上 下
17 / 101
2章 進化する中年レーサー

第17話 甘くないスイーツコース

しおりを挟む
 今日は西野がお気に入りの『スイーツコース』を案内してくれる日だ。
 迷子にならない様に、送ってもらったコースデータをサイコンにダウンロードして出発する。
 サイコンのナビ機能通り走って、目的地の狭い橋を渡り切った所で西野が暇そうに待っていた。
 どうやら地元なだけあって早めに着いていたようだ。

「おはよう。待たせたかな?」

 ロードバイクから降りて西野に挨拶した。

「おはよう猛士。待ったのは少しだけね。今日は予定通り、私のお気に入りのスイーツなコースを案内するわね」
「スイーツなコース? 途中で美味しいスイーツを売っている店があるのか?」
「スイーツのお店? 途中に無いわね。まぁ、走ってみてのお楽しみよ。猛士の実力に合わせて先導するからついて来て」

 スイーツなコースなのに、途中でスイーツが売っていないのは不思議だな。
 西野は走ってみてのお楽しみと言っているが、終点にお店があるという事なのだろうか?
 まぁ、ロードバイク始めたばかりで、何をやっても楽しく感じるのだ。
 黙って付き合うのも悪くは無いと思いながら、近くの自販機でドリンクを補充する。
 西野もサイクルボトルにドリンクを補充し終えたところで、一緒に走り始めた。
 走り始めは緩い坂道だったので、私でも問題なく走れる。敢えて問題を言えば、道幅が狭くて対向車とのすれ違いが怖いくらいだろうか。

「この辺りは見通し悪いから気を付けてね」

 西野が前を走りながらアドバイスをしてくれる。
 私は急ブレーキ時に追突しないように、少し距離を取って追走した。
 しばらく走り続けるとセンターラインが現れ、少しだけ道幅が広くなった。
 今までは住宅街だったが、この辺りから木々が目立つ様になり、峠を上り始めた実感を感じ始める。
 こんなにゆったり上れる道路があるなら、最初に連れてきてくれれば良かったのにと思う。
 最初に経験したヤビツ峠は、前半の斜度がきつくてギブアップしたからな。
 それはそれで、闘志がみなぎって楽しかったが、上りやすい峠で少し自信を付けてくれても良かったのに……そういう緩い考えを持った私の前にヘアピンカーブが突如現れた。
 真上から航空写真を撮れば、平仮名の『つ』の様な普通の形状のヘアピンコーナーに見るだろう。
 しかし、普通と明らかに違うのは、真横から見ても平仮名の『つ』に見える位に坂が急な事だ!

「ちょっと斜度がキツイけど、頑張れば大丈夫だから安心して!」

 壊れてねじ曲がったヘアピンの様な形状に見えるヘアピンコーナーに差し掛かったところで、アドバイスの振りをした無茶ぶりが飛んできた。
 西野は腰を上げて軽々とダンシングで上っているが、私に同じ事が出来る訳ないだろう!
 今の私の実力では、西野と同じ体力が温存出来る上りのダンシングでは上り切れない坂だ。

『それなら全力で挑むだけ』

 腰を上げ速筋の力を開放して、スプリントの様に全力でダンシングを行う。
 途中でサイコンを覗くと、斜度が15%と表示されている。
 ヤビツ峠で苦戦した10%前後の坂より遥かにキツイじゃないか!
 これではスプリントパワーが尽きたら上り切れないだろう。
 中途半端に休んで減速してしまわない様、一気にヘアピンコーナーを駆け上がる。
 ギリギリ曲がり終える事は出来たが、息切れが収まらず腰を下ろしてしまった。
 スプリント後の気怠い感覚を引きずったまま、ゆっくりペダルを漕いで呼吸を整えようとする。

「猛士大丈夫? 頑張って走りましょ!」

 西野が元気な声で私を気遣ってくれるが、肝心の私は心が折れそうになっている。
 非常に苦しいヘアピンコーナーを抜けた後に、ひたすら真っすぐな斜面が広がっていたのだから。
 それでも、まだ諦めるには早いと思う。
 激坂一個超えただけで疲れて諦めたら、走りに付き合ってくれた西野に申し訳ないからだ。
 まぁ、その西野が原因なのだけど……諦めずに舗装状態が悪く、真っすぐに続く坂道をひたすら上り続ける。
 ケイデンス70rpm……ケイデンス70rpm……ひたすら呪文の様に唱え続ける。
 効率良いケイデンスを維持する為に考えているのではない。
 自分が得意なケイデンスを思い返す事で、折れそうな心の支えにしているのだ。
 辛い時は得意な事や、強い時の自分を思い返すに限る。
 速筋の力は未だ回復しきれていないが、呼吸が落ち着き、少しだけ持ち直した。

「まだ終わらないのか?」
「何言ってるの? まだ今日のメインディッシュまでたどり着いていないじゃない? 美味しいコースはこの先なんだから!」

 メインディッシュまでたどり着いていない? 美味しいコースはこの先?
 これ以上何が待ち受けているのだ?

「結構走ったのにまだ何かあるのか?」

 私が問いかけたら、西野が道路脇の看板を指差して言った。

「ほらっ、あの看板見てよ。あの気持ち悪い大腸みたいなのが今日のメインよ」

 西野が指さした看板には、蛇がうねった様なヘアピンカーブの連続が描かれていた。
 確かに大腸に見えるけど……これをヒルクライムが苦手な私に乗り越えろと言うのか?!
 全く甘くないではないか!!
 そういう事か……嬉しそうな西野を見ていて理解してしまった。
 クライマーが美味しいって言うコースは、ただの激坂なのだという事を……
 どうやら今日の私の苦難は、まだまだ終わらないらしい。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

天下

かい
青春
小学校から野球を始めた牧野坂道 少年野球はU-12日本代表 中学時代U-15日本代表 高校からもいくつもの推薦の話があったが… 全国制覇を目指す天才と努力を兼ね備えた1人の野球好きが高校野球の扉を開ける

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

混浴温泉宿にて

花村いずみ
青春
熟女好きのたかしが経験したおばさん3人との出会い

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜

桜井 恵里菜
青春
今から数年後。 少子高齢化対策として、 政府はハチャメチャな政策を打ち出した。 高校3年生に課せられた必須科目の課外活動 いわゆる『お試しデート』 進学率トップの高校に通う結衣は、 戸惑いながらも単位の為に仕方なく取り組む。 それがやがて、 純粋な恋に変わるとは思いもせずに… 2024年5月9日公開 必須科目の『お試しデート』 結衣のペアになったのは 学年トップの成績の工藤くん 真面目におつき合いを始めた二人だが いつしかお互いに惹かれ合い 励まし合って受験に挑む やがて『お試しデート』の期間が終わり… 𓈒 𓂃 𓈒𓏸 𓈒 ♡ 登場人物 ♡ 𓈒𓏸 𓈒 𓂃 𓈒 樋口 結衣 … 成績2位の高校3年生 工藤 賢 … 成績トップの高校3年生

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

努力の方向性

鈴ノ本 正秋
青春
小学校の卒業式。卒業生として壇上に立った少年、若林透真は「プロサッカー選手になる」と高らかに宣言した。そして、中学校のサッカー部で活躍し、プロのサッカーチームのユースにスカウトされることを考えていた。進学した公立の中学校であったが、前回大会で県ベスト8まで出ている強豪だ。そこで苦悩しながらも、成長していく物語。

処理中です...