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学園編

64. 後始末

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 第三部隊が来るまで、ウィオはこの野営地にいるという。後から来た人たちが魔物に気づいて騒動になっても困るし、貴重な素材を横取りされるのも見逃せないからだ。ギルドに持ち込まれれば、どこで狩ったのかと騒動になるだろう。
 仕方がないので、魔物を周囲からは見えないようにしておいて、急いで副隊長さんを呼んでこよう。嫌なことはさっさと済ませるに限る。今日出発したばかりなので、空を駆ければ王都はすぐだ。

 何度目か分からないお城への不法侵入をして、副隊長さんの執務室に忍び込む。

『副隊長さん、先に謝っておくね。ごめんなさい』
「ちびっこ、どうしたんです? タイロンに行ったのでは?」
『まあそうなんだけど』
「で、今度は何をやらかしたんですか?」
『あのね、街道のそばに、ウィオが倒したクロディリスっていう魔物がいるから、その後処理をお願いしたいって、ウィオからの伝言』
「……どのあたりですか?」

 魔物の名前を聞いて、何か書類仕事をしていた副隊長さんの眼差しが鋭くなった。やっぱり街道に現れてはいけない魔物だったんだな。やっちゃったよ。

『アチェーリのほうに二つ街を進んだ先の空き地』
「なぜそんなところにクロディリスが?」
『キュゥーン』

 副隊長さんの手にすりすりしてごまかしてみたけど、通じなかった。
 胴体をむんずとつかまれて、目の前まで持ち上げられたけど、目が怒っている。オレの耳と尻尾が自然と垂れ下がる。

「ちびっこ、何かしましたね? 教えてください。他にもクロディリスがいるんですか?」
『いないよ。ウィオがタイロンの王族に捕まっちゃったから、魔物が出れば逃げていくかなって思ったの』

 副隊長さんの剣幕に負けて、オレは計画したことを洗いざらい説明した。あのときは完ぺきな計画だって思ったんだもん。
 森の奥から連れてきたけど、もういないから。あの街道は安全だから、怒らないで。ちゃんと反省しています。ごめんなさい。クルルゥ。

「そんなあわれっぽい声を出しても、だまされませんよ。ドラゴンの次はクロディリスですか」
『あのワニ、皮が貴重だって聞いたよ』
「だからって、大目に見るわけにはいかないんです。まったく、もう」
『ごめんなさい』

 許してよう。ぺろぺろ。頬をなめると、迷惑そうに机の上に降ろされてしまった。

「街道にも、ウィオラスにも、危険はないんですね?」
『ないよ』
「では明日朝向かいます」
『お願いね』

 現地に行く隊員の調整があるからさっさと出ていくようにと、窓から追い出されてしまった。その扱いに抗議したいけど、オレのせいだから我慢しよう。
 これで、明日のお昼にはあの野営地まで来てくれるだろう。よろしくね。


 ウィオのところに戻ると、野営地でお馬さんにご飯をあげていた。まだまだ進めるよ、と意気込んでいるお馬さんを、ウィオがなだめている。

『ただいま』
「ヴィンセントはなんと?」
『明日の朝から、来てくれるって』
「そうか。ありがとう。ルジェも夕食にするか?」
『キャン』

 明日の部隊の到着を待つということは、ここで一夜を明かすということだ。
 荷物を最低限にするために、ウィオの食事は現地調達の予定だが、今日の夕食だけはお弁当を作ってもらっていた。それを取り出して、ウィオがランチョンマットの上に並べるのを、おすわりをして待つ。
 辺りは薄暗くなってきている。ご飯を食べたら、今夜どうやって寝るかを考えなければ。

『出発の日から、ごめんね』
「いや、以前旅をしていたときには何もなかったから、油断していた。正直、助かった」
『一緒に行こうって誘われたの?』
「はっきりと言葉はなかったが、実際はドラゴンのところまで連れていってほしいという要求だった」

 ないわー。それはないわー。オレ、いい仕事したんじゃない? 副隊長さんに怒られちゃったけど、それでも必要なことだったんじゃない?

 タイロンの王族は、前にウィオがタイロンを訪れたときに偶然にもドラゴンが現れたから、ぜひ一緒に行きたいと言ったそうだ。だからウィオも、上手く断れなかったのだ。オレの名前が出れば問答無用で断れたし、ドラゴンに会わせてくれってことだったら無理だと言えたのに。また偶然現れることを期待して一緒にいたいという王族のお願いを、角を立てずに断ることは難しい。ましてやお兄さんたちの結婚式に出席するために来てくれた来賓だ。

 やっぱりオレの作戦、成功だったよ。魔物のチョイスミスはあったけど、全体的に見たら成功だよね。えへん。

『ドラゴンの移住話を信じているのかな?』
「どうだろうな。国の総意なのか、殿下の独断なのかも分からない」

 王様の息子だから、オレの後ろ盾があれば王座を手に入れることもできるってやつか。
 そういうドロドロしたお家騒動には関わりたくない。オレを巻き込まないで。

『ウィオは、お兄さんに取って代わって侯爵になりたかった?』
「ないな。私に侯爵は無理だ」
『じゃあ二番目のお兄さんは?』
「自治領の領主もやりたくない。だが、兄上たちのように、魔法に振り回されないでいられたら、と思ったことはある。すっかり忘れていたが」

 小さなウィオはきっとたくさん苦しんだのだろう。その傷は癒えたとしても今でも傷跡は残っている。それでも、そのことをこんなふうに軽く話題にできるくらいには、自分の魔法と折り合いを付けられたのだ。いま自分の魔法におびえている火の子も、いつかそう思えるようになるだろうか。

「ルジェは王に向いているのかもしれない」
『そう?』
「人を動かすのが上手いだろう」

 確かにみんなオレのためにいろいろしてくれるけど、それはオレが神獣だからで、オレの人望があるからではないと思う。だけど、もし王様になったら、やりたいことがある。

『オレが王様になったら、国民は毎日お風呂に入ることって命令を出すよ』
「風呂がない家はどうするんだ」
『公衆浴場を作るの。そうだ、ネウラに作ろうよ』
「なんのために?」
『清潔のためだよ。それに広いお風呂って楽しいよね』

 広いお風呂は開放感があっていいよね。この世界には裸の付き合いっていう言葉はあるのかな。

「兄上の屋敷に大きな風呂を作らせよう」
『オレのお風呂は十分に広いよ』

 そうじゃなくて、お家にお風呂がない人も入れるようになったらいいな、と思っただけだ。清潔って、病気の予防にも大切だよ。
 だけどウィオの予想では、冒険者が来るようになって、街の人たちは敬遠するだろうってことだった。そうかも。泥とか魔物の体液とかをお風呂で流されたら、オレも嫌だなあ。
 古代ローマの大浴場っぽいのが作れないかと思っていたんだけど、企画倒れになっちゃった。ローマは一日にして成らずって、こういうときに使うことわざだっけ?
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