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幸せにしたい人(9)
しおりを挟む全身のだるさが人生最高を突き抜けた朝、エルバートはなぜか爽やかな笑みでせっせとソフィーの世話を焼いていた。
(デジャブね……)
「ソフィーに僕がつけた痛みを消すのはなんだか寂しい……いや、ソフィーが辛い方が耐えられない!」やらなんやらソフィーが声をかける隙も与えず散々頭を抱えていたエルバートが魔法で疲労感や腰に響いていた鈍痛を消滅させてくれた。
ただでさえ気絶に近いうたた寝から目覚めた後、あれだけ汗をかいていたとは思えないほど肌がすっきりとしていた。
おそらくソフィーが眠っている間に拭いてくれたのだろう。それも起こさないように。
ここまでしてくれなくても、とどこか申し訳なさが拭えない。
自分ばかりがしてもらっている。なにも返せないでいる。……返せるようなものも思いつかないけれど。
彼は自身の血を後継させていくために《人間》の妻がほしいのだろうけれど、ソフィーはその条件をのむことはできない。
彼に感情を動かすことなく、祖国の結界を修復してもらい元の生活へと戻る。それが目的だからだ。
けれど、身体がすっきりとしているせいか、心まで軽くなったのではと思うほど頭が冷静になる。そこで一つの疑問がわいた。
なぜ、彼と結ばれることを頑なに拒んでいるのだろう?
エルバートはどんな理由があるにしろ、ソフィーを好きだと言ってくれているし、なにより契約の結果がどうれあれ王国の結界の問題は解決してもらえる。気がかりだったシンデレラもいまでは王太子妃となり無事地上に戻れば幸せが約束されている。
めでたし、めでたし、というやつだ。
それなら……意地悪な姉はどこかへ行方をくらましてしまいました、の番外編がついていてもいいのではないだろうか。
諦めたはずの未来にほんの少し邪な希望を持ってしまう。
けれど、ここでなぜかドッと冷や汗に近いものが背中を流れた。
(この感覚を……知っている)
シンデレラが幸せになるための布石以外の行動をしたときに感じた恐ろしいほどの不安感。なにかに咎められているような恐怖。
これは、望んではいけない未来。まだ、自分には脇役としての役割が残っていると本能が告げている。
ああ、そうだシンデレラ。あの子はもう起きているのかしら。
ベッドから立ち上がったソフィーは、そのままエルバートに手を引かれ、鏡の前でくるくる踊ることになる。
「エルバート様、あの……」
さすがに夜着で寝室を出て彷徨くつもりはない。けれど、これは……。
「ああもう、どれもソフィーに似合うから迷っちゃうなあ」
普段なら絶妙のタイミングで侍女がノックしてくれてそのまま着替えへと移るはずが今はエルバートにコロコロと魔法で着替えさせられている。
普段から気に入って着ているグリーンのシンプルなドレスから始まり、ふんわりとした深海のようなもの、膝が隠れてる程度の長さのワンピースとエルバートが指を鳴らす度に早着替えだ。
「どれもソフィーのために作らせたから」とにこにこ笑顔を向けられれば黙って大人しくしているしかない。
エルバートが魔法で作り出した幻想のようなものだと勝手に想像していたけれど、どれも皇室専属のお針子が大急ぎで作ってくれたものらしくその美しさに目が回りそうになる。
その中で、深海とも空ともとれるような色のドレスにエルバートが息をのむ。
「……すごく綺麗だ」
ソフィー自身も鏡に映るその姿に思わず目を見張った。
今まで見てきたふんわりとした可愛らしいデザインとは異なり、ぴったりと身体のラインに沿って流れるデザインは太股のあたりまで深いスリットがはいっている。艶のある生地は月明かりで細やかなラメのように煌めき、スカートの裾が少しだけ広がっているのも相まって漠然と人魚を連想させられた。
「すごく素敵なドレスですね……私にはとても」
そう、ドレスは綺麗だ。これほどまでに美しいものが自分に似合うとは到底思えず思わず視線を逸らすとエルバートが前方に回り込み胸元になにかを着けた。
「昨日はあんなに誘惑するような表情してくれたのに。間違いなくソフィーのためのドレスだよ」
ほら、もう一度よく見て、と甘やかな声で鏡に視線を促される。
胸元には夜着のポケットの奥深くにしまい込んだはずのガラスのブローチ。不安げで不機嫌そうな顔に不釣り合いなドレスが際立ってるようにしか見えないけれど、彼がそう言ってくれただけでなぜか少しだけマシに見えてしまうのだからどうかしている。
「……意思悪ですね」
「そう? さて、そろそろ朝食にしようか。きっとあのお姫様も待ち焦がれているだろうし」
彼の手が自然と肩にまわり、あの子が待つという庭園へと向かった。
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