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幸せにしたい人(1)

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「一月半ほど前よ。男爵との縁談は母も渋っていたからなくなったと思うわ」

 シンデレラとの婚約が発表された途端、王太子妃の姉として相次いだ縁談の中で一番の候補に挙がっていたのが男爵だ。
 けれど、彼は相場の倍の持参金を要求していたらしく自身の再婚を控えていた母は不満そうな様子だった。
 男爵の年齢がソフィーの祖父と紹介されてもおかしくないことや、愛人を連れて夜会に参加していた過去が多数あるという事実はどうでもいいようだった。ソフィー自身もシンデレラに目が届く範囲で静かに暮らせていけるのであれば全く構わないと思っていたのだ。

 縁談については納得したような表情を見せた義妹は、やはりどうしてこの国にいるのかが気になるらしくソフィーの言葉を待つ。
 先ほどまでの会話から察するにシンデレラはこの帝国の存在はもちろん、ここが天空だということも理解していないようだった。
 ただ、不思議な国、海の向こうのどこかにある国、程度の認識のようだ。
 ソフィーからも詳しく説明するつもりは元々ない。説明できる気もしない。だから都合がいい。

「詳しくは話せないけれど、ある方と約束したのよ。私が幸せになるにはこれしかなかったの」
「ある方って? 魔法使い様? あっ、もしかしてさっきの陛下って呼ばれていた……」

 あの現場を直接見ていたのだからこれは誤魔化せない。

「ええ」
「でもどうしてお義姉様なの?」
「……偶然よ」

 彼は皇帝の義務として人間との間に子をもうけて血を混ぜる必要がある。
 偶然か必然かソフィーには分からないがシンデレラに魔法をかけるために地上へ現れたエルバートがその義姉であるソフィーと契約を交わした。それは偶然だろう、と自分に言い聞かせると納得できてしまう。

(……契約を……ルールを忘れてはならないわ)

 ――ひとつ、毎日の添い寝。
 ――ふたつ、キスは彼がしたいときに。
 ――みっつ、私から求めるまで子作りはしない。

 一月半もの間、これらの条件はしっかりと守られている。
 全身にキスをされることもあるし、自分ですらまじまじと見たことのない身体の奥の方を見られることもあるが下着の上からだ。それに、あれで子供が出来るわけがないというもの冷静になってみれば理解できるため子作りではない。

 つまり、契約上問題のない触れ合いとはいえ、肌を重ねる真似事で情が沸いてしまったのかもしれない。
 ソフィーとエルバートの互いの気持ちが同等になってしまえば、地上に帰ることは出来ず、彼と結婚することになってしまう。
 けれど、あの行為を拒むのはそれこそ契約違反になるだろう。
 どうすればいいのか、不意に気づかされてしまった自分の気持ちに焦りが募る。

「――お義姉様?」

 黙り込んだ義姉に不安げな表情を浮かべるシンデレラの前にソフィーは泡風呂からザバッと立ち上がった。

「のぼせるわ。もう出ましょう」

 いつもなら眠る直前まで夜着にすら漬けていた菫色のブローチをポケットにしまったソフィーは、必死に後を追ってくるヒロインを置いて先に自室へと戻る。
シンデレラには別棟に客室を用意したためそちらへ案内するという使用人を振り切って強引に一緒にソフィーの部屋へ戻り、義妹は再度ソファーに義姉を引き留めた。
 どうやら今夜すぐに彼女が地上へ戻ることはないらしい。

「お義姉様が話したくないことがあるってことは分かったわ。じゃぁその……ほかの話ならいい?」
「……なに?」
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