ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~

大場里桜

文字の大きさ
上 下
10 / 101
2章 進化する中年レーサー

第10話 時間操作の秘術?!

しおりを挟む
 初めてのレースに参加した翌週の土曜日、東尾師匠の自宅に伺った。
 今日はクリテリウムのトレーニングをしてくれる約束だ。
 だけどロードバイクのトレーニングなのに、どうして練習場所が師匠の自宅なのだ?
 戸惑いながら師匠の自宅に向かった。
 出迎えてくれた師匠が車庫の方に案内してくれた。
 車庫のシャッターを開けると、車の隣の空いたスペースにロードバイクが置いてあった。
 普通と違うのは、後輪の代わりに謎の装置が取り付けられている事だ。

「これは何ですか?」
「スマートトレーナーだよ。ローラー台知らなかった? それなら説明するよ」

 謎の装置を指を差して問いかけた私に、師匠が詳しく教えたくれた。
 ローラー台とは室内でもトレーニング出来る装置で、ロードバイクの後輪に取り付けて負荷がかかる様に出来ている様になっているトレーニング用の装置だそうだ。
 中でもスマートトレーナーという上位機種は、パソコンやスマホと接続する事で負荷が自動的に変わるらしい。
 モニターにコースの映像が映り、実際に走行した時と同じ様な負荷がかかるのだ。
 自宅にいながらレースで有名なフランスの峠を走れるのは凄いな。

「猛士さんはパワーメーター使ってます?」
「パワーメーター?」

 パワーメーターか……サイコンを買った時についてきたのはスピードセンサー、ケイデンスセンサー、心拍計の3種類だけだったから持っていないな。

「うーん、それなら心拍計は持ってますか?」
「サイコン買った時にセットでついてたよ」
「それならこっちでやりますかね」

 師匠が別のシンプルな構造のローラー台を取り出し、私のロードバイクを素早く取り付けた。
 セットが終わりロードバイクに跨ってみたが違和感を感じる。
 違いは固定されているだけなのに体が落ち着かない。

「なんだかバイクのセッティングが変わった様な違和感を感じるのだけど」
「普段は実走中にバイクが振れるのを無意識にバランスを取ろうとしているから、ローラー台でバイクだけ固定されると違和感を感じる人は結構いるよ」

 なるほど、そういうものなのか。
 ローラー台特有の感覚に慣れる為に、静かにペダルを漕ぎ始めた。
 少し抵抗感が強いな、まるでヒルクライムをしているようだ。
 少しローラー台に慣れたところで、師匠が練習メニューの提案をしてくれた。

「色々メニューがあるけど今日はHITTをやりましょう。高強度のインターバルトレーニングです。メニューはクリテリウムを想定して30-30にします」
「30-30? 何をするのですか?」
「30秒全力で漕いで、30秒休憩するのを4セット行うトレーニングですよ」
「そうすると4分程度で終わる計算だけど、そんなに短くて大丈夫なのか?」
「俺もそんな風に思っていた時があったなぁ。大丈夫、猛士さんも時間操作の秘術を経験すれば認識が変わるさ」
「時間操作の秘術……一体何をするのだ? 30秒全力で漕いで、30秒休憩するだけなのだろう?」
「それが30秒が30秒じゃなくなるのさ。まずはウォーミングアップから始めようか?」

 また師匠のお得意の中二病発言が始まったか……そこは触れないでおくか。
 私がパワーメーターを持っていないので、今日のトレーニングは心拍数を基準に行う事になった。
 心拍数の基準は簡易計算で決めた。
 220から年齢を引いた数値を最大心拍数とする方法だ。
 私は年齢が40才だから最大心拍数は180bpm。
 ウォーミングアップは最大心拍数の70~80%で行うから130bpm前後を維持すれば良いのか。
 20分間走行してローラー台にも慣れて体も温まってきた。
 いよいよトレーニング開始だ。

「それじゃ始めようか。スタート!」

 師匠の合図と同時に全力でペダルを漕ぐ。
 最初の30秒は全力パートだから、心拍数が160bpm以上になる様に気合を入れる。
 全力で走る30秒って結構長いな。
 そして30秒の休憩パートに入る。
 軽くペダルを回しながら呼吸を整え次の全力パートに備える。

「2回目スタート!」

 師匠が2回目の全力パートの合図をする。
 体が重い! 30秒休んだはずなのに、1回目より明らかにパワーが出ていないな。
 時間が経つにつれて全身から力が抜けていくのを感じる。
 既に30秒以上走っているのでは?
 そう思いサイコンを見たところ、まだ20秒だった。
 後10秒もあるのか?!
 死力を尽くして何とか迎えた2回目の休憩。
 何とかこの休憩時間で回復しないと……

「3回目スタート!!」

 なんだって? まだ15秒くらいしか休憩してないだろ?
 師匠の意地悪か?
 師匠を疑って自分のサイコンを見ると本当に30秒過ぎていた。
 バカなっ!!
 意地になってペダルを漕ぐが、既にウォーミングアップ時よりパワーが出ていないのが分かる。
 心拍数だけが上がり続け、力が全く出ない。いつになったら終わるんだ……30秒が永遠に感じる。
 始める前は時間操作なんて大げさだと思っていたが、実際にやってみて実感した。
 全力の30秒が永遠の様に長くて、休憩の30秒が刹那の様に短い……本当に時間操作されている様な感覚だ……
 3回目の全力パートをダラダラと漕ぎ続けて、何とか3回目の休憩パートに入ったが、そこが私の限界だった。

「師匠……もう無理だ」
「それなら休憩しようか?」

 私はロードバイクを降りて、師匠が用意してくれた椅子に座りうなだれた。

「どうでした?」
「2回目でパワーダウンして、3回目は全く力が出なくなった。」
「それが今の猛士さんの実力ですよ。この前のレースで言えば、ヘアピンの立ち上がり2回が限界だから、2周しかもたないって事になるかな。実際のレースも2周しかもたなかったでしょ?」
「あぁ、リアルスタート3周目は時速30kmを維持する事すら辛かった」
「普通に走っているだけだとインターバル耐性つかないですからね。本格的にトレーニングするならローラー台の購入をオススメしますよ。ローラーじゃなきゃ出来ない練習メニューが沢山あるからね」
「折角、練習付き合ってくれたのにもうバテてしまってすまないな」
「それなら、バテていても出来る練習をしましょうか? 必殺技の練習ですよ」

 必殺技か……普通に聞いたら胡散臭いが師匠の事だ、きっと凄い技を教えてくれるのだろうなーー
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

児島君のこと

wawabubu
青春
私が担任しているクラスの児島君が最近来ない。家庭の事情があることは知っているが、一度、訪問してみよう。副担任の先生といっしょに行く決まりだったが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始
青春
中学生の陽向の前に、ある夜突然現れたのは、一匹のキジトラ猫。 「やっと開けたか」 窓を叩き、堂々と部屋に入り込んできたその猫は、「トラ老師」と名乗り、陽向にだけ言葉を話す不思議な存在だった。 「本を読め。人生がちょっとはマシになるかもしれんぞ」 そんな気まぐれな言葉に振り回されながらも、陽向は次第に読書の魅力に気づき始める。 ただの文字の羅列だったはずの本が、いつしか新しい世界の扉を開いていく。 けれど、物語のような劇的な変化は、現実には訪れないはずで──。 「現実の中にも、物語はある」 読書を通して広がる世界。 そして、陽向とトラ老師の奇妙な関係の行方とは。 これは、一人の少年と一匹の猫が織りなす、終わりのない物語の始まり。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...