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4章 2年目の中年レーサー
第41話 パワーマネジメント 限らた力で
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今回木野さんと私が参加するビギナークラスの招集時間となった。
木野さんは集団の先頭に並んでいるが、私は集団最後尾に並んだ。
今回はチーム戦略は無しでお互いベストを尽くす事にしている。
木野さんは上りが得意なので、集団先頭で自分のペースを維持して走る事を選んだのだろう。
私は上りで遅れるが、得意な下りで集団に追いつき、平地部は集団後方でドラフティング効果で楽に巡行して足を休める作戦だ。
これなら足を使うのは苦手な上り坂だけになる。
参加選手は18名、この選手の中では私が一番弱いレーサーだ。
だからこそ一切の無駄を省いて走る必要がある。
そう、パワーマネジメントが重要になるのだ。
いよいよレーススタートとなり先頭に並んだ選手達が走り出す。
今日のレースはスタートして直ぐに下り坂となる。
私も集団の後ろについて走る。
足を止めていても時速55kmまで勝手に上がっていく。
坂を下り切り平地に入り、だんだんと速度が落ちてきて時速40km前後に落ち着く。
そして最初の上り坂に突入する。
集団から離れない様に走るには、私の場合30秒間『420W』のパワーを出す必要がある。
そして私は『350W』の力を発揮して上り坂を走り始めた。
ハッ、ハツ、ハッ……
集団で走っている選手より低いパワーで上っているのに息が辛いな。
心肺能力が育っていないのが今後の課題だな。
集団から徐々に遅れ始めるが慌てはしない。
『全て予定通りだからだ』
上り切った後、下り坂で一気に時速55km前後まで上がる。
そして、そのまま平地部を走り抜け集団に追いつく。集団に追いつける理由は簡単だ。
平地部に辿り着いた時の集団先頭は上り坂が得意な選手が占めている。
そして、上りが得意な選手は平地部が苦手なのだ。
先頭で空気抵抗を受けながら速度を維持するのが苦手だから、必然的に速度が落ちる。
そしてこれだけ選手が密集していれば、平地が得意な選手が先頭の選手を追い抜く事は難しい。
だから、集団全体の速度が落ちているのだ。
そこに悠然と下り坂でついた勢いのまま高速巡行すれば、楽に集団に追いつけるという算段だ。
再び上り坂となる。
私は再び350W前後の節約したパワーで上り始める。
そしてスタート地点に戻った時は集団から離れて最後尾だった。
そんな私に周囲の観客から声援が送られる。
「負けるな!」
「まだ追えるぞ!」
「5秒! 追えるよ!」
温かいな。
見知らぬ観客からの声援を受けて、そのように感じた。
レースに参加している友人の応援だけでなく、脱落しそうな面識のない選手にも声援を送る。
選手・観客・主催者……この会場にいる全てにリスペクト出来る環境。
素直に素敵だなと思う。
だが、すまないな。
『今日の私はしたたかなのだよ』
3周目に入ると集団から一人、二人とドロップしてくる選手が現れた。
私と同じで上り坂が苦手なのに無理して集団を追っていた選手達だ。
集団でいれば追い抜くのは難しいが、一人、二人なら余裕で追い抜ける。
下り坂で速度を乗せて、平地部で一気に速度を上げる。
「右通ります!」
追突しない様に背後から声かけした後、コース脇の砂利に気を付けながら、前走者の右側を抜けた。
前を走る選手から距離を開ける為にコース脇の砂利に乗り上げるとコントロールを失う危険があるし、背後から黙って近づくと前を走っている選手と接触する可能性がある。
だから、こういう場面での声掛けは重要だ。
これで3人追い抜いたから、今のところ15位か。
追い抜いた選手は純粋な体力では私より上だろう。
『これがパワーマネジメントの効果だ!』
私の実力は1分間持続出来るパワーが411W、20分間では210Wだ。
上り坂で発揮している30秒350Wは、足を休めて休憩しながらなら十分発揮出来るパワーだ。
コーナーを抜けた後の立ち上がりは、下り坂で速度が乗っているから実質0。
その後の平地部は集団の後ろで足を休められるから200W前後で済む。
20分間210Wを維持出来る私にとっては休憩しているようなものだ。
そして、全部で8周回で一周のうち2回上り坂があるから、30秒350Wを16回繰り返せれば集団と一緒に完走出来る計算だ。
連続して350Wのパワーを発揮するのは無理だが、足を休ませながらなら私でも可能だ。
4周目、5周目と周回を重ねる度に徐々に選手が減っていく。
私は何とか13位まで順位を上げる事が出来た。
6周目に入り、先頭では優勝を争って集団から抜け出そうとする選手が現れ始めた。
だが、私は上り坂で集団に離され、下りと平地部で追いつく……それの繰り返し。
優勝争いに絡めないから、完走目的の地味なルーティンワークになっている。
勝ちにいかなければレースではないと思う気持ちも少しあるが、これも私なりのレースだ。
弱い奴が生き残りをかけて戦っているのだ!
そして、最終周。最後なので集団の速度が上がるが、今までパワーを節約していたから何とか追えている。
集団の後ろからは見えないが木野さんは大丈夫だろうか。
最終周に突入してラップアウトが無くなったので、木野さんを心配出来るくらいには心に余裕が出てきた。
そして最後の上り坂で腰を上げてスプリントする。
上り坂が苦手であっても一瞬のスプリントで上り切れるなら別だ。
一気に3人追い抜きゴールした。
これで10位確定だな。
そして、初めて選手集団と一緒にゴール出来たのだ。
他の若い選手より劣る、限られた力でーー
木野さんは集団の先頭に並んでいるが、私は集団最後尾に並んだ。
今回はチーム戦略は無しでお互いベストを尽くす事にしている。
木野さんは上りが得意なので、集団先頭で自分のペースを維持して走る事を選んだのだろう。
私は上りで遅れるが、得意な下りで集団に追いつき、平地部は集団後方でドラフティング効果で楽に巡行して足を休める作戦だ。
これなら足を使うのは苦手な上り坂だけになる。
参加選手は18名、この選手の中では私が一番弱いレーサーだ。
だからこそ一切の無駄を省いて走る必要がある。
そう、パワーマネジメントが重要になるのだ。
いよいよレーススタートとなり先頭に並んだ選手達が走り出す。
今日のレースはスタートして直ぐに下り坂となる。
私も集団の後ろについて走る。
足を止めていても時速55kmまで勝手に上がっていく。
坂を下り切り平地に入り、だんだんと速度が落ちてきて時速40km前後に落ち着く。
そして最初の上り坂に突入する。
集団から離れない様に走るには、私の場合30秒間『420W』のパワーを出す必要がある。
そして私は『350W』の力を発揮して上り坂を走り始めた。
ハッ、ハツ、ハッ……
集団で走っている選手より低いパワーで上っているのに息が辛いな。
心肺能力が育っていないのが今後の課題だな。
集団から徐々に遅れ始めるが慌てはしない。
『全て予定通りだからだ』
上り切った後、下り坂で一気に時速55km前後まで上がる。
そして、そのまま平地部を走り抜け集団に追いつく。集団に追いつける理由は簡単だ。
平地部に辿り着いた時の集団先頭は上り坂が得意な選手が占めている。
そして、上りが得意な選手は平地部が苦手なのだ。
先頭で空気抵抗を受けながら速度を維持するのが苦手だから、必然的に速度が落ちる。
そしてこれだけ選手が密集していれば、平地が得意な選手が先頭の選手を追い抜く事は難しい。
だから、集団全体の速度が落ちているのだ。
そこに悠然と下り坂でついた勢いのまま高速巡行すれば、楽に集団に追いつけるという算段だ。
再び上り坂となる。
私は再び350W前後の節約したパワーで上り始める。
そしてスタート地点に戻った時は集団から離れて最後尾だった。
そんな私に周囲の観客から声援が送られる。
「負けるな!」
「まだ追えるぞ!」
「5秒! 追えるよ!」
温かいな。
見知らぬ観客からの声援を受けて、そのように感じた。
レースに参加している友人の応援だけでなく、脱落しそうな面識のない選手にも声援を送る。
選手・観客・主催者……この会場にいる全てにリスペクト出来る環境。
素直に素敵だなと思う。
だが、すまないな。
『今日の私はしたたかなのだよ』
3周目に入ると集団から一人、二人とドロップしてくる選手が現れた。
私と同じで上り坂が苦手なのに無理して集団を追っていた選手達だ。
集団でいれば追い抜くのは難しいが、一人、二人なら余裕で追い抜ける。
下り坂で速度を乗せて、平地部で一気に速度を上げる。
「右通ります!」
追突しない様に背後から声かけした後、コース脇の砂利に気を付けながら、前走者の右側を抜けた。
前を走る選手から距離を開ける為にコース脇の砂利に乗り上げるとコントロールを失う危険があるし、背後から黙って近づくと前を走っている選手と接触する可能性がある。
だから、こういう場面での声掛けは重要だ。
これで3人追い抜いたから、今のところ15位か。
追い抜いた選手は純粋な体力では私より上だろう。
『これがパワーマネジメントの効果だ!』
私の実力は1分間持続出来るパワーが411W、20分間では210Wだ。
上り坂で発揮している30秒350Wは、足を休めて休憩しながらなら十分発揮出来るパワーだ。
コーナーを抜けた後の立ち上がりは、下り坂で速度が乗っているから実質0。
その後の平地部は集団の後ろで足を休められるから200W前後で済む。
20分間210Wを維持出来る私にとっては休憩しているようなものだ。
そして、全部で8周回で一周のうち2回上り坂があるから、30秒350Wを16回繰り返せれば集団と一緒に完走出来る計算だ。
連続して350Wのパワーを発揮するのは無理だが、足を休ませながらなら私でも可能だ。
4周目、5周目と周回を重ねる度に徐々に選手が減っていく。
私は何とか13位まで順位を上げる事が出来た。
6周目に入り、先頭では優勝を争って集団から抜け出そうとする選手が現れ始めた。
だが、私は上り坂で集団に離され、下りと平地部で追いつく……それの繰り返し。
優勝争いに絡めないから、完走目的の地味なルーティンワークになっている。
勝ちにいかなければレースではないと思う気持ちも少しあるが、これも私なりのレースだ。
弱い奴が生き残りをかけて戦っているのだ!
そして、最終周。最後なので集団の速度が上がるが、今までパワーを節約していたから何とか追えている。
集団の後ろからは見えないが木野さんは大丈夫だろうか。
最終周に突入してラップアウトが無くなったので、木野さんを心配出来るくらいには心に余裕が出てきた。
そして最後の上り坂で腰を上げてスプリントする。
上り坂が苦手であっても一瞬のスプリントで上り切れるなら別だ。
一気に3人追い抜きゴールした。
これで10位確定だな。
そして、初めて選手集団と一緒にゴール出来たのだ。
他の若い選手より劣る、限られた力でーー
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