ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~

大場里桜

文字の大きさ
上 下
28 / 101
3章 レースチームを立ち上げる中年

第28話 師弟対決! 赤き疾風と青の深海

しおりを挟む
 耐久レースと言うだけあって、淡々と周回を繰り返した。
 私が一周走行して遅れた分を南原さんが挽回する。
 北見さんはオールラウンダーの名に恥じない走りで周回数を稼いでくれた。
 正午に近づき暑さがキツクなってきた頃は西野が大活躍した。
 上りが得意なだけでなく、暑さに耐性があるとは知らなかった。
 私はたまに一周づつ走行しているが、体力が持たないので殆ど走行していない。
 そして残り4周を迎えたーー

「そろそろ仕掛けようか? 南原君?」
「自分が2周行きます」

 南原さんが真剣な顔で頷いた。
 北見さんがボトルを外してピットロード脇で待機した。
 そして、ピットインした西野と素早く交代して走り始めた。

「南原! 私が倒れたら計測タグ奪って走れ!」

 そう言い捨ててコース内に消えていった北見さん。
 約6分半……北見さんがピットロードに現れた。
 今までの周回より明らかに早いな。
 北見さんは全力でタイムアタックしたのか?
 私が疲れ切った北見さんを支え、南原さんは計測タグを的確に付け替え走り出した。

「ぶっち切れ南原!」

 北見さんの激励を受けた南原さんが、黙って頷きながらコースインした。

「私達がソロエントリーじゃないって知ってるから、先頭集団に逃げを容認されたよ。後は南原の頑張り次第だな」

 そういう事か……遅い私の為に距離を稼いでくれているのだな。
 私は最終走者なのでピットロード脇で南原さんを待った。
 いや、待つという程時間はかからなかった。
 南原さんは12分もかからず戻って来たのだ。
 2周回を12分以下で走行するとは……平均時速48kmを越えているのではないか?
 流石タイムトライアルスペシャリストだな。

「かなり先行出来ました。後はお願いします」

 南原さんに後を頼まれ計測タグを受け取り走り出した。
 これだけお膳立てされておいて、簡単に追い向かれる訳にはいかないな。
 ピットアウトして第一コーナーを抜ける。
 周囲に他の選手がいないから速度を上げられるのは有り難い。
 続く長い下りのストレートで姿勢を低くして速度を乗せる。ここで無駄に足を使うより、愛車の空力性能を信じる。
 今までの周回同様に足を止めていても、グングン速度が上がり時速60kmを超える。
 下った先の第2コーナーを通過して、大きく湾曲した第3コーナーに突入する。
 この辺りの区間も私が得意なレイアウトだ。
 第4コーナーと最後の直線も何事もなく通過した。
 そして迎えた苦手な上りの最終コーナー。
 腰を上げ、足を消耗しない様に慎重にダンシングを続ける。
 時間はかかったが、何とか最終コーナーを抜けてホームストレートに戻る事が出来た。
 脚の消耗は抑えられたが、苦手な上りで心肺に負担がかかったから、呼吸が乱れている。呼吸を安定させながら徐々に巡行速度を上げていくとーー

「お先に!」

 師匠?!
 師匠と他の選手3名の合計4名が私の右側を通過した。
 私は時速40kmで走行しているから、師匠の集団は時速50km位だろう。
 慌ててダンシングをして、師匠達の集団の後ろに付いた。
 師匠達はソロエントリー組だ。
 このまま何もせずにゴールしても団体エントリークラスで優勝は出来る。
 だが、それで良い訳がない。南原さんが師匠との勝負のお膳立てをしてくれたのだ。
 走行順は他の選手2名、師匠、他の選手、私の順番だ。残り200m……選手が一斉に腰を上げてスプリントを開始した。
 師匠が前走者の2人のスリップストリームを食い破る様に追い抜いた。
 師匠の自称必殺技『螺旋気流嵐スリップストーム』だ!
 私も全力を出す! 潜れ! 空気抵抗の大海原を!!
深海の潜水者ディープシー・ダイバー!!!』
 サイコンが最大出力1,362Wを示す!
 この調子なら私のベストである5秒平均1,200Wを越えられそうだな。
 一気に時速68kmまで速度が上がり、右側から前走者を一気に追い抜いた。
 師匠の状況は分からない。
 だが、今の私が見るべきものは師匠じゃない! ゴールラインただ一つ!!
 1,265W……1,129W……1,053W……980W……一気にパワーダウンしていく。
 最大パワーが持続しない事くらい分かっているさ。
 それでも落ちるな速度!
 落ちていくパワーを抑える事は出来ない。
 今出来る事は出来るだけ空気抵抗を減らして減速しないようにする事だけだ。
 潜る様に姿勢を低くして! ゴールラインに飛び込んだ!!
 そしてーーゴールラインを越えた後、愛車にしがみついた。
 もう、足を動かせないな……落車しないようにバランスをとる。
 結果はどうなったのだ?
 周りの状況を確認する余裕が無かった私の背中に手のひら大の何かが触れた。

「最高のスプリントだったよ。流石にピュアスプリンターのスプリントには敵わねぇな」
「師匠?!」
「スプリント対決は弟子の勝ちだって事さ。でもソロエントリーでは優勝だからいいか」

 師匠が私の勝利を告げた。

「師匠は凄いな。私が勝てたのは全部仲間のお陰だからな」
「そんな事はないさ。俺が勝てたのも、猛士のパワーを信じて後ろに付いたからなんだぜ」

 師匠は私のスリップストリームに付いて、他の選手から追いつかれずに済んだそうだ。
 私のスプリントが間接的に師匠の優勝にも繋がっていたとはね。
 自身の初勝利と師匠の勝利に貢献出来た喜びを嚙み締めた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

【完結】偽りの告白とオレとキミの十日間リフレイン

カムナ リオ
青春
八神斗哉は、友人との悪ふざけで罰ゲームを実行することになる。内容を決めるカードを二枚引くと、そこには『クラスの女子に告白する』、『キスをする』と書かれており、地味で冴えないクラスメイト・如月心乃香に嘘告白を仕掛けることが決まる。 自分より格下だから彼女には何をしても許されると八神は思っていたが、徐々に距離が縮まり……重なる事のなかった二人の運命と不思議が交差する。不器用で残酷な青春タイムリープラブ。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

僕は 彼女の彼氏のはずなんだ

すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は 僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...