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前段
19 雲嵐と賢英
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新年の宴に先立って僕は楽器と詩の授業の数が増えた。辛い。
それから、僕に一人付き人がつけられることになった。侠舜が主上から頼まれて、皇都の孤児院から連れてきたらしい。将来的に僕の専属侍従とする計画なのだそうだ。
「躾はほんとうに基本的なものを仕込んだだけなので、まだまだ人前に出せる状態ではありません。そのため、本日は顔合わせだけさせていただきます。将来的にはあなたの元について、あなたのお世話をすることになります。ですが、しばらくの間は私の元について仕事を覚えてもらいます。あなたのお世話は簡単な内容から徐々に任せていく予定です。さぁ、あなたの主人になる方です。挨拶を。」
そう言って侠舜が僕と同年代の男の子の背中を押して一歩前に進ませる。
その子は恭しく一礼をした。ほんとうに躾教育を受けたばかりのようで、その礼は少しぎこちなかった。身長はぼくよりも小さかったけれど、とても利発そうな面立ちをしている。少し跳ねた髪の毛が綺麗に揃えられていて、艶やかだ。黒目がちな目が僕を観察するように見ていた。
「恩雲嵐と申します。先日十三になりました。今はまだ至らぬところも多いためお側にお仕えすることは許されておりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。」
声変わりの途中のようで少しだけ不安定な声だった。声変わりが十四歳になる直前だった僕よりも声変わりの時期が早いことに動揺する。
侠舜によると、雲嵐はこれから僕と一緒に稽古事に関わる科目を除いた授業を受けさせるとのことで、僕の従者見習いであり学友ということだった。侠舜が選び出したということはきっとすごく優秀なのだろう。僕の方が勉強を始めた時期が早いのに、出来が悪かったらどうしようという不安が一瞬脳裏を掠めた。
僕が自己紹介をすると、すぐに雲嵐は侠舜とともに退室していった。授業は明日から一緒に受けられるそうだ。侠舜が、僕の専属侍従として必要なことだからと、二人きりのときならば雲嵐との気安い会話も許すと言ってくれた。僕は予期せぬ申し出に心が浮足立つのを感じた。
次の日の朝から雲嵐は侠舜とともに僕の部屋へやってきた。僕よりも年下なのにすでにしっかりと目覚め、お仕着せを着て働いている。しかも孤児院出身なのだ。大人だ……。
僕を着替えさせ、食堂へと連れていく。僕はいつもの席へ腰を落ち着けると、侠舜が食事の支度をはじめてくれた。それを食い入るように雲嵐が見ている。仕事に対する心構えが素晴らしい。大人だ……。
僕はつい侠舜をじっと見つめる雲嵐を見ていた。その間に主上が入室してくる。僕はそれに気づかず、挨拶がでおくれてしまった。先に主上から声をかけられて慌ててそちらに向き直って朝の挨拶をした。主上はいつも通り、供される朝食を食べていく。僕もちょっとずつ口に運ぶけれど、視線はじっと立ったまま動かない雲嵐をちらちら見ていた。
知らず手を止めて凝視していたらしい。口に合いませんかと俠舜に問われ、食事が疎かになっていたことに気づき前に向き直ると、食事を再開した。ふと、横からの視線を感じて顔を向けると、主上がじっと僕を見ていた。なんで。
朝食が終わって退室し、部屋に戻る。これから雲嵐との初めての授業だと思うと、嬉しさの混じった緊張感でいっぱいになった。すぐに侠舜につれられて雲嵐が入ってきた。手には僕と同じ教材を持っている。
僕たちは部屋の円卓に腰かけ先生が来るのをまった。侠舜は先生と入れ替わりに仕事のために退室していった。
今日の授業は午前が詩と舞で、お昼を挟んで歴史と思想だ。詩の授業は詩の暗唱と詩の創作だった。雲嵐は僕よりも遅れているので、詩の基礎知識を僕が詩作している最中、先生から指導を受けていた。僕が舞の指導を受けている間は侠舜の元へと戻っていって、午後の歴史の授業のときに戻ってきた。
歴史担当の李先生は厳しい。僕は雲嵐が叱られることのないよういつでも助けに入れるように気を付けていたが、驚いたことに雲嵐は歴史の大まかな流れを知っているらしく僕よりも先生の話を理解している風だった。やっぱり優秀だった……。
最後の思想の授業でも、僕がさっぱり理解できない横で、どんどんわからないことを的確に質問して、それに対する楊先生の説明を興味深そうに聞いていた。引け目を感じてしまう……。
今日の授業だけで彼が、最初の予想通りに優秀であることが分かった。自分の侍従とするのではもったいないのではないだろうか……。
自室で夕食を摂った。雲嵐はまだ食事の作法が完璧ではないとのことで、自分の部屋へ戻された。侠舜に今日の出来事を話した。とても雲嵐が優秀であったことしか話すことはなかったのだけれど。侠舜はそれをさも当然という風に何の感慨もなく聞いていた。
それからいつものように自習をしてから、湯あみのために湯殿へ向かった。雲嵐が後をついてきた。嫌な予感しかしない。
一人で入ろうとしたらお手伝いしますと言われた。一人でできるから不要だと言うと、侠舜がこれも訓練ですのでといって僕の言葉を退けた。
必死に抵抗したけれど僕は裸に剥かれた。雲嵐は僕の裸をみても眉一つ動かさなかった。優秀すぎるけれど、その無表情が僕を傷つけた。
侠舜が浴衣に着替える。子供用の浴衣がないので雲嵐に今日は裸でお願いしますと声をかけていた。雲嵐は表情一つ変えずにお仕着せを脱いだ。大人だ……。
僕は自らの敗北を知った。
それから落ち込む僕を連れて、二人は浴室へ入っていった。侠舜の指示で雲嵐に頭を洗ってもらい体も洗われた。もう死んでしまいたいと思った。せめてもの救いは、それで侠舜が終わりにしたことだった。僕の最後の砦は守られた。
その夜、僕はこっそり寝台の上で泣いた。
明日からどんな顔をして雲嵐に会えばいいのかわからなかった。できるなら雲嵐の記憶を全て消し去りたかった。
いつまでも布団のなかで身もだえてなかなか寝付けなかった。
そのせいで寝坊してしまい、朝の準備にやってきた雲嵐に格好悪い姿を見せてしまった。
それから、僕に一人付き人がつけられることになった。侠舜が主上から頼まれて、皇都の孤児院から連れてきたらしい。将来的に僕の専属侍従とする計画なのだそうだ。
「躾はほんとうに基本的なものを仕込んだだけなので、まだまだ人前に出せる状態ではありません。そのため、本日は顔合わせだけさせていただきます。将来的にはあなたの元について、あなたのお世話をすることになります。ですが、しばらくの間は私の元について仕事を覚えてもらいます。あなたのお世話は簡単な内容から徐々に任せていく予定です。さぁ、あなたの主人になる方です。挨拶を。」
そう言って侠舜が僕と同年代の男の子の背中を押して一歩前に進ませる。
その子は恭しく一礼をした。ほんとうに躾教育を受けたばかりのようで、その礼は少しぎこちなかった。身長はぼくよりも小さかったけれど、とても利発そうな面立ちをしている。少し跳ねた髪の毛が綺麗に揃えられていて、艶やかだ。黒目がちな目が僕を観察するように見ていた。
「恩雲嵐と申します。先日十三になりました。今はまだ至らぬところも多いためお側にお仕えすることは許されておりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。」
声変わりの途中のようで少しだけ不安定な声だった。声変わりが十四歳になる直前だった僕よりも声変わりの時期が早いことに動揺する。
侠舜によると、雲嵐はこれから僕と一緒に稽古事に関わる科目を除いた授業を受けさせるとのことで、僕の従者見習いであり学友ということだった。侠舜が選び出したということはきっとすごく優秀なのだろう。僕の方が勉強を始めた時期が早いのに、出来が悪かったらどうしようという不安が一瞬脳裏を掠めた。
僕が自己紹介をすると、すぐに雲嵐は侠舜とともに退室していった。授業は明日から一緒に受けられるそうだ。侠舜が、僕の専属侍従として必要なことだからと、二人きりのときならば雲嵐との気安い会話も許すと言ってくれた。僕は予期せぬ申し出に心が浮足立つのを感じた。
次の日の朝から雲嵐は侠舜とともに僕の部屋へやってきた。僕よりも年下なのにすでにしっかりと目覚め、お仕着せを着て働いている。しかも孤児院出身なのだ。大人だ……。
僕を着替えさせ、食堂へと連れていく。僕はいつもの席へ腰を落ち着けると、侠舜が食事の支度をはじめてくれた。それを食い入るように雲嵐が見ている。仕事に対する心構えが素晴らしい。大人だ……。
僕はつい侠舜をじっと見つめる雲嵐を見ていた。その間に主上が入室してくる。僕はそれに気づかず、挨拶がでおくれてしまった。先に主上から声をかけられて慌ててそちらに向き直って朝の挨拶をした。主上はいつも通り、供される朝食を食べていく。僕もちょっとずつ口に運ぶけれど、視線はじっと立ったまま動かない雲嵐をちらちら見ていた。
知らず手を止めて凝視していたらしい。口に合いませんかと俠舜に問われ、食事が疎かになっていたことに気づき前に向き直ると、食事を再開した。ふと、横からの視線を感じて顔を向けると、主上がじっと僕を見ていた。なんで。
朝食が終わって退室し、部屋に戻る。これから雲嵐との初めての授業だと思うと、嬉しさの混じった緊張感でいっぱいになった。すぐに侠舜につれられて雲嵐が入ってきた。手には僕と同じ教材を持っている。
僕たちは部屋の円卓に腰かけ先生が来るのをまった。侠舜は先生と入れ替わりに仕事のために退室していった。
今日の授業は午前が詩と舞で、お昼を挟んで歴史と思想だ。詩の授業は詩の暗唱と詩の創作だった。雲嵐は僕よりも遅れているので、詩の基礎知識を僕が詩作している最中、先生から指導を受けていた。僕が舞の指導を受けている間は侠舜の元へと戻っていって、午後の歴史の授業のときに戻ってきた。
歴史担当の李先生は厳しい。僕は雲嵐が叱られることのないよういつでも助けに入れるように気を付けていたが、驚いたことに雲嵐は歴史の大まかな流れを知っているらしく僕よりも先生の話を理解している風だった。やっぱり優秀だった……。
最後の思想の授業でも、僕がさっぱり理解できない横で、どんどんわからないことを的確に質問して、それに対する楊先生の説明を興味深そうに聞いていた。引け目を感じてしまう……。
今日の授業だけで彼が、最初の予想通りに優秀であることが分かった。自分の侍従とするのではもったいないのではないだろうか……。
自室で夕食を摂った。雲嵐はまだ食事の作法が完璧ではないとのことで、自分の部屋へ戻された。侠舜に今日の出来事を話した。とても雲嵐が優秀であったことしか話すことはなかったのだけれど。侠舜はそれをさも当然という風に何の感慨もなく聞いていた。
それからいつものように自習をしてから、湯あみのために湯殿へ向かった。雲嵐が後をついてきた。嫌な予感しかしない。
一人で入ろうとしたらお手伝いしますと言われた。一人でできるから不要だと言うと、侠舜がこれも訓練ですのでといって僕の言葉を退けた。
必死に抵抗したけれど僕は裸に剥かれた。雲嵐は僕の裸をみても眉一つ動かさなかった。優秀すぎるけれど、その無表情が僕を傷つけた。
侠舜が浴衣に着替える。子供用の浴衣がないので雲嵐に今日は裸でお願いしますと声をかけていた。雲嵐は表情一つ変えずにお仕着せを脱いだ。大人だ……。
僕は自らの敗北を知った。
それから落ち込む僕を連れて、二人は浴室へ入っていった。侠舜の指示で雲嵐に頭を洗ってもらい体も洗われた。もう死んでしまいたいと思った。せめてもの救いは、それで侠舜が終わりにしたことだった。僕の最後の砦は守られた。
その夜、僕はこっそり寝台の上で泣いた。
明日からどんな顔をして雲嵐に会えばいいのかわからなかった。できるなら雲嵐の記憶を全て消し去りたかった。
いつまでも布団のなかで身もだえてなかなか寝付けなかった。
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