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4章 2年目の中年レーサー
第37話 サイクリストの初詣
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サイクリストとなった初めての年が過ぎ去り、翌年の元旦を迎えた。
今日は西野と一緒に初詣に行く予定だ。
折角だからチームメンバー全員で行こうと思ったが、断わられてしまっている。
メンバーそれぞれ、初詣で行きたい場所が違うからだそうだ。
始めは何の事だか分からなかったが、西野の指定した場所と持ち物を聞いて直ぐに理解させられた。
指定通り朝の5時に待ち合わせ場所に向かうと、既に西野は到着していた。
西野の方が目的地と自宅が近いから当然の事だが、待たせてしまっている事に気が引ける。
何故なら……この後更に待たせる事になるからだ。
そして、西野と一緒に1時間程の参拝を開始した。
人生とは苦難の連続だ。
だから出来れば苦難を避けたいと願うのは当然の事だ。
突然見舞われる苦難に人は絶望する。
だが、自ら望んだ苦難は一周回ってエンターテイメントとなりうる。
世の中にはそういう人種もいるのだ。
自ら苦難を選び、乗り越える事に意義を見出す。
それもまた人生だ……
私の頭の中を覗ける人がいれば、何故この様な考えをしているのか疑問に思うだろうな。
一回りも年下の女性と二人っきりで初詣している人間の考えではないのだから。
そう思いながら私はペダルに力を込めた。
そうだよ……私は西野と一緒に峠を走っている。
真冬の早朝5時に標高が高くて更に冷え込む峠を上っているのだ。
ただでさえ苦手で気持ちが折れそうなのに、肌が切れるような痛みを感じる寒さに泣きたくなる。
普段一番お世話になっている峠に上るのが、サイクリストにとっての初詣だと誰が決めたのだ?
しかも普段から参拝と言って、峠を何度も上るのがサイクリストの流儀だって?
クライマー系のサイクリストにとっては普通の事かもしれないが、上りが苦手な私には理解出来ない世界だ!
「何のんびりしているの? 成長した所を見せてよ?」
これが恋人同士であれば、期待されていると喜び、カッコ良い所を見せようと張り切るれるのだろう。
だが、私と西野はそこまでの関係ではない。
寒いものは寒いし、上りが苦手な事は簡単に克服出来ない。
「少しは成長しただろ? 普通に走っているではないか」
私は軽く言ってのけた。
そう、走行中に言いたい事を軽く言えるくらいには成長したのだ。
ダイエットにお勧めのコースだと西野に紹介してもらってから走りこんでいるからな。
1時間発揮出来るパワーであるFTPは200Wから210Wに成長したのだ。
体重だって78kgから70kgまで減っている。
念願のパワーウェイトレシオが3倍を超えたのだ。
ホビーレーサーとしては最低ランクだが、峠を普通に走行する分には不足はない。
速くは走れないが、最後まで西野と走り切るくらいはやって見せるさ。
ここから先は七曲りという名の詐欺だな。
既に何度も走っている。曲がる回数など問題ではない事くらい理解している。
大事なのは傾斜のキツさである斜度とパワーウェイトレシオだ。
斜度が大きければ辛い、パワーウェイトレシオが高ければラク、ただそれだけだ。
延々と曲がり続ける坂を黙々と上り続ける。
初詣と言えばお願いをするものと思うだろう。
だがお願いする前に守るべきマナーがある。
まず、参道の真ん中を通らないという事を覚えていて欲しい。
一般的には神様が通る道だから、神様を敬い左右の端を通ると言われている。
だが、ここでは違う。
真ん中はセンターラインだからだ。
左右を通るのではなく、日本では左側を通るのが正解だ。
対向車に気を付けよう!
「ねぇ? 聞いてる? 折角の初詣なんだから、もっと話しながら走ろうよ?」
西野に思考を邪魔される。
現実逃避を妨害されたら、辛くなるではないか。
聞いている? いや、効いているよ……足にダメージがな。
寒さのせいで思ったより楽に走れない。
西野は防寒対策ばっちりで、ウィンドブレーカーを着こんでいる。
だけど、私が着ているのは出来たばかりのチームジャージ一枚だけだ。
初めてのチームジャージが嬉しくて浮かれていたせいで、寒さ対策を怠ったのは私の責任だな。
「ちょっと寒くてな」
「もう、冬の峠は寒いって言ったでしょ? 下りはもっと寒くなるけど大丈夫?」
「こんなに寒いのに更に冷えるのか?」
「当然でしょ! ヒルクライムで体が温まっていて、この寒さなのよ。下りは風で冷えるし、運動しないで勝手に進むから死ぬほど寒いわよ!」
「どうすれば良いかな? ノノ先生?」
「都合の良い時だけ先生なんて呼ばないでよ?」
「それなら師匠に連絡を取ってアドバイスをもらうよ」
「それはもっと嫌!」
西野が分からない……何故東尾師匠が駄目なのだ。
必殺技とか言っているところが子供っぽいからか?
西野と話しながら何とか頂上まで上り切きる事が出来た。
座って休憩していたら、突如背後からウィンドブレーカーをかけられる。
「貸してあげるわよ。下りで事故を起こされても困るからね!」
西野の優しさが有り難い。
迷惑そうな言い方だが、心配してくれているだけだと分かっているから……
「ありがとう。とても助かるよ」
素直に受け取って羽織ってみるたが、サイズが合わないな……折角借りたのに前のチャックが閉められない。
「閉まらないわね」
「そうだな閉まらないな」
自然と笑いがこみ上げた。さて、帰るとするか。
楽しい時間は長く共有したい……だけど、楽しめる時間は限られているのだ。
体力に余裕がある内に帰宅するのが、次回も楽しく走る為のコツだ。
そう、サイクリストの先輩である西野が主張しているのだからーー
今日は西野と一緒に初詣に行く予定だ。
折角だからチームメンバー全員で行こうと思ったが、断わられてしまっている。
メンバーそれぞれ、初詣で行きたい場所が違うからだそうだ。
始めは何の事だか分からなかったが、西野の指定した場所と持ち物を聞いて直ぐに理解させられた。
指定通り朝の5時に待ち合わせ場所に向かうと、既に西野は到着していた。
西野の方が目的地と自宅が近いから当然の事だが、待たせてしまっている事に気が引ける。
何故なら……この後更に待たせる事になるからだ。
そして、西野と一緒に1時間程の参拝を開始した。
人生とは苦難の連続だ。
だから出来れば苦難を避けたいと願うのは当然の事だ。
突然見舞われる苦難に人は絶望する。
だが、自ら望んだ苦難は一周回ってエンターテイメントとなりうる。
世の中にはそういう人種もいるのだ。
自ら苦難を選び、乗り越える事に意義を見出す。
それもまた人生だ……
私の頭の中を覗ける人がいれば、何故この様な考えをしているのか疑問に思うだろうな。
一回りも年下の女性と二人っきりで初詣している人間の考えではないのだから。
そう思いながら私はペダルに力を込めた。
そうだよ……私は西野と一緒に峠を走っている。
真冬の早朝5時に標高が高くて更に冷え込む峠を上っているのだ。
ただでさえ苦手で気持ちが折れそうなのに、肌が切れるような痛みを感じる寒さに泣きたくなる。
普段一番お世話になっている峠に上るのが、サイクリストにとっての初詣だと誰が決めたのだ?
しかも普段から参拝と言って、峠を何度も上るのがサイクリストの流儀だって?
クライマー系のサイクリストにとっては普通の事かもしれないが、上りが苦手な私には理解出来ない世界だ!
「何のんびりしているの? 成長した所を見せてよ?」
これが恋人同士であれば、期待されていると喜び、カッコ良い所を見せようと張り切るれるのだろう。
だが、私と西野はそこまでの関係ではない。
寒いものは寒いし、上りが苦手な事は簡単に克服出来ない。
「少しは成長しただろ? 普通に走っているではないか」
私は軽く言ってのけた。
そう、走行中に言いたい事を軽く言えるくらいには成長したのだ。
ダイエットにお勧めのコースだと西野に紹介してもらってから走りこんでいるからな。
1時間発揮出来るパワーであるFTPは200Wから210Wに成長したのだ。
体重だって78kgから70kgまで減っている。
念願のパワーウェイトレシオが3倍を超えたのだ。
ホビーレーサーとしては最低ランクだが、峠を普通に走行する分には不足はない。
速くは走れないが、最後まで西野と走り切るくらいはやって見せるさ。
ここから先は七曲りという名の詐欺だな。
既に何度も走っている。曲がる回数など問題ではない事くらい理解している。
大事なのは傾斜のキツさである斜度とパワーウェイトレシオだ。
斜度が大きければ辛い、パワーウェイトレシオが高ければラク、ただそれだけだ。
延々と曲がり続ける坂を黙々と上り続ける。
初詣と言えばお願いをするものと思うだろう。
だがお願いする前に守るべきマナーがある。
まず、参道の真ん中を通らないという事を覚えていて欲しい。
一般的には神様が通る道だから、神様を敬い左右の端を通ると言われている。
だが、ここでは違う。
真ん中はセンターラインだからだ。
左右を通るのではなく、日本では左側を通るのが正解だ。
対向車に気を付けよう!
「ねぇ? 聞いてる? 折角の初詣なんだから、もっと話しながら走ろうよ?」
西野に思考を邪魔される。
現実逃避を妨害されたら、辛くなるではないか。
聞いている? いや、効いているよ……足にダメージがな。
寒さのせいで思ったより楽に走れない。
西野は防寒対策ばっちりで、ウィンドブレーカーを着こんでいる。
だけど、私が着ているのは出来たばかりのチームジャージ一枚だけだ。
初めてのチームジャージが嬉しくて浮かれていたせいで、寒さ対策を怠ったのは私の責任だな。
「ちょっと寒くてな」
「もう、冬の峠は寒いって言ったでしょ? 下りはもっと寒くなるけど大丈夫?」
「こんなに寒いのに更に冷えるのか?」
「当然でしょ! ヒルクライムで体が温まっていて、この寒さなのよ。下りは風で冷えるし、運動しないで勝手に進むから死ぬほど寒いわよ!」
「どうすれば良いかな? ノノ先生?」
「都合の良い時だけ先生なんて呼ばないでよ?」
「それなら師匠に連絡を取ってアドバイスをもらうよ」
「それはもっと嫌!」
西野が分からない……何故東尾師匠が駄目なのだ。
必殺技とか言っているところが子供っぽいからか?
西野と話しながら何とか頂上まで上り切きる事が出来た。
座って休憩していたら、突如背後からウィンドブレーカーをかけられる。
「貸してあげるわよ。下りで事故を起こされても困るからね!」
西野の優しさが有り難い。
迷惑そうな言い方だが、心配してくれているだけだと分かっているから……
「ありがとう。とても助かるよ」
素直に受け取って羽織ってみるたが、サイズが合わないな……折角借りたのに前のチャックが閉められない。
「閉まらないわね」
「そうだな閉まらないな」
自然と笑いがこみ上げた。さて、帰るとするか。
楽しい時間は長く共有したい……だけど、楽しめる時間は限られているのだ。
体力に余裕がある内に帰宅するのが、次回も楽しく走る為のコツだ。
そう、サイクリストの先輩である西野が主張しているのだからーー
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