上 下
27 / 39

27.「謹んでお断りさせていただきます」

しおりを挟む


 病で伏せている国王を興奮させるようなことをしてしまったニーナは王太子がそばにいてくれたお陰で控えていた王妃付きの従者たちからお咎めを受けることを避けられた。また、ミカエルも王妃から逃げる口実ができたと笑う。

 午後の日差しが城の長い廊下で揺れている。
 ニーナはミカエルの少し後ろを、ほんの少し警戒したまま歩く。
 そんな警戒心丸出しのニーナを面白がるようにミカエルは足を止めて振り返った。

「ねえ、ニーナちゃん。王族の手がついたものは安泰って話、ロルフから聞いてない?」

 突拍子もない話題にニーナは一瞬戸惑う。

「お聞きしてます……が、なぜそう言われているのかは……一見分からないですし」
「そう。分からないんだよ。でも竜族には分かる。竜族が抱いた猫族は、空を飛べるようになるから。その魔力はかなり特別なものになるんだ。僕にだって、今のニーナちゃんを包む魔力が特別なものだって分かるよ」

 思わず自分の身体を見てしまった。今まで魔力が目に見えたことなんてないから、今だってなにもみえないが、王太子の視線から察するに確かに今までとは異なる魔力に包まれているらしい。そう思うと不思議だが、少しだけわくわくしてしまう。
 王太子は視線でニーナの背後を確認すると、綺麗な笑顔を浮かべたまま舌打ちをした。

「……見張られてるねえ。あの人の犬かな。ニーナちゃん、こっち」
「わっ」

 突然腕を引かれて連れ出されたのは、城の裏庭だった。
 広くはないけれど、まるで植物園のように所狭しと実をつけた木や花が並んでいる。
 しかもそのどれもが、ニーナの目には珍しいものばかりだ。

「ここはオレンジやミントがなっているから王妃はこない……って聞いてないね」

 ニーナはいつか植物園に迷い込んだときと同じようにぴょんぴょんと跳び回って、思わず鼻をひくひくと動かして香りを分析してしまう。

(あの花は神々の森に咲いていたものに似ているわ。あっ、あれはオレンジ……鼻を近づけなくてもしっかりとフレッシュさが伝わってくる……うーん、これはミントかな)

 箱庭に夢中になるニーナを王太子はくつくつと笑う。

「いーでしょ。これね、表向きには僕が管理してることになってるんだけど、本当はロルフのものなんだ。アイツが子供の頃に初恋の子ができて、その子ならきっとこの箱庭の香りにつられてやってくる……みたいなこと言ってさ」

 王太子の語る幼いロルフと、この箱庭の意味を知ってニーナはどういう顔をすればいいのか分からず目を逸らした。ロルフの初恋を知る前だったら、思い出に嫉妬して傷ついていたかもしれない。けれど、ロルフの初恋相手が自分だと知ってしまった今、その想いが嬉しくてたまらない。

 けれど、舞い上がる気持ちを王太子に悟られるのは不本意だ。第一、王太子が弟であるロルフの味方だとは言い切れない。そうなると出来るだけ今の状況は知られない方がいい。
 ニーナは手をぱんっと叩いて話を変える。

「そういえばっ! 私は特別な魔力で空が飛べるのですよね? えいっ、あれ……こうかな……」

 先程王太子が言っていた通り、特別な力が宿って空を飛べるのだろうとその場で上下に飛び跳ねてみる。魔力量に関わらず魔力で物を浮かせることはできても、自分自身を浮かせることはできない。そして今も、変わらず宙に浮けるのは一瞬だけだ。
 あれ? と首を傾げると、吹き出した王太子が腹を抱えて笑った。

「ふはっ! 今ここで飛べるわけじゃないよ。竜族は竜化すれば空を飛べるだろ? でも、赤い満月の日はさらに特別だ。大きな力が竜に宿って、加護を受けた猫と共有する。そのとき猫は竜と共に空を飛ぶんだ。そして魔力が高まったとき、国ひとつ簡単に造れるほどの聖力が生まれるとか。だから加護をうけた猫は国の宝になる。まあ、そんなことを出来たのは150年前の曾祖父さんくらいらしいけどね」

 国土が拡大した時期も確かその辺りだったと王太子は語る。
 それを聞いたニーナはぽかんと口を開けてしまった。あまりに現実味のない話だったから。
 国をどうこうできるだけの大きな力が存在するなんて、いくら竜族が神聖な存在であったとしても伝説のなかだけに存在するおとぎ話にすぎないと思っていたからだ。
 でも、実際この城に来てから知ったことはニーナにとって未知なことばかりだった。

「まあ、ロルフは竜化できないし関係ないね。ねえ、ニーナちゃん。僕と空のデートでもする?」
「謹んでお断りさせていただきます」
「即答かあ。僕が君の運命の人かもって言っても? 神々の森で一緒に遊んだこと、忘れちゃったの?」

 神々の森、その言葉にニーナの顔が強ばった。なぜ子供の頃ニーナが神々の森で遊んでいた事実を知るはずがない王太子が知っているのか。

「相手のこと、もしかして銀髪だったとか思っている? でもそれって本当にそうなのかな、今そう思い込みたいだけじゃない?」
「なんの話をされているのか分かりません」

 ニーナはそう言い切るだけで精一杯だった。自分の気持ちも、神々の森から返された記憶も嘘じゃない。そのはずだ。
 ミカエルはニーナに視線を合わせると無理矢理手になにかを握らせた。

「ニーナちゃん。僕が君の運命だよ」

 そんなはずない。私の運命は彼だけ。ロルフ様だけ。
 そう願うようになにかを握らされた手を開く。
 そこには香り玉が入っていた。キラキラと水色に輝くそれからは爽やかな海のような香りが漂う。美しいけれど、確かに使い古されていて年月が経っているのは一目で分かる。
 一瞬、頭が真っ白になった。けれどそれはほんの一瞬だ。

 煽るように、ぶわっと大きな風が吹く。この風をニーナは知っているような気がした。ロルフが森で竜化したときと同じだったからだ。

「ねえ、ニーナちゃん。空のデート、いってくれる?」

 そう風のなかに言い残して、目の前には竜が現れた。金色の美しい竜だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました

Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。 そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて―― イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

従者♂といかがわしいことをしていたもふもふ獣人辺境伯の夫に離縁を申し出たら何故か溺愛されました

甘酒
恋愛
中流貴族の令嬢であるイズ・ベルラインは、行き遅れであることにコンプレックスを抱いていたが、運良く辺境伯のラーファ・ダルク・エストとの婚姻が決まる。 互いにほぼ面識のない状態での結婚だったが、ラーファはイヌ科の獣人で、犬耳とふわふわの巻き尻尾にイズは魅了される。 しかし、イズは初夜でラーファの機嫌を損ねてしまい、それ以降ずっと夜の営みがない日々を過ごす。 辺境伯の夫人となり、可愛らしいもふもふを眺めていられるだけでも充分だ、とイズは自分に言い聞かせるが、ある日衝撃的な現場を目撃してしまい……。 生真面目なもふもふイヌ科獣人辺境伯×もふもふ大好き令嬢のすれ違い溺愛ラブストーリーです。 ※こんなタイトルですがBL要素はありません。 ※性的描写を含む部分には★が付きます。

オオカミの旦那様、もう一度抱いていただけませんか

梅乃なごみ
恋愛
犬族(オオカミ)の第二王子・グレッグと結婚し3年。 猫族のメアリーは可愛い息子を出産した際に獣人から《ヒト》となった。 耳と尻尾以外がなくなって以来、夫はメアリーに触れず、結婚前と同様キス止まりに。 募った想いを胸にひとりでシていたメアリーの元に現れたのは、遠征中で帰ってくるはずのない夫で……!? 《婚前レスの王子に真実の姿をさらけ出す薬を飲ませたら――オオカミだったんですか?》の番外編です。 この話単体でも読めます。 ひたすららぶらぶいちゃいちゃえっちする話。9割えっちしてます。 全8話の完結投稿です。

絶対、離婚してみせます!! 皇子に利用される日々は終わりなんですからね

迷い人
恋愛
命を助けてもらう事と引き換えに、皇家に嫁ぐ事を約束されたラシーヌ公爵令嬢ラケシスは、10歳を迎えた年に5歳年上の第五皇子サリオンに嫁いだ。 愛されていると疑う事無く8年が過ぎた頃、夫の本心を知ることとなったが、ラケシスから離縁を申し出る事が出来ないのが現実。 悩むラケシスを横目に、サリオンは愛妾を向かえる準備をしていた。 「ダグラス兄様、助けて、助けて助けて助けて」 兄妹のように育った幼馴染であり、命の恩人である第四皇子にラケシスは助けを求めれば、ようやく愛しい子が自分の手の中に戻ってくるのだと、ダグラスは動き出す。

処理中です...