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番外編

9. 執事の一日 3

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 旅に出ていらっしゃったルジェ様とウィオラス様が、お戻りになりました。
 世界中の美味しいものが食べたいというルジェ様のご希望で、お二方は今年の春に意気込んで旅へと出発されましたが、冬の間はお屋敷でお過ごしになるご予定です。

 門番からの知らせを受けて、玄関へと急ぎます。あいにく現在は旦那様はじめ皆様外出なさっているため、私たち使用人のみでのお出迎えとなります。
 近々お戻りになるという手紙は受け取っておりましたので、本来でしたら予定を開けてルジェ様をお出迎えする必要がございます。ですがルジェ様はそういうことはお望みになられないだろうという旦那様のご判断で、皆様いつも通りの日々をお過ごしになっています。
 僭越ではございますが、私が代表してお迎えいたしましょう。

「お帰りなさいませ」
『執事さーん、ただいまー。執事さんに会うと、帰ってきたって感じがする!』

 それはとても光栄でございます。
 ルジェ様が馬車から飛び降りて、一目散に私の方へと駆け寄り、胸元へと飛び上がっていらっしゃいました。お二方ともお怪我もなくお元気なご様子で、心より安堵いたしました。

「シェリス、元気そうで何よりだ。変わったことはなかったか?」
「ウィオラス様、お帰りなさいませ。ありがとうございます。皆様お元気でいらっしゃいます。イリファス様がアチェ―リに赴任されました」

 ルジェ様とこの国との繋がりを他国へ示すために、ウィオラス様のすぐ上の兄君であるイリファス様は、陛下のご命令でアチェ―リ王国に赴任されています。新年にむけてご帰国なさった後は、タイロンへの配置換えがすでに決まっていると聞き及んでおります。

 お二方の留守中の出来事をウィオラス様とお話をしている間も、ルジェ様はふわふわの尻尾を振りながら、私の首に擦りついたり、頬をなめたり、せわしなく動いていらっしゃいます。私に会えて嬉しいと全身で表していらっしゃるルジェ様に、畏れ多いながらも誇らしく感じます。
 手に触れるルジェ様の毛は出発前と変わらず豊かですので、旅の間はウィオラス様が丁寧にお手入れされていたのでしょう。ですが、少しつやが足りないようにも思います。ルジェ様の毛のお手入れがまず最初に行うべきことのようですね。

『執事さん、美味しいものをたくさん持って帰ってきたから、料理してもらえる?』
「もちろんです。食材は料理場へ運ばせますので、その後料理長にご説明をお願いできますか?」
『キャン!』

 ルジェ様が張り切ってお返事をなさいました。ルジェ様は、美味しいもののためなら、多少の労力は惜しまれません。
 美味しいものを召し上がるための旅行からお戻りになっても、こうしてこのお屋敷のお食事も楽しみにしていただけるとは、料理場のものたちも喜ぶでしょう。
 ですがまずは、ルジェ様のお風呂ですね。このまま風呂場へと向かいましょう。


『ウィオも旅の間にとっても上手になったけど、やっぱり執事さんのお風呂は気持ちいいねえ』
「恐れ入ります。少し毛の潤いが不足しているようですが、乾燥した地域にいらっしゃいましたか?」
『あー、マトゥオーソのフェゴに近いところは乾燥してたかも』
「最後に少しオイルを入れますが、新しく用意いたしましたこちらの香りはいかがですか?」
『あれ? もしかして、幻の果物?』

 ルジェ様がお戻りになるという手紙が届いてまず行ったことは、ルジェ様のお手入れのための石鹸やオイルの入手でした。いつもの商会に何か特別なものをと注文し、提案されたものの中から吟味して作成させたのが今回のオイルです。なかなか市場に出回らないために幻の果実と言われるレリアの実が多く収穫されたそうで、その果実の皮をつけたオイルが手に入りましたので、香りづけにほんの少し加えています。嗅覚の鋭いルジェ様のために、たとえ少しであっても、お気に召さない香りは混ぜないように気を付けなければなりません。

「ご存じでしたか。今年冒険者によって収穫されたということでしたが」
『うん、オレたちが採ったよ。凍らせて持って帰ってきてるから、みんなで食べようね!』

 なんと、レリアの実を収穫されたのは、ルジェ様とウィオラス様でしたか。ルジェ様でしたら幻の果物も簡単にお探しになれるのかもしれませんね。
 みんなで食べようとおっしゃってくださるそのお気持ちだけで、感無量でございます。本来であればこうして触ることすらはばかられる尊い御方ですのに、分け隔てなく皆に接してくださいます。本当に有難いことです。

「このオイルの香りはいかがですか?」
『いいねえ。ウィオと森でもぎたてを食べたんだけど、すごく美味しかったんだ。そのときのことを思い出す、幸せな香りだよ』

 聞いている私も幸せを分けていただけるほどに、ルジェ様のお声が弾んでいらっしゃいます。とても良い時間を過ごされたようで、よろしゅうございました。
 お持ち帰りいただいたレリアの実の皮で、ルジェ様とウィオラス様のために石鹸を作らせましょう。その幸せな気持ちを折にふれて思い出される際の手助けとなることでしょう。

 ルジェ様の尻尾はふわふわになり、納得のいく仕上がりとなりました。
 お風呂の間にお身体を触らせていただきましたが、首回りの変化は見られませんでしたので、スカーフのサイズ変更は不要です。
 ルジェ様がいらっしゃらないあいだも、奥様がルジェ様のためのスカーフをご準備されていましたので、明日はお時間をいただいて、スカーフの微調整をいたしましょう。

「綺麗にしてもらえたな」
『ねえウィオ、オレの香りどう?』
「これは、レリアか?」
『当たり! オレたちが採ったのが、アロマオイルになってるんだって』

 ウィオラス様の肩に乗って甘えていらっしゃるルジェ様の香りをかいで、ウィオラス様が香りの正体を当てられました。
 また探しに行こうとおふたりで話していらっしゃる様は、まさに相棒と申し上げるのがぴったりです。もともと仲の良ろしかったお二方ですが、出発前よりもその絆は強くなっていらっしゃるようです。

『果物はみんなが揃うときに解凍して食べようね』
「イリファス兄上は新年になるぞ」
『じゃあ、新年のお祝いにちょうどいいんじゃない?』

 ルジェ様とウィオラス様がお送りくださったテーフォールの羽根を使ったドレスのお披露目もございますし、新年はとても賑やかなものになりそうです。


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【宣伝】
 「冒険者編」と「精霊のいとし子編」の間の食い倒れツアーのお話を、「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」として連載中です。
 ルジェがただ美味しいものを食べたいと騒いでいるだけの、特に何も起きないお話ですが、よろしければお付き合いください。
 旅先でのお話ですので、本編のルジェとウィオラス以外の人たちは出てきません。
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