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学園編
97. 火の子の成長とお義姉さんの愛情
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火の子とお世話係さんと一緒に、王都に向けて移動中。御者台に座ったウィオとお世話係さんのあいだに、火の子が座っていて、ひなのかごを膝の上に乗せている。初めて見る小さな生きものに、火の子は興奮して、自分が抱えるとゆずらなかった。
ひなのこともあるので、ウィオは王都に移動する。火の子はどうしたいか聞いたら、本人がウィオと一緒に王都に帰ることを希望した。お姫様が相手をしてくれて、寂しくはなかったようだけれど、家族のもとに帰ることを選んだ。
ちょっぴりはにかみながら小さな声で、「母上に会いたいです」と言った火の子に、大人たちが満面の笑みになったのは、当然のことだろう。
過去を思えば、お義姉さんを恋しがるくらい侯爵家になじんでいることが奇跡のようだ。そして、それを口に出せるくらい大人に心を開いていることが、何よりうれしい。
みんなの笑顔を見て、母親を恋しがることを笑われたと思った火の子がすねてしまったけれど、それすらも微笑ましい。きっとここに一番目のお兄さんとお義姉さんがいたら、泣き笑いになっていたに違いない。弟くんもいれば「私には会いたくないのか」と混ぜっかえして、それをお姉ちゃんがあきれた顔で見ていたかも。
「この鳥は、ルジェのようにおやしきに住むんですよね?」
「ヴィンセントに育ててもらう予定だ」
「たいちょうに? そうですか……。でも、また会えますね」
副隊長さんは火の子の魔法の師だから、会う機会が多い。お屋敷で面倒を見ないことには落胆しているけれど、また会えると知って喜んでいる。
「いいなあ。私も何かかいたいです」
「それは兄上にお願いしなさい」
まあそうなんだけど、お屋敷にオレがいる限り、ペットは飼えないと思う。人間よりオレになついちゃうから。
ごめんね。可愛いオレで許して。キャン。
「こうして、おじ上と馬車に乗ると、トゥレボルのことを思い出します。馬車の旅はとても楽しかったです」
「カイの休みに合わせて、ともにトゥレボルへ行くか?」
火の子の中で、トゥレボルのことがどういう思い出になっているのかは分からない。けれど、水の子と仲よくしている今、あの地での出来事がすべて辛い思い出につながっているようなことはないだろう。それなりの期間を過ごした場所だから、里帰りしたいのかな。
「おじ上も一緒ですか?」
「学園の仕事があるので、無理だな」
「では、行きません」
『キューン』
行こうよ。トゥレボルに行って、帰りは美食の街のあの宿に泊まろうよ。子どもたちにそんなぜいたくはダメだというなら、オレだけ、行きの途中であの宿に下ろしてくれれば、帰ってくるまで大人しく待ってるよ? 一時的に宿の看板狐になって、自分の宿代は自分で稼ぐよ? お客さんを呼び込むよ?
そう訴えたのに、ウィオには無視された。いい案だと思ったんだけどなあ。
「私がいなくても、カイと一緒なら、旅のあいだも安心だろう?」
「いえ、父上や母上だけでなく、おじ上にも会えないのは、さみしいです」
「リュカ……」
ネウラでも思ったけれど、火の子がこんなに素直に自分の気持ちを伝えるなんて、今までになかったことだ。何か心境の変化が起きるようなことがあったのかなと考えていたら、火の子が自分から教えてくれた。
「おば上に、さみしいときはそう言えばさみしくなくなると、言われたのです」
『キュウ?』
どういうこと? ウィオはうなずいているから分かったようだけど、オレまったく分からなかった。
首をかしげていると、その場面を見ていたお世話係さんが解説するように、火の子とお姫様の話を教えてくれる。
ネウラへの移動中や移動してすぐは、水の子もいて元気にしていた火の子も、学園が始まって水の子がお兄さんのお屋敷にいなくなると、ホームシックになった。その火の子の相手をしてくれたのが、叔母上ことお姫様だった。お姫様は、自治領の領主夫人としての仕事を覚えるために忙しい時期なのに、火の子がさみしさを感じないように、たくさんの時間を火の子と過ごしてくれたそうだ。
「おば上も、お父さまやお母さまとはなれてさみしいと、おっしゃっていました」
「さみしいと感じるのは、それだけ日ごろ、お父上とお母上に大切にされているからだとも、おっしゃっていましたね」
「はい。それを思い出せば、さみしくなくなるそうです」
離れてさみしいと思うほどに、お兄さんやお義姉さんから愛されているのだから、不安にならなくていいと、お姫様は火の子に教えたそうだ。そして、素直にその気持ちを口に出していいのだと。
「でも私は、さみしいきもちはなくなりません……」
「すぐ会える」
「はい!」
火の子の成長を感じて、胸がいっぱいだ。大人の言うことを受け入れること自体が、あのころからは考えられない。
出会ったころの大人を警戒していた火の子を思い出す。引き取られてすぐに侯爵家から出されてトゥレボルへ行くことになってしまったから、侯爵家の人間の言葉だと、火の子の心に届いたかどうかは分からない。けれど、その最初を知らないお姫様の言葉だからこそ、ストレートに火の子に伝わったのだろう。
火の子にとっての一番の奇跡はきっと、お義姉さんとめぐりあえたことだ。
子どものころからウィオという精霊に愛されている子を見てきたお兄さんとは違い、たまたまウィオのお兄さんと結婚して、精霊の愛し子の特性もそこまで理解しないうちに、火の子を引き取ることになった。その結果、お姉ちゃんは火傷を負ってしまった。それなのに、火の子にも分けへだてなく愛情をそそぎ、我が子として育てている。きれいごとでは済ませられない、いろいろな感情があったはずだけど、それをすべて身の内に納めて、子どもたちの前では笑っている。
火の子がトゥレボルへと出発する日、泣きくずれてしまったお義姉さんが忘れられない。食い倒れツアーから帰ると、ウィオの語る火の子の様子を一言一句聞き逃さないように聞いていたお義姉さんを覚えている。そして、火の子への贈りものを選びながら、自分たちを恨んでいるだろうからこれは気に入ってもらえないかもしれないと、弱気になっていたお義姉さんを思い出す。
あのころのお義姉さんに、教えてあげたい。
あなたの愛情は、ちゃんと火の子に届いているよ、と。
ひなのこともあるので、ウィオは王都に移動する。火の子はどうしたいか聞いたら、本人がウィオと一緒に王都に帰ることを希望した。お姫様が相手をしてくれて、寂しくはなかったようだけれど、家族のもとに帰ることを選んだ。
ちょっぴりはにかみながら小さな声で、「母上に会いたいです」と言った火の子に、大人たちが満面の笑みになったのは、当然のことだろう。
過去を思えば、お義姉さんを恋しがるくらい侯爵家になじんでいることが奇跡のようだ。そして、それを口に出せるくらい大人に心を開いていることが、何よりうれしい。
みんなの笑顔を見て、母親を恋しがることを笑われたと思った火の子がすねてしまったけれど、それすらも微笑ましい。きっとここに一番目のお兄さんとお義姉さんがいたら、泣き笑いになっていたに違いない。弟くんもいれば「私には会いたくないのか」と混ぜっかえして、それをお姉ちゃんがあきれた顔で見ていたかも。
「この鳥は、ルジェのようにおやしきに住むんですよね?」
「ヴィンセントに育ててもらう予定だ」
「たいちょうに? そうですか……。でも、また会えますね」
副隊長さんは火の子の魔法の師だから、会う機会が多い。お屋敷で面倒を見ないことには落胆しているけれど、また会えると知って喜んでいる。
「いいなあ。私も何かかいたいです」
「それは兄上にお願いしなさい」
まあそうなんだけど、お屋敷にオレがいる限り、ペットは飼えないと思う。人間よりオレになついちゃうから。
ごめんね。可愛いオレで許して。キャン。
「こうして、おじ上と馬車に乗ると、トゥレボルのことを思い出します。馬車の旅はとても楽しかったです」
「カイの休みに合わせて、ともにトゥレボルへ行くか?」
火の子の中で、トゥレボルのことがどういう思い出になっているのかは分からない。けれど、水の子と仲よくしている今、あの地での出来事がすべて辛い思い出につながっているようなことはないだろう。それなりの期間を過ごした場所だから、里帰りしたいのかな。
「おじ上も一緒ですか?」
「学園の仕事があるので、無理だな」
「では、行きません」
『キューン』
行こうよ。トゥレボルに行って、帰りは美食の街のあの宿に泊まろうよ。子どもたちにそんなぜいたくはダメだというなら、オレだけ、行きの途中であの宿に下ろしてくれれば、帰ってくるまで大人しく待ってるよ? 一時的に宿の看板狐になって、自分の宿代は自分で稼ぐよ? お客さんを呼び込むよ?
そう訴えたのに、ウィオには無視された。いい案だと思ったんだけどなあ。
「私がいなくても、カイと一緒なら、旅のあいだも安心だろう?」
「いえ、父上や母上だけでなく、おじ上にも会えないのは、さみしいです」
「リュカ……」
ネウラでも思ったけれど、火の子がこんなに素直に自分の気持ちを伝えるなんて、今までになかったことだ。何か心境の変化が起きるようなことがあったのかなと考えていたら、火の子が自分から教えてくれた。
「おば上に、さみしいときはそう言えばさみしくなくなると、言われたのです」
『キュウ?』
どういうこと? ウィオはうなずいているから分かったようだけど、オレまったく分からなかった。
首をかしげていると、その場面を見ていたお世話係さんが解説するように、火の子とお姫様の話を教えてくれる。
ネウラへの移動中や移動してすぐは、水の子もいて元気にしていた火の子も、学園が始まって水の子がお兄さんのお屋敷にいなくなると、ホームシックになった。その火の子の相手をしてくれたのが、叔母上ことお姫様だった。お姫様は、自治領の領主夫人としての仕事を覚えるために忙しい時期なのに、火の子がさみしさを感じないように、たくさんの時間を火の子と過ごしてくれたそうだ。
「おば上も、お父さまやお母さまとはなれてさみしいと、おっしゃっていました」
「さみしいと感じるのは、それだけ日ごろ、お父上とお母上に大切にされているからだとも、おっしゃっていましたね」
「はい。それを思い出せば、さみしくなくなるそうです」
離れてさみしいと思うほどに、お兄さんやお義姉さんから愛されているのだから、不安にならなくていいと、お姫様は火の子に教えたそうだ。そして、素直にその気持ちを口に出していいのだと。
「でも私は、さみしいきもちはなくなりません……」
「すぐ会える」
「はい!」
火の子の成長を感じて、胸がいっぱいだ。大人の言うことを受け入れること自体が、あのころからは考えられない。
出会ったころの大人を警戒していた火の子を思い出す。引き取られてすぐに侯爵家から出されてトゥレボルへ行くことになってしまったから、侯爵家の人間の言葉だと、火の子の心に届いたかどうかは分からない。けれど、その最初を知らないお姫様の言葉だからこそ、ストレートに火の子に伝わったのだろう。
火の子にとっての一番の奇跡はきっと、お義姉さんとめぐりあえたことだ。
子どものころからウィオという精霊に愛されている子を見てきたお兄さんとは違い、たまたまウィオのお兄さんと結婚して、精霊の愛し子の特性もそこまで理解しないうちに、火の子を引き取ることになった。その結果、お姉ちゃんは火傷を負ってしまった。それなのに、火の子にも分けへだてなく愛情をそそぎ、我が子として育てている。きれいごとでは済ませられない、いろいろな感情があったはずだけど、それをすべて身の内に納めて、子どもたちの前では笑っている。
火の子がトゥレボルへと出発する日、泣きくずれてしまったお義姉さんが忘れられない。食い倒れツアーから帰ると、ウィオの語る火の子の様子を一言一句聞き逃さないように聞いていたお義姉さんを覚えている。そして、火の子への贈りものを選びながら、自分たちを恨んでいるだろうからこれは気に入ってもらえないかもしれないと、弱気になっていたお義姉さんを思い出す。
あのころのお義姉さんに、教えてあげたい。
あなたの愛情は、ちゃんと火の子に届いているよ、と。
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