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悪役を愛するのは(3)

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「あ……」

 ソフィーは思わず口元に手を当てた。エルバートに言われるまで全く気づいていなかったのだ。
 思い返してみればソフィーの語れる過去には必ずシンデレラがいる。
 可愛い妹については永遠に語れる自信があるが、自分自身のこととなると……思い出せない。そもそも、語れるようなことがあった記憶もない。

「……あ、その……あっ、お茶の配合をするのが好きです。昔、母が再婚する前は紅茶を売って暮らしていたことがあるんです。中でもカモミールティーが好評で、私自身も一番好きでした」

 こんなことを彼に伝えてどうするんだろう。黙り込んでしまうよりはマシだろうと引っ張り出してきた記憶を口に出してから焦ってしまう。

(自分のことを誰かに話すことなんて今までなかったから……なにを話せばいいか分からない)

 ソフィーのことを知りたいと言う人なんていなかったし、知ってもらおうと思ったこともない。
 エルバートはソフィーの頬に手を当て、優しく撫でる。その体温に心臓がどきりと鳴った。
 彼にこうして触れられるのは初めてではないのに。

「そっかあ。僕もソフィーのブレンドしたお茶が飲んでみたいな」

 妖艶な瞳から甘い視線を注がれて、ソフィーは「そんなもので宜しければ」と頷く。
 自分が好きなものを知ろうとしてくれて、それを求められるのは素直に嬉しい。

「ソフィー、目を合わせてくれないのは寂しいよー」

 もうっ、と拗ねる顔が目に浮かぶ。失礼を承知の上だが視線を戻せる気がしない。
 ただ、今は血液が自分の顔に全部集まってしまっているのではないかと思うほど熱くて、心臓の音がうるさいのだ。
 痺れをきらしたように、反らした視線の先にエルバートの空いてる手が入り込んで、パチンッ、と指を鳴らした。
 すると、エルバートの手の上にピンクのバラの花とミント、それから小さな赤い実が現れた。

「これ全部、フレーバーティーの原料になるんでしょ? すごいよねぇ」
「お詳しいんですね」

 ソフィーは目を輝かせる。実家では使用人がいる頃は母に自分で紅茶をいれるなど言語道断とされていたし、解雇してシンデレラをその代わりにする頃には贅沢なお茶を飲むような余裕はなくなっていた。

「昔、教えてもらったんだ」

 誰にだろう、そう思って顔をあげると嬉しそうな目とぶつかってまた慌てて目を逸らす。
 彼の手に乗っている花びらに触れて、ソフィーは思わず願望が零れた。

「エルバート様の魔法を……もっと見てみたいです」
「本当!? じゃぁデートしよう!」

 ぱぁっ、と笑う顔が視界の隅で煌めく。また胸がきゅっ、と軋んだ。
 なにかの病だったら嫌だな、とソフィーはデートを承諾して明日のデートのために今日は早めに寝たいと提案した。
 今夜ソフィーに触れられないのかとあからさまに凹んだ様子のエルバートにソフィーは自らエルバートの唇に自らキスをした。毎日しているおかげで、最初の頃よりも照れずにできるようになっていると思う。

「明日のデート、楽しみにしておりますね」

 いや、やっぱり恥ずかしい。照れ笑いするソフィーにエルバートは放心し、両手で真っ赤になった顔を隠しながら「……うん」と声を絞り出した。
 その後、また仕事の呼び出しがかかったエルバートが尋常ではないやる気と驚異的な処理速度を見せていたという話しを、メイドがなぜか惚気話のように語っていたのでソフィーは苦笑するしかなかった。
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