上 下
29 / 51

悪役を愛するのは(6)※

しおりを挟む
「エルバート様、地上にいるシンデレラに購入品を贈ることは可能ですか?」

 現在、国でソフィーは行方不明扱いだろう。期待はしていなかったが、エルバートはあっさりと頷いてくれた。

「ややこしくなるからソフィーの名前は伏せることになっちゃうけどそれでもいい?」
「構いません。食べ物でもいいですか?」
「いいよ。好きなの選んで。あとで使いの者に送らせるから」

 先程の羞恥心を義妹への想いで上書きしたソフィーは、数件の洋菓子店を回り、両腕いっぱいの菓子を抱えた。

「服のせいかこうしていると本当に町娘みたいだね」

 ソフィーの腕から荷物を持ち替えたエルバートが、空いた手で黒髪を撫でてから再度手を繋いだ。
 甘い雰囲気が漂って先程のことをつい意識しそうになる。落ち着きたいのに落ち着かない。
 そわそわと辺りを見渡していると、ピリッと身体が反応するようにある人物に視線が止まった。
 ソフィーは思わず、その名が口から零れていた。

「ポール……」

 その声に反応したのは百歳超えの侍従ではなく、隣でソフィーの手を握っていたエルバートだった。
 人混みに紛れていくポールの後ろ姿は先日見た子どもの姿とは違う。面影はあれど大人の紳士に見える。
 先日あなたのせいでひどい目にあったのです、と一言文句を言ってやりたいと思ったソフィーがその足を進めようとすると、反対方向に強く手を引かれた。

「きゃ……っ」

 細い路地に引き込まれ、ソフィーを外壁とエルバートの隙間に押し込める。
 繋いだ手はそのまま壁に拘束され、エルバートの膝がソフィーの脚を割って入り全く身動きが取れなくなってしまう。

「あんな遠目でもポールだって分かるんだ」

 耳元で囁かれ、項がひやりと冷たくなる。彼から怒気を孕んだ声を向けられたのは初めてだ。
 奪うように塞がれた唇にも抵抗できず、ただ受け入れる。
 激しい口づけに生理的な涙が滲む目では彼がどんな表情をしているか分からない。

「あ……その……んンっ!」
「ほら、せっかく買ったお菓子落ちちゃうよ。ちゃんと持って」

 片手は壁に縫い付けられ、空いた手に戻された荷物を潰さないよう抱きかかえる。
 すると開放されたエルバートの手は当然のようにソフィーの形の良い耳に指を這わせた。

「ッ、んっ、ぅ……っ!」

 耳の外側を爪先で引っかかれたり、触れるか触れないかの距離で時折内側へ入り込む指にソフィーは華奢な身体を震わせる。

「あいつにエロいこと教わったから気になるの?」
「んっ、ん……」

 必死に首を振り否定するも、その顎を捕まれまた口づけられる。

「デート中に他の男の名前呼ぶなんてさ、いくら僕でも傷付くんだけど」

 当然だ。ソフィーだって、エルバートがもし今日、他の女性の名前を呼ぶことがあればいい気分はしなかっただろう。
 仮にも婚約者の前で失礼な態度だったのを謝りたいのに、彼はその隙を与えようとはしない。

(……私は地上の自国に帰りたいはずなのに)

 まるで、乱暴に口づけるこの人に嫌われたくないとでも思っているようだ。
 深く被られたフードの中でキスをしているうちに、暗闇に慣れた目が眉を寄せ悔しげな顔を捉えた。

「――余裕だね」

 目がギラリと光って、口元だけが嘲笑するように釣り上がった瞬間、ソフィーは目の前で火花が散った。

「っひ、ぁ……!」

 脚の間で身動きを封じていただけの膝が持ち上げられ、そのまま擦り付けるように動いたのだ。
 毎日のように、好きだと囁かれ下着の上から弄られている場所に無造作な刺激が与えられ、それに反応してしまう。
 意識したくないと思えば思うほど集中する感覚にソフィーはただ身を捩ることしかできない。

「あいつはシンデレラに夢中だよ」
「ちがっ、そういうのではっ……んっはっ……」

 違う。ポールを男性として意識しているのではない。確かに、ソフィーは恋をしたことがないから自分でもなぜそう断言できるか分からない。けれど、なぜかエルバートにそう思われているのは嫌だ。

「ふ……っ」

 そう遠くない場所から人の笑い声が聞こえて、ここが外であることを思い出し慌てて唇を噛んだ。

「だめ。傷になっちゃうよ」
「やっ……声、が」
「塞いでてあげる。だから……気持ちよくなって?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

処理中です...