皇帝の寵愛

たろう

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前段

5 主上、悟る

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 心地よい暖かさと重みを体に感じながら、夢から徐々に現実に目覚める浮遊感を抜け出して目を開くと、目の前に昨日の綺麗な顔があるのに驚いた。その瞬間感じたことのない頭痛に襲われて小さく呻く。痛みに寝返りを打とうとすると今度は体が動かせないことに気付く。痛む頭で自分の状態を確認すると主上と同じ布団で眠っていることに気付いた。
 しかも、両腕で抱きすくめられ、恐らく太腿で腰を挟まれている。なんだこれは、逃がさないということなのか?滑らかな人肌が生々しくて僕は焦った。起こすべきか起こさないようにこの体から抜け出すべきかしばらく考える。
 気持ちよさそうな小さい寝息に気がついて、なんだか起こすのも悪い気がした。もうしばらくこのままでいようと思った。
 寝顔すら凛々しい。でも幾分起きているときよりも無防備で、なんだか愛らしいとさえ感じてしまう。ふいに少しだけ触れたい衝動に駆られて指を頬へ伸ばす。無精ひげが伸び始めた頬に触れると本当に寝ているのだとわかる。不思議な気がして、同時になんだか安心してもう一度目を閉じた。
 そのまま浅い眠りにまどろんでいると、自分の太腿の辺りに変な感触があることに気付いた。熱くて硬いものが押し付けられている。そっと布団を持ち上げて、目に入ったものに驚愕してそっと布団を戻す。
 見てはいけないものを見てしまったと思った。凶悪なものを頭から追い払おうとするが、逆に太腿に触れているそれが余計気になって仕方が無くなってきた。なんとか起こさないように自分の足を主上の足の間から抜くことができないか色々と試していると、寝ぼけた主上にさらに抱きすくめられてしまった。
 これはさらによくないのではと思う。裸の肌が密着する。体温が……。まずい。どうしたらいいのかわからなくてそのままじっと息をひそめて主上が目覚めるのを待つことにした。
 寝顔をなんとなくぼぉっと見つめていると、小さく呻いた後、あくび一つして目を開けた。
 見つめていたことを知られたらいけないような気がして目を伏せた。布団の下で伸びをするように体が動いて、さらに抱きしめられ、苦しくてたまらず声が漏れてしまった。
 背中に回されていた手が頬に触れてくる。触られたところが熱い。そのまま顎を掴まれて上を向かされ、軽く唇が触れる。
「……おはようございます。」
「あぁ。もう起きていたのか、早いな。もっと眠っていても良かったんだぞ。」
 そう言って僕の顔を何かを確かめるように覗き込む。顔が近い。
「体は大丈夫か。その、痛いところとかはないか。私も男は初めてだった上に酔っていて少しばかり衝動的すぎたかもしれない。」
 そう言ってはにかむように笑う。実際何を言われているのかわからなかったが特に痛いところもないようだったので、問題ないと頷くと額に口づけられた。なんなんだ。
 主上が伸びをして起き上がる。厚い上半身が露わになって、その立派な体躯につい視線を奪われる。僕の視線に気づいた主上がにやりと笑った。
「なんだ、まだ足りないか?意外と積極的だな。嫌いではないが、残念ながら今日からしばらくまた忙しい。朝からのんびりはしていられないのだ。」
 そう言っておいと声を上げると、隣室に通じる扉が開いて侠舜がうやうやしく入ってきた。状況が状況なので布団に潜り込む。はっきり見られていたのであまり意味はけれど気分の問題なのだ。
「これを湯殿につれていってやれ。私は別のほうにいく。」
「かしこまりました。食事はどうなさいますか?」
「この部屋でとる。賢英の分もだ。」
 うやうやしく一礼すると侠舜が床に落ちている僕の夜着を拾い上げて渡してきた。僕はそっとうけとって手早く着た。
 床に足をつけて立ち上がるとなんだかふわふわするような不思議な感じがした。ふらふらする僕を侠舜が支えてくれる。
「ついでにどこか異常がないかもよく気を付けてみてやってくれ。」
「承りました。」
 そういってゆっくり僕の手を引いて侠舜が部屋を出た。僕は昨日と同じように彼について湯殿へと向かった。
 また全裸になって体中を洗われるのだと気付いて気が重くなる。あの、と声をかけると即座にこっちの言わんとすることを察して、却下された。
 また中まで丁寧に洗われ、その上全身くまなく観察するように見られて、もう死んでしまうかと思った。抵抗したら中のものを掻き出さないとおなかを壊しますと叱られた。
 自分の体をみると全身に赤いあざがいくつもついている。これは何なのだろうとしげしげと見つめていると、柔らかい布で体を拭かれた。
「傷はとくにないようでよかったですね。私の忠告は少しは役にたちましたか?どこか痛むところとかは?」
「いえ、大丈夫なのですが、あの、痛むとかっていうのが良く分からないんですけど……。すみません。できたら教えて欲しいのですが、昨夜私は主上から何かされたのでしょうか?」
 え、と髪の毛を拭いてくれていた手が止まる。まじまじと侠舜が僕の顔を覗き込んできた。
「昨日のことが辛すぎて記憶喪失にでもなったのですか?昨晩、その、二人きりで色々とあったはずですが。その、言いにくいのですがお尻のほうはなんともありませんか?」
「……なんともないと思います。ちょっと腰がだるいような気がしますが。」
「そうですか……。」
 言葉が途切れる。
「それで、昨日のことなんです。部屋に入ったあと、主上にお酒を飲まされたところまでは覚えているんですけど……。気づいたら朝になっていて、裸で寝ていて。寝る前に何があったのかは良く覚えていないんです。主上に誘われたのにすぐに眠ってしまって、全く覚えていないとなったら問題になってしまいますか?」
 そういうと、侠舜は変わったものを見るような目でこちらを見てきた。なぜだ。
「良かったのか悪かったのか……。とりあえず思い出したくないほど辛い記憶になっていないのなら、それはそれで良いことだったと言えるかもしれません。気にする必要も、無理に思い出す必要もありません。さぁ、綺麗になりましたので、主上のところへ戻りましょう。お待たせするのはよくありませんから。」
 そういって無理やり会話を打ち切ると、きちんとした服を着せられて、よくわからないままに僕はまた侠舜の後について部屋へもどった。知りたければ主上にお聞きくださいと言われてしまった。円卓に腰かけて待っていると、遅れて主上も簡素ではあるがあきらかに上等の衣装をきて戻ってきた。
 僕がきちんとした格好で座っているのを見て一つ頷くと食事の合図をする。円卓に次から次へと料理が運ばれてきた。朝からこんなに食べるのかと驚愕していると、お前の好みがわからないから色々と用意させたのだと言われる。
 朝はいつも粥とスープになにかあるものを食べるだけだ。好きとか嫌いとかあまり考えたこともない。価値観が違いすぎて、なぜ自分が今ここにいるのか不思議な気持ちになった。帰らなければ。
 おそるおそる食事に箸をつける。どれもおしかったけれど素直には喜べなかった。すぐそばで給仕する女たちの視線が怖くて自然とうつむいてしまう。
「うまいか?」
 ふいに声をかけられてはっと顔を上げる。
「はい、とても。どれも食べたことがないので。」
「そうか、好きなだけ食べるといい。昨日は無理をさせたからな。」
「あの、そのことなんですが……。」
 主上の眉が片方持ち上がった。
「申し訳ありません。侠舜さまにも先ほど言われたのですが、その、昨日のことはよく覚えてなくて、ええと、何かありましたでしょうか……。」
 おずおずと口にしたが、やはり言うのではなかったと思った。驚愕に目を見張った主上と、動きを止めた給仕たちが目に入った。
「何も覚えていないのか?」
「いえ、その、主上にお酒を飲まされたところまでは覚えているんです。なんだか変な感じだなぁって思ったのは覚えていますから。ですが、その後のことは一つも記憶になくて、気付いたら朝だったのです。……すみません。」
「お前はそんなに酒に弱かったのか?昨日もそういえば酒はあまり好まない様子ではあったが、酒に弱いせいで飲み慣れていなかったのだな。」
 あきれたような顔でみつめてくる。仕方がないだろう、子供なんだから。
「いえ、あの、お酒自体を飲むのが初めてだったのです……。」
 今度こそ絶句してしまった主上の顔に、いたたまれなさが募って、穴があったら入りたい気持ちになってしまった。
「お主、何歳なのだ?」
「……十四になります。」
 どうせ侠舜にはもう知られているのだ。ここで罰を恐れて本当のことを言わなくても同じだろうと思い、正直に話した。
 主上が持っていた箸を卓に置く。
「なんと……。だからか……。」
「はい、すみません……。」
 そうして、この日何度目かになる謝罪の言葉を口にした。
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