅いのは理解しているけど、想定よりという言葉が引っかかった。
私の実力を想定出来るデータはパワーデータだけだろう。
そうすると、パワーデータより遅いという意味か?
「パワーデータより遅い、特にアタックに対応するのに必要な1分パワーがね」
私が答えを出せないでいると、北見さんが自身満々に教えてくれた。
「パワーデータは北見さんと同じくらいでしたよね」
「そうだ。俺が431W、中杉君が411Wだ。どれくらい差があると思う」
「私の方が若干遅いくらいですか?」
「これだけだ」
北見さんが両手を広げる。
20分のデータだったら結構距離が離される事は分かるが、たったの1分間でそんなに離されるか?
少し大げさに感じるな。
北見さんがはにかむ。
私が困惑しているのが北見さんには嬉しいようだ。
どうやら私の反応は想定通りだったらしい。
「極端な例を考えてみよう。一人目は800Wを30秒で残り30秒を0W。もう一人は400Wを1分間。両方とも平均すれば1分400Wだ。だが、二人には大きな違いがある」
「違い? 数値上は同じでは?」
数値上は同じなのに速さが変わるのか?
同じ数値で速さに違いが出るのであれば、パワーを測定する意味が無いのではないか?
「パワーの数値だけならな。だが、空気抵抗が違う。一人目は最初の800Wの時に大きな空気抵抗を受ける。だが、二人目は一人目より低い空気抵抗を一定の割合で受けるという事だ」
北見さんの回答を聞いて納得する。
確か、空気抵抗は速度の二乗に比例する。
速度が2倍になると空気抵抗は2倍になるのではない……4倍以上になるのだ。
特に私は北見さんより体が大きいから、空気抵抗の大きさは絶大だ。
早速、北見さんに考えた結果を伝えてみる。
「空気抵抗は速度の二乗に比例する。一人目は最初の30秒で大きな空気抵抗を受ける。残りの30秒は空気抵抗は減るがパワーが無いから進まない」
「その通りだよ。恐らく中杉君の一分パワーは、得意なスプリントパワーの影響を受けている。後半はバテてパワーが落ちていただろう? だが、私の431Wは一定のパワーを出した結果だ」
「その通りですよ。例題の様に極端ではないですけど、後半はバテて300W前半でした」
「ここが中杉君の弱さだな」
「教えてくれて、ありがとう御座います」
「弱点を指摘されて怒らないのかい?」
「怒りませんよ。北見さんは心強い味方ですからね」
「そうか、そうか」
私の『心強い味方』の言葉を聞いて、北見さんは嬉しそうにしている。
さて、いよいよ今日のメインの峠を上ろう。
「そろそろ走りに行きましょうか? 今日は初めて上る峠ですけど、どの様なコースなのですか?」
「序盤はそれなりで、後半キツイ区間が長く続く」
私は上りが苦手なのにキツイ区間が長く続くだって?
「斜度が安定しているから、いつものヤビツ峠よりペーシングが楽だよ」
「後半上れなかったらどうします? 情けないけど自信がないので」
恥ずかしいけど、自信がない事を伝える。
出来ない事を黙っていて迷惑をかけたくないからな。
「それなら上れる区間をもう一度上ればいいさ」
なるほど、そういう考えもあるのか。
上りが苦手なのに、知らない内に最後まで上る事に固執していたな。
「さて、行こうか。この峠を選んだ理由は走行中に詳しく説明するよ」
「返事は出来ないと思うけど」
「返事はいらないさ。聞こえていれば問題ない」
そういった北見さんが走り始める。私も慌てて後を追う。
さて、楽しみだな。ここでは何が見られるのかな?
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