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27.「謹んでお断りさせていただきます」
しおりを挟む病で伏せている国王を興奮させるようなことをしてしまったニーナは王太子がそばにいてくれたお陰で控えていた王妃付きの従者たちからお咎めを受けることを避けられた。また、ミカエルも王妃から逃げる口実ができたと笑う。
午後の日差しが城の長い廊下で揺れている。
ニーナはミカエルの少し後ろを、ほんの少し警戒したまま歩く。
そんな警戒心丸出しのニーナを面白がるようにミカエルは足を止めて振り返った。
「ねえ、ニーナちゃん。王族の手がついたものは安泰って話、ロルフから聞いてない?」
突拍子もない話題にニーナは一瞬戸惑う。
「お聞きしてます……が、なぜそう言われているのかは……一見分からないですし」
「そう。分からないんだよ。でも竜族には分かる。竜族が抱いた猫族は、空を飛べるようになるから。その魔力はかなり特別なものになるんだ。僕にだって、今のニーナちゃんを包む魔力が特別なものだって分かるよ」
思わず自分の身体を見てしまった。今まで魔力が目に見えたことなんてないから、今だってなにもみえないが、王太子の視線から察するに確かに今までとは異なる魔力に包まれているらしい。そう思うと不思議だが、少しだけわくわくしてしまう。
王太子は視線でニーナの背後を確認すると、綺麗な笑顔を浮かべたまま舌打ちをした。
「……見張られてるねえ。あの人の犬かな。ニーナちゃん、こっち」
「わっ」
突然腕を引かれて連れ出されたのは、城の裏庭だった。
広くはないけれど、まるで植物園のように所狭しと実をつけた木や花が並んでいる。
しかもそのどれもが、ニーナの目には珍しいものばかりだ。
「ここはオレンジやミントがなっているから王妃はこない……って聞いてないね」
ニーナはいつか植物園に迷い込んだときと同じようにぴょんぴょんと跳び回って、思わず鼻をひくひくと動かして香りを分析してしまう。
(あの花は神々の森に咲いていたものに似ているわ。あっ、あれはオレンジ……鼻を近づけなくてもしっかりとフレッシュさが伝わってくる……うーん、これはミントかな)
箱庭に夢中になるニーナを王太子はくつくつと笑う。
「いーでしょ。これね、表向きには僕が管理してることになってるんだけど、本当はロルフのものなんだ。アイツが子供の頃に初恋の子ができて、その子ならきっとこの箱庭の香りにつられてやってくる……みたいなこと言ってさ」
王太子の語る幼いロルフと、この箱庭の意味を知ってニーナはどういう顔をすればいいのか分からず目を逸らした。ロルフの初恋を知る前だったら、思い出に嫉妬して傷ついていたかもしれない。けれど、ロルフの初恋相手が自分だと知ってしまった今、その想いが嬉しくてたまらない。
けれど、舞い上がる気持ちを王太子に悟られるのは不本意だ。第一、王太子が弟であるロルフの味方だとは言い切れない。そうなると出来るだけ今の状況は知られない方がいい。
ニーナは手をぱんっと叩いて話を変える。
「そういえばっ! 私は特別な魔力で空が飛べるのですよね? えいっ、あれ……こうかな……」
先程王太子が言っていた通り、特別な力が宿って空を飛べるのだろうとその場で上下に飛び跳ねてみる。魔力量に関わらず魔力で物を浮かせることはできても、自分自身を浮かせることはできない。そして今も、変わらず宙に浮けるのは一瞬だけだ。
あれ? と首を傾げると、吹き出した王太子が腹を抱えて笑った。
「ふはっ! 今ここで飛べるわけじゃないよ。竜族は竜化すれば空を飛べるだろ? でも、赤い満月の日はさらに特別だ。大きな力が竜に宿って、加護を受けた猫と共有する。そのとき猫は竜と共に空を飛ぶんだ。そして魔力が高まったとき、国ひとつ簡単に造れるほどの聖力が生まれるとか。だから加護をうけた猫は国の宝になる。まあ、そんなことを出来たのは150年前の曾祖父さんくらいらしいけどね」
国土が拡大した時期も確かその辺りだったと王太子は語る。
それを聞いたニーナはぽかんと口を開けてしまった。あまりに現実味のない話だったから。
国をどうこうできるだけの大きな力が存在するなんて、いくら竜族が神聖な存在であったとしても伝説のなかだけに存在するおとぎ話にすぎないと思っていたからだ。
でも、実際この城に来てから知ったことはニーナにとって未知なことばかりだった。
「まあ、ロルフは竜化できないし関係ないね。ねえ、ニーナちゃん。僕と空のデートでもする?」
「謹んでお断りさせていただきます」
「即答かあ。僕が君の運命の人かもって言っても? 神々の森で一緒に遊んだこと、忘れちゃったの?」
神々の森、その言葉にニーナの顔が強ばった。なぜ子供の頃ニーナが神々の森で遊んでいた事実を知るはずがない王太子が知っているのか。
「相手のこと、もしかして銀髪だったとか思っている? でもそれって本当にそうなのかな、今そう思い込みたいだけじゃない?」
「なんの話をされているのか分かりません」
ニーナはそう言い切るだけで精一杯だった。自分の気持ちも、神々の森から返された記憶も嘘じゃない。そのはずだ。
ミカエルはニーナに視線を合わせると無理矢理手になにかを握らせた。
「ニーナちゃん。僕が君の運命だよ」
そんなはずない。私の運命は彼だけ。ロルフ様だけ。
そう願うようになにかを握らされた手を開く。
そこには香り玉が入っていた。キラキラと水色に輝くそれからは爽やかな海のような香りが漂う。美しいけれど、確かに使い古されていて年月が経っているのは一目で分かる。
一瞬、頭が真っ白になった。けれどそれはほんの一瞬だ。
煽るように、ぶわっと大きな風が吹く。この風をニーナは知っているような気がした。ロルフが森で竜化したときと同じだったからだ。
「ねえ、ニーナちゃん。空のデート、いってくれる?」
そう風のなかに言い残して、目の前には竜が現れた。金色の美しい竜だ。
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