皇帝の寵愛

たろう

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後段

41 経緯

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※次でこの長い話も終わります。すいません

「子供とは言え、愚かな私の不明がこの結果を招いた。あの時、私にもっと分別があったなら……。父は穏やかで聡明な人だった。それに対して先帝は些細なことで怒鳴り散らし、何事も思い通りに進まないと癇癪を起こす寛容さの欠片もない人だった。四人兄弟のうち異母兄弟の二人を、後継争いから追い落とすために殺してしまうほどだった。母が父に心を許したのも無理からぬことだったかもしれない」
 主上の話は続く。何の感情も籠らない静かな声で。
 あれ?
「あの」
「どうした?」
 黒曜石のような瞳が僕を見据える。侠舜と泰然が主上に倣うように僕を見た。
「主上は……」
 言葉に詰まる。
「いえ、なんでもありません……。中断してすみませんでした。どうぞ続けてください……」
 主上は……。
 主上は、見たのだろうか?父親と母親の死を。
 僕は胸を強く締め付けられたような気がした。
 主上は、僕の考えなど全てわかっているという風に、そして励ますような顔で一瞬僕を見て、それから先ほどまでと同じ無表情にもどると話をつづけた。
 僕は泣きたい気がした。
「三年の幽閉の後、私は都へと連れ戻された」

「私の兄弟姉妹の話をしよう。私には二人の兄と一人の姉がいた。姉は詩詩と言い、兄弟全員と母親が違う。私との仲は良くもなく悪くもないと思う。何年も前にすでに降嫁している。後宮に姉の宮がそのまま残されているため、時々やって来て滞在することがあるが、私たちの仲はさほど親密なものではない。
 そして、一番上の兄が飛龍、二番目の兄は英雄という。三番目の私が奏凱というのだから、あの人の皇子に対する思い入れの強さと名づけの感性の突拍子のなさが窺えるだろう」
 主上が苦笑する。
「姉についてはこれ以上語るところがない。よって、今回は兄たちについてのみ語ろうと思う。ただし、件の兄たちと私の間に親密な交流と呼べるようなものはほとんどなかった。故に噂やまた聞きからの情報となる。

 二番目の兄は優秀な人だったらしい。性格も穏やかで聡明、皇太子候補として申し分ないお人柄だと当時囁かれていた。優秀な教師が幾人もつけられ、日々勉学と身体の鍛錬に勤しんでいたし、私も時々乗馬や剣術の練習をしている姿を遠目に見たことがあった。稀に話をするようなときにはとても気さくに話しかけてくれ、噂に違わぬお人柄であった。
 それに対し、一番上の兄はあまり良い噂を聞かなかった。いや、良くない噂しか聞かなかったというべきだろう。勉強に全く集中せず、好きなことしかしない。大きな体と強い力にものをいわせ、自分のわがままを通そうとするところが先帝にそっくりだったという。思い込みもつよく、それでよく後宮内で問題を起こした。私が幼い頃幾度か流血沙汰になるような事件も起こした。私もごくまれに会ったときは卑しいだのなんだのと馬鹿にされたものだ。
 私が幽閉されるまで、表面上は穏やかに時が流れた。確か当時、一番上の兄は皇太子の地位に叙せられていて、妻も一人いた。それから次兄のほうも、遅かれ早かれ妻を娶ると噂に聞いていた。私が居なくなった後の宮殿の詳しい状況は分からないが、順当に行けば長兄が、兄に何かあったとしても次兄が皇帝となるはずだった。しかし、そうはならなかった。私が離宮に幽閉されて二年目のことだ。当時長兄は二十五前後、次兄が二十前後だったはずだ」
「何か起きたのですか?」
 僕の耳に思ってもみない言葉が飛び込んでくる。

「二番目の兄が殺された」

「もちろん私のところへ報せがきたわけではない。次兄の死の噂とその後行われた葬儀から知ったに過ぎない。犯人は一番上の兄。どういう事件だったのか都に復帰後探ってみたが、緘口令が敷かれていたためわからなかった。しかし、先帝の死後にやっと詳細、と呼べるのかはわからないが、大まかなことを聞き出すことができた。その日、一番上の兄は血まみれ姿で小ぶりの刀を所持しているところを女官に発見されたそうだ。それ以前の動向については不明だ。見つかったとき、精神的に不安定になっていて、なにやらぶつぶつと独り言をつぶやいていたそうだが、何を話していたのかは聞き取れなかったそうだ。その後すぐに、次兄が別の場所から死体で見つかった。聴取に当たった近衛兵がなんとか聞き出した情報では、長兄と次兄の間に何やら言い争いがあり、その結果激高して死に至らしめたらしい。次兄から馬鹿にされたというようなことを繰り返し話していたそうだ。
 先帝と皇后の怒りと悲しみはすさまじいものだったという。噂の上では次期皇帝と目されるほど優秀な皇子が死に、問題ばかりの目立つ皇子が残されたのだから当然だ。しかも彼らには直系の男児は問題の多い長子の他に残されていない。そのすぐあとに、兄は懲罰として長く軟禁されたそうだ。再教育も行われただろう。皇后はこの出来事がきっかけで寝込むようになり、兄が許される前に亡くなった。一年近く軟禁状態が続いた後、解放された。しかし再教育の甲斐もむなしく、禁が明けてすぐに、兄は別の問題を度々起こし、しばらくして再び殺人を犯した。自分の妻を殺したのだ。このことが、決め手となった。先帝にとって苦渋の決断だったのだろう、私を都へと呼び戻す結果となった。そして、兄は私とは別の離宮に幽閉されることとなった。
 兄には皇太子だったにも関わらず、幽閉されなければならないほどの大きな問題があると、先帝に判断されたのだろう。あれほど自分の血を残すことに拘っていた人の考えを翻らせるほどの」
 想像もしていなかった事実に頭が上手く回らなくなってきた。
「私は再度都へと戻され、皇太子候補として、それにふさわしい教育を受けさせられた。そして私の教育が終わると同時に兄は廃嫡され、私が皇太子となった。十七のときだ。このころになると後宮の年嵩の妃達を次々に追放するようになっていた。そして新しい妃を輿入れさせようと画策していたが、はかばかしい成果は上がらなかった。当時あの人は五十にはなっていなかったはずだが、いまだ野望は捨てていなかったようだ。まぁ普通の考えをしている者たちなら、この一連の状況をおかしいと思い静観するだろう。
 直接説明されたわけではないが、私が皇太子として擁立されたことにはいくつかの理由があると私たちは考えている。一つに跡継ぎ問題を表面化させないためだ。次の男児が生まれるまでの中継ぎの皇太子というわけだ。しかし私が立つことで諸外国からつけ入れられるのを防ぎ、また国内を安定させることができる。当時は諸侯の反乱、民の反乱が何度かあり、皇帝の求心力が低下していた時期だった。だから、同時に力のある家の娘を輿入れさせることで政治の安定と跡継ぎ問題とを解決しようと考えていたはずだ。愚かなことではあるが。しかしそれが上手くいかないとなると今度は私を利用することにしたのだ。私は父の命で銀鈴と結婚させられた。おそらく私と銀鈴の間に子供ができた場合の活用方法についても、ある程度目星をつけていたのだろう。私はあの人から子供を成すなとは言われなかったからな。しかし、残念ながら歳のせいもあったのだろうが、新たな子が生まれることなく先帝は亡くなった。数多くの問題を残したまま」
 主上がかすかにため息をつくのが見えた気がした。
「私は即位した。けれど、幾人かの諸侯から、過去に皇帝の兄弟が領土に奉ぜられた地の諸侯から、干渉があった。傍系とは言え、一応皇族の血を繋いでいるわけだからな。この機会にと思うのは当然だ。当て擦りを言われたり横槍を入れられたりは軽いもので、私の後見人となって政治を乗っ取ろうとする者もでた。最も堪えたのは官の多くが登極したての私の命に従わなかったことだった。表面上は従うふりを見せるけれど、仕事は全て遅々として進まなかった。というのも、私に力のある後見人がいなかったからだ。私は、血筋が皇帝を皇帝たらしめるのだと思っていたが、そんな簡単な話ではないのだと遅ればせながら理解した。権威がそのまま権力に直結するわけではないのだ。それから、私は命を狙われるようになった」
 耳を疑う発言だった。
「後ろ盾がないというのはこう言うことなのだ。そんなとき、西奥州、玲家から後見人になるという申し出があった。玲家は叔母の降嫁先で、先帝との仲が悪いという話はきいていなかった。私は表向き先帝の直系の第三子ということになっており、そういう意味で玲家が後見人として名乗り出ることに不審な点はなかった。そして玲梨子を後宮に迎えることになった。玲家は中央での勢力は大きくはなかったが、外野からの横槍を無くすという意味では、本当に役に立ってくれた。私の仕事はいくばくか進むようになった。そんなときに、北の蛮族から領土の侵略を受けた。私は兵を出そうとしたが、軍は動かなかった。禁軍ですら出陣することを渋った。皇居の警備が薄くなるからというのがその理由だった。何もなせないまま北西の鉱山が奪われた。私たちは焦った。軍を掌握できないということは、つまり私の死を意味した。そんなとき北の延家から取引があった。延家が治める干涸州は騎馬民族の地。動かせない軍の代わりに、延家が私の警護を担当するということだった。代わりに娘を何人か後宮に輿入れさせろという取引だった。私は危険だと知りながらその取引に乗った。
 それから、国の政治を掌握するために徐家と、軍を牽制するために墨将軍の娘と、南の主要な貿易経路を確保するために黄家と取引をした。李家についてはあちらのほうから申し出があり、承諾した。そして、そんなことをしている間に銀鈴が毒殺された。残念ながら犯人は見つからなかった。毒殺とわかったのは死んだ後だったのだ。
 こうして、今の後宮が生まれた。それは必要に迫られたからという側面もあったが、同時に、宮殿内での勢力を分散、拮抗させる目的もあった。私はどこか一つの家に後ろ盾とすることは避けたかった。私が誰かの傀儡とならないように。また、私に対する暗殺を抑制する目的もあった。それぞれの妃に子ができれば、私一人を殺しても意味がなくなる。そしてそれは上手くいった」
 主上が大きく息をついた。
「まぁそれも、息子たちが即位できる年齢に達するまでの時間稼ぎでしかないだろうがな」
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