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7.夢をみせて(2)
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もういいよね、とでも言わんばかりに涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
出産直後に聞いてしまった『――義務だから』という言葉。
『寝室が同じだというのが辛いが』と後から続いた言葉で察した。
彼は夫である義務として、同じ寝室で眠ってくれているのだと。
たまにある触れるだけのキスは彼なりの誠意なのだと。
なにも珍しい話ではない。嫁ぐ前にもその可能性の話はお姉様方から聞いていた。
でも心のどこかで自分たちは大丈夫だと、あの優しく愛のある眼差しは『猫族』でも『ヒト』でも変わらないと信じてしまっていた。
止まらない涙を両手で拭うと、妄想の中の彼の指がそろりと頬を撫でてきた。優しい手つきさえ今は心臓を軋ませてくれる。
「……俺の夢、じゃないのか?」
え? と彼の顔を見上げると、そこにあったのは余裕のかけらも無い、驚愕と切なさをぐちゃぐちゃに混ぜたような表情だった。
なぜ彼がそんな顔をしているのか分からなくて目をそらすにそらせない。
「夢でないのに、君に触れられるなんて……そんな……」
「私の夢、ですよね……? だって、旦那様が触れてくれるはず……っ」
ハッとしたグレッグ様は自身の上衣のポケットに入っていたメモのようなものを取り出して、それから大きなため息をついた。
「……そういうことか」
なにがそういうことなのか。全く状況のつかめない私をよそに旦那様は私を逃がさないとばかりに強く抱きしめる。
「――なっ、なにするんですかっ、私は怒って……!」
「メアリー。君が怒るのは当然だ。本当にすまなかった」
うっ、と言葉に詰まってしまう。確かに怒ってはいるけれど、夢の中で謝罪されたかったわけじゃない。
静かに募る緩やかな絶望に肩の力が抜けて首を振る。逃げないと分かった旦那様の腕が少しだけ緩められて頬を撫でられ視線が重なるよう促される。残酷なほど綺麗な、蜜色。
すうっ、と彼が浅く息を吸って、なにか重大なことを告げるような雰囲気が漂う。
「メアリー、落ち着いて聞いてほしい」
「……はい」
どうせ夢だし、このまま寝室を別にしたいとか……離縁とか言われても……いやだけど、最悪の予行練習だと思って耐えようと身構える。
「これはメアリーの夢でも、俺の夢でもない。現実なんだ」
「……はい……え?」
旦那様は一枚の紙を差し出した。先ほど上衣から取り出していたものだ。
高度な呪文――魔法は専門ではないし詳しくは無いけれど夢に関する呪文と言うことはなんとなく分かる。
そして紙の端に指先ほどの大きさで隠すように魔法陣が描かれていた。
「デリック……今回の仕事で一緒だった魔導師に色々相談していて……その、妻の夢が見られる魔法をかけられたんだ。夢の中でくらい本音で話してこいってね」
彼は頭をわしゃわしゃと掻いて、はあっと大きく息をつく。
デリック……彼は天才魔導師であり旦那様の親友だ。そして、3年前に旦那様が本音を零していた相手。
「夢だって分かっていても……情けないんだけど我慢できなくて。いや、夢だって思ってたからかな。いつもならできるだけ見ないようにしてる寝顔を見たらもう……。まさか夢の魔法はフェイクで、家の寝室に転移しただけだったなんて」
「ぇっ……あの、現実って、あ、ではあの下着姿は……!」
そうだ。私はこの見たこともないふわふわしたレースの下着姿になっていた。
「あれは……たぶん、これ……です」
彼が呪文を指さして「欲望のままの姿で出会う」と読み上げた。
つまり、彼が私に着てほしいと願ったから……そうなった、ということになる。
妄想でも夢でもなく、目の前にいるのは互いに現実。
彼の親友が仕組んだ夢に見せかけた現実の互いに会話しろ! というフェイク。
出産直後に聞いてしまった『――義務だから』という言葉。
『寝室が同じだというのが辛いが』と後から続いた言葉で察した。
彼は夫である義務として、同じ寝室で眠ってくれているのだと。
たまにある触れるだけのキスは彼なりの誠意なのだと。
なにも珍しい話ではない。嫁ぐ前にもその可能性の話はお姉様方から聞いていた。
でも心のどこかで自分たちは大丈夫だと、あの優しく愛のある眼差しは『猫族』でも『ヒト』でも変わらないと信じてしまっていた。
止まらない涙を両手で拭うと、妄想の中の彼の指がそろりと頬を撫でてきた。優しい手つきさえ今は心臓を軋ませてくれる。
「……俺の夢、じゃないのか?」
え? と彼の顔を見上げると、そこにあったのは余裕のかけらも無い、驚愕と切なさをぐちゃぐちゃに混ぜたような表情だった。
なぜ彼がそんな顔をしているのか分からなくて目をそらすにそらせない。
「夢でないのに、君に触れられるなんて……そんな……」
「私の夢、ですよね……? だって、旦那様が触れてくれるはず……っ」
ハッとしたグレッグ様は自身の上衣のポケットに入っていたメモのようなものを取り出して、それから大きなため息をついた。
「……そういうことか」
なにがそういうことなのか。全く状況のつかめない私をよそに旦那様は私を逃がさないとばかりに強く抱きしめる。
「――なっ、なにするんですかっ、私は怒って……!」
「メアリー。君が怒るのは当然だ。本当にすまなかった」
うっ、と言葉に詰まってしまう。確かに怒ってはいるけれど、夢の中で謝罪されたかったわけじゃない。
静かに募る緩やかな絶望に肩の力が抜けて首を振る。逃げないと分かった旦那様の腕が少しだけ緩められて頬を撫でられ視線が重なるよう促される。残酷なほど綺麗な、蜜色。
すうっ、と彼が浅く息を吸って、なにか重大なことを告げるような雰囲気が漂う。
「メアリー、落ち着いて聞いてほしい」
「……はい」
どうせ夢だし、このまま寝室を別にしたいとか……離縁とか言われても……いやだけど、最悪の予行練習だと思って耐えようと身構える。
「これはメアリーの夢でも、俺の夢でもない。現実なんだ」
「……はい……え?」
旦那様は一枚の紙を差し出した。先ほど上衣から取り出していたものだ。
高度な呪文――魔法は専門ではないし詳しくは無いけれど夢に関する呪文と言うことはなんとなく分かる。
そして紙の端に指先ほどの大きさで隠すように魔法陣が描かれていた。
「デリック……今回の仕事で一緒だった魔導師に色々相談していて……その、妻の夢が見られる魔法をかけられたんだ。夢の中でくらい本音で話してこいってね」
彼は頭をわしゃわしゃと掻いて、はあっと大きく息をつく。
デリック……彼は天才魔導師であり旦那様の親友だ。そして、3年前に旦那様が本音を零していた相手。
「夢だって分かっていても……情けないんだけど我慢できなくて。いや、夢だって思ってたからかな。いつもならできるだけ見ないようにしてる寝顔を見たらもう……。まさか夢の魔法はフェイクで、家の寝室に転移しただけだったなんて」
「ぇっ……あの、現実って、あ、ではあの下着姿は……!」
そうだ。私はこの見たこともないふわふわしたレースの下着姿になっていた。
「あれは……たぶん、これ……です」
彼が呪文を指さして「欲望のままの姿で出会う」と読み上げた。
つまり、彼が私に着てほしいと願ったから……そうなった、ということになる。
妄想でも夢でもなく、目の前にいるのは互いに現実。
彼の親友が仕組んだ夢に見せかけた現実の互いに会話しろ! というフェイク。
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