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14.「僕も欲しいなぁ」
しおりを挟む迷子になった。
王城は広過ぎる。それに、勢いで飛び出してきたもののロルフの部屋がどこなのか、そもそも公務と言っていたし、城内にいるのかすらも分からない。
長い廊下をうろうろしていると前方からやってきた人物に声をかけられた。
「あれ。キミは確か……」
金糸のような髪に透き通るような青い瞳。
遠目でも分かる。王太子・ミカエルだ。
従者を引き連れ、颯爽と距離を詰められる。
ニーナは慌てて頭をさげ、ドレスの裾を持ち丁寧に挨拶をした。
「こ、これは王国の太陽、ミカエル様っ」
「あー。そういう堅苦しいのいいからさ。えっと……」
「ニーナ・クーリッヒと申します。昨日から……ロルフ様にお世話になっております」
「ああ。そうそうニーナちゃん。キミがロルフの愛人かぁ」
愛人。そう言われて思わずどきりとした。
やはり試験で不合格になった調香師志望の者がこうして城内にいればそう説明するのが早いのだろうが一体どういう顔をしていればいいのか分からない。
目を伏せていると、突然顎に指をかけられ視線をあげられる。
「ミ、ミカエル様……?」
品定めをするようにじっと青い瞳がニーナを覗き込む。逸らしたくても息がかかるような距離で詰められてしまっては逸らせない。それに、身長差もあるため、首は完全に上を向かされている。
至近距離で見るミカエルの容姿はロルフとはあまり似ていないものの、とても美しいと思う。いつかの女性たちがうっとりとしていたのを思い出す。
銀髪のロルフと金髪のミカエル。瞳の色も、ロルフは深海のようだが、ミカエルは例えるなら晴天だ。華やかで輝かしい。だからこそ親しみやすさがあるのかもしれない。けれど、ニーナは、この男をどこか恐ろしいと感じていた。
青い瞳がにんまりと細められる。
「ふうん。ロルフもいい趣味してるね」
――なんだろう。やっぱりなんか……怖い。
「あ、あの……私ロルフ様のところに……」
声が震えないようになんとか言い切った。
早くこの場から去ってしまいたい。
王太子はニーナの口からロルフの名が出たとことにああ、と鼻で笑う。
「馬鹿だよねえ、ロルフのやつ。なにをやっても極悪王子って呼ばれるのにさあ。真面目過ぎて面白くない」
溜め息にも呆れにもとれる口調で王太子は笑った。細められたままの瞳だけが全く笑っていない。背中がぞくりとして、呼吸が浅くなる。
「あ、あの……もう、離し……っ」
顎を掴む手を振りほどくと、王太子はニーナの握っていた香水瓶に気が付き空いた手でそれを取り上げてしまう。
「そ、それは、返してくださいっ!」
「ん? ああ、これが君の作った香水? なにアイツ、愛人に香水まで作らせてるの?」
ニーナは香水を取り返そうと必死に手を伸ばすも、身長差から届かずまるで大人にあしらわれる子供のようだ。
先程から見ているだけの従者たちは当然王太子の味方で、ニーナに手を貸してくれる様子はない。
「まあまあ、ニーナちゃん。許してやってよ。赤い満月の日も近いからね。アイツも苦しいんだろうからさ」
「なんの話しですか……っ、いいから返して……っ!」
伸ばした手を掴まれて、引き寄せられた。
王太子の瞳がぎらりと光る。意味が分からないニーナは突然の行動に静止する。
「何の話って、まさかニーナちゃんなにも聞かされてないの? すごいな。それでロルフのために香水を? ああ、すごくいいよ。いいなぁ」
笑顔は相変わらず美しいのに、興奮気味の口調がさらにニーナを恐怖に追い詰める。
強く掴まれた腕もミカエルの指がくい込んで痛い。乱暴にされるといつ殴られるのかと体が反射敵に強ばった。
一体何の話をしているのか。
「僕も欲しいなぁ」
王太子が掴んだ腕を引き上げるとニーナのつま先は容易く床から離れそうになる。また顎に指をかけられると、目の前に王太子の顔が近づいてきた。
「――嫌っ!」
不安や恥ずかしさ、ロルフに触れられる時はそれでいっぱいだった。でも今は恐怖や、嫌悪感しかなくて、これ以上触れられることに耐えきれなかった。ロルフの不器用な笑みが浮かぶ。
「なっ!」
ぽんっと弾けるような音を出して、ニーナは勢いよくその場から走り去った。
服も、香水も、すべてをその場に置き去りにして。栗色の毛並みを揺らしてただ遠くへと走り続けた。
「成人の猫族が自ら猫化するなんて……本当に面白いなぁ」
ひとり、廊下に残された王太子はくつくつと肩を揺らす。
床に散らばったドレスと香水を拾い上げると広がる太陽の香りに王太子は目を伏せた。
「アイツだけ、ずるいなぁ」
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