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学園編
3. 警備
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夜になって、第三部隊のみんなが泊まっている部屋へ顔を出すと、副隊長さんに捕まった。
第三部隊の一部も、お兄さんのお屋敷に泊まっている。昨夜は今日からの混乱に備えて警備体制を話し合ったりしていて、同じ敷地内にいるのに会わなかったのだ。
「もうちょっと周りの影響を考えてもらえませんかね」
『キューン』
「言っても無駄なのは分かっているんですけど。人間には準備ってものが必要なんですよ」
『ごめんね。どうせバレるなら、オレは神獣じゃないってことにしたかったから』
「ヴィンセント、それくらいで」
部隊長さんが止めてくれたけど、副隊長さんの恨みがましい視線が痛い。オレ目当てに近隣諸国のお偉いさんが集まっていたところで大騒動が起きたから、警備が大変で気の休まる時間がなかったらしい。さらに今日はお兄さんに面会したい人たちの矢面に立たされ、「領主に会わせろ」と言われ続けたこともあって、まとう空気が荒んでいる。ほんとごめんって。
先にそういうことをするって聞かせてもらえていたら、警備の人員配置も考えたのにと言われ、そのとおりだと納得したので反論もできない。
謝罪と感謝の気持ちを表すために副隊長さんにすり寄ると、「そんなことではごまかされませんよ」と言いながらも、首周りをなでてくれる。オレの極上の毛並みで許してほしいな。
「狐くん、ウィオラスはどうしたの?」
『警備をどうしようかって、お兄さんと話してる』
この街は兵士を持たない予定だったけど、オレの存在が明らかになった今、街の警備隊だけでは対応できそうにない。オレ目当ての王族が来た場合、何があっても警備隊では止めることができない。今は第三部隊の隊員がその役目をしてくれているけど、いつまでもいてもらうわけにはいかない。この街として方針を決めて、王様と話し合う必要がある。
そういう難しい話を聞きながら、飽きたなあとソファでゴロゴロしていたら、ウィオに部屋を出されたのだ。
「騎士団の一部をこの街に常駐させることになるかもしれませんね」
『ごめんなさい』
「狐くんのせいではありませんよ。そういうことは人間が考えることですから。団長に任せましょう」
部隊長さんが優しい。
オレが好きなように振る舞っても、誰かに何かを言われる筋合いはないけれど、だからといってみんなに迷惑をかけたいわけじゃない。騎士団長さんの仕事を増やしちゃったから、王都に戻ったら謝りに行こう。
周りを見回すと、広い部屋の中、騎士たちはシュラフを並べて雑魚寝だ。部屋が足りないので、パーティー会場みたいな広い部屋が割り当てられている。そんな環境でも、遠征に比べれば屋根があるから雲泥の差だと笑っている。
見知った顔の隊員に呼ばれたので近寄ると、膝に抱えてなでられた。お前だけずるいぞ、と横からも手が伸びてきたけど、順番ね。オレのためにこの街への出張が延長になっちゃったわけだから、みんなを癒して回るよ。
今日はやけに背中をなでられると思っていたのが、翼が隠れていないか確認するためだと気づいたのは、ウィオのベッドの隅っこで丸くなってからだった。
「ルジェ、兄上がこの屋敷にルジェのための聖殿を建てるそうだ」
『聖殿?』
「神獣がこの地に顕現した際の住処だな」
『大きいオレの?』
「そうだ。住まないと分かっていても、作らないわけにはいかない」
『無駄な出費だよね。ごめん』
「ルジェが気にすることじゃない」
おそらく大きなオレへの貢ぎ物が集まるから、それでお金の工面はできるらしい。よかったよかった。
ウィオが丸まったオレの首筋をなでながら、笑っている。
『どうしたの?』
「いや、神獣に会わせろと言っている者たちは、ルジェが聖殿の建設費用を気にしていると知ったら、どう思うかと思って」
それこそオレが気にすることではないのだろうけど、オレは庶民なのだ。使わない建物に費やされるお金と工事の人たちの労力に、申し訳なく思ってしまう。しかも、すでに進んでいる工事を中断してまで最優先で作られるのだ。使わないからこそ、申し訳なさすぎる。
「献上品がたくさんくるだろうから、その置き場所になるだろう」
『もらうの?』
「受け取らないわけにはいかないからな。ルジェ、心配ない。教会への寄進と同じだ。見返りを求めるものじゃない」
神はそもそも貢ぎ物を受け取らない。
この場合、貢ぎ物をしたという事実が重要なのであって、それをウィオがどう使おうと問題ないらしい。見栄の張り合いってやつか。
「学園の運営費にあてるなら、文句も出ない」
『それだと、寄付したから入学させろとかって言われない?』
「この学園が中立で平等である限り守護を与える、とルジェが言ってくれただろう。特別扱いは神獣の意思に反するから、断れる」
もしかしたら常駐することになるかもしれない騎士のための費用も、そこから捻出できるそうだ。
あの宣言にそんな効果があるのか。昨日のオレ、グッジョブ。
――――――――――――
「狐っこ、いずれは翼が生えてくるのか?」
「最終的にはあれくらい大きくなるのか? 成長中なのか?」
「まだ翼がないから、つまずいたり落ちたりしてたんだな」
「たくさん食べて大きくなれよ」
『キャンキャン』
第三部隊の一部も、お兄さんのお屋敷に泊まっている。昨夜は今日からの混乱に備えて警備体制を話し合ったりしていて、同じ敷地内にいるのに会わなかったのだ。
「もうちょっと周りの影響を考えてもらえませんかね」
『キューン』
「言っても無駄なのは分かっているんですけど。人間には準備ってものが必要なんですよ」
『ごめんね。どうせバレるなら、オレは神獣じゃないってことにしたかったから』
「ヴィンセント、それくらいで」
部隊長さんが止めてくれたけど、副隊長さんの恨みがましい視線が痛い。オレ目当てに近隣諸国のお偉いさんが集まっていたところで大騒動が起きたから、警備が大変で気の休まる時間がなかったらしい。さらに今日はお兄さんに面会したい人たちの矢面に立たされ、「領主に会わせろ」と言われ続けたこともあって、まとう空気が荒んでいる。ほんとごめんって。
先にそういうことをするって聞かせてもらえていたら、警備の人員配置も考えたのにと言われ、そのとおりだと納得したので反論もできない。
謝罪と感謝の気持ちを表すために副隊長さんにすり寄ると、「そんなことではごまかされませんよ」と言いながらも、首周りをなでてくれる。オレの極上の毛並みで許してほしいな。
「狐くん、ウィオラスはどうしたの?」
『警備をどうしようかって、お兄さんと話してる』
この街は兵士を持たない予定だったけど、オレの存在が明らかになった今、街の警備隊だけでは対応できそうにない。オレ目当ての王族が来た場合、何があっても警備隊では止めることができない。今は第三部隊の隊員がその役目をしてくれているけど、いつまでもいてもらうわけにはいかない。この街として方針を決めて、王様と話し合う必要がある。
そういう難しい話を聞きながら、飽きたなあとソファでゴロゴロしていたら、ウィオに部屋を出されたのだ。
「騎士団の一部をこの街に常駐させることになるかもしれませんね」
『ごめんなさい』
「狐くんのせいではありませんよ。そういうことは人間が考えることですから。団長に任せましょう」
部隊長さんが優しい。
オレが好きなように振る舞っても、誰かに何かを言われる筋合いはないけれど、だからといってみんなに迷惑をかけたいわけじゃない。騎士団長さんの仕事を増やしちゃったから、王都に戻ったら謝りに行こう。
周りを見回すと、広い部屋の中、騎士たちはシュラフを並べて雑魚寝だ。部屋が足りないので、パーティー会場みたいな広い部屋が割り当てられている。そんな環境でも、遠征に比べれば屋根があるから雲泥の差だと笑っている。
見知った顔の隊員に呼ばれたので近寄ると、膝に抱えてなでられた。お前だけずるいぞ、と横からも手が伸びてきたけど、順番ね。オレのためにこの街への出張が延長になっちゃったわけだから、みんなを癒して回るよ。
今日はやけに背中をなでられると思っていたのが、翼が隠れていないか確認するためだと気づいたのは、ウィオのベッドの隅っこで丸くなってからだった。
「ルジェ、兄上がこの屋敷にルジェのための聖殿を建てるそうだ」
『聖殿?』
「神獣がこの地に顕現した際の住処だな」
『大きいオレの?』
「そうだ。住まないと分かっていても、作らないわけにはいかない」
『無駄な出費だよね。ごめん』
「ルジェが気にすることじゃない」
おそらく大きなオレへの貢ぎ物が集まるから、それでお金の工面はできるらしい。よかったよかった。
ウィオが丸まったオレの首筋をなでながら、笑っている。
『どうしたの?』
「いや、神獣に会わせろと言っている者たちは、ルジェが聖殿の建設費用を気にしていると知ったら、どう思うかと思って」
それこそオレが気にすることではないのだろうけど、オレは庶民なのだ。使わない建物に費やされるお金と工事の人たちの労力に、申し訳なく思ってしまう。しかも、すでに進んでいる工事を中断してまで最優先で作られるのだ。使わないからこそ、申し訳なさすぎる。
「献上品がたくさんくるだろうから、その置き場所になるだろう」
『もらうの?』
「受け取らないわけにはいかないからな。ルジェ、心配ない。教会への寄進と同じだ。見返りを求めるものじゃない」
神はそもそも貢ぎ物を受け取らない。
この場合、貢ぎ物をしたという事実が重要なのであって、それをウィオがどう使おうと問題ないらしい。見栄の張り合いってやつか。
「学園の運営費にあてるなら、文句も出ない」
『それだと、寄付したから入学させろとかって言われない?』
「この学園が中立で平等である限り守護を与える、とルジェが言ってくれただろう。特別扱いは神獣の意思に反するから、断れる」
もしかしたら常駐することになるかもしれない騎士のための費用も、そこから捻出できるそうだ。
あの宣言にそんな効果があるのか。昨日のオレ、グッジョブ。
――――――――――――
「狐っこ、いずれは翼が生えてくるのか?」
「最終的にはあれくらい大きくなるのか? 成長中なのか?」
「まだ翼がないから、つまずいたり落ちたりしてたんだな」
「たくさん食べて大きくなれよ」
『キャンキャン』
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