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番外編
6. 執事の一日(後)
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お昼を過ぎて、御用達の商会の訪問を受けました。
「質の良い花の香油が手に入りましたので、お持ちしました。どうぞお試しください」
花の香油は奥様方の御髪にも使いますが、ルジェ様のための石鹸を作る際にも用います。
これはルジェ様のお好みの香りですね。
「この香油を使用して、いつもの石鹸をいつものように少しだけ香り付けして作成してください」
「畏まりました。10日後にお持ちいたします」
ルジェ様の石鹸は、全ての材料が最高級品です。本来でしたら王族しか手にすることが叶わない材料も、陛下のご許可をいただいて使用しています。
商会はこの石鹸がどなたに使われているのか訝しんでいるでしょうが、それを詮索するような商会であれば御用達にはなれません。
10日後には良い品が届くでしょう。ルジェ様に気に入っていただけるといいのですが。
商談が終わるとすぐに使用人に呼ばれ、庭へと駆けつけると、ルジェ様と坊ちゃま方が庭の一角で遊んでいらっしゃいました。
ルジェ様がすっぽり入ってしまうほどの穴を掘っていらっしゃいますが、そこは先週庭師が花の種を植えたところですね。
せっかくの豊かな銀の毛並みが、泥で汚れてしまっています。
『ごめんなさい……』
「ルジェ様、お楽しみになられたようですね」
「しつじ、ルジェは、はんせいしているから、おこらないで」
ああもう、お耳も伏せてしゅんとなった様もまた大変お可愛らしい。
ですがルジェ様は何をなされてもよろしいのですから、そのように申し訳なさそうになさる必要はありません。まるで私が咎めているように見えるではありませんか。
それに坊ちゃま、ルジェ様の責任のようにおっしゃいますが、坊ちゃま方が最初に穴掘りを始められたことは報告を受けておりますよ。後ほど教育係からご指導させていただきますのでお待ちくださいね。
「お風呂の準備を。坊ちゃまをお願いします。私はルジェ様を」
ルジェ様を抱き上げると、怒らないでという風に私の顔を見つめていらっしゃるのですが、ご自分が可愛いということを最大限に利用されるそのあざとさもまた、お可愛らしい。
ルジェ様をお風呂へとお連れしていると、廊下の向こうからウィオラス様がいらっしゃいました。
「ルジェ、また穴掘りしたのか」
『えへ。ちょっとやり過ぎちゃった。楽しかったんだもん』
「シェリス、いつもすまないな」
もったいないお言葉です。
ルジェ様のお世話をさせていただけるなど、これ以上の誉れはございませんので、どうぞお気になさらずに。
お湯で濡らした後に石鹸を泡立てて毛を洗い、ゆっくりと泡を流していくと、とても綺麗な銀色の毛並みに戻ります。
風魔法を弱く当てて乾かし、丁寧にブラッシングをすると、いつものふわふわのルジェ様の完成です。
『執事さん、ありがとう。執事さんとお揃いのスカーフがいいな』
「畏れいります」
ルジェ様のスカーフは奥様が用意された多種多様の物があります。ウィオラス様のマントとお揃いであったり、ウィオラス様の正装とお揃いであったり、ルジェ様はお揃いを好まれます。
今日は私とのお揃いをご希望とことで、私のシンプルなネクタイによく似たデザインのスカーフをお付けいたしましょう。
『ウィオ、見て見て、執事さんとお揃い』
「執事の仕事をするのか?」
『旦那様、お茶のおかわりはいかがですか?』
「もらおう」
ルジェ様とウィオラス様は大変仲が宜しくていらっしゃいます。このような戯れで遊ばれることもしばしばお見かけします。
ウィオラス様はあまり表情を変えられず旦那様や奥様とも儀礼的な会話しかされていませんでしたが、ルジェ様の加護を受けられてからは表情豊かになられ、とても愛情深く坊ちゃま方を見守っていらっしゃいます。
旦那様がそんなウィオラス様をご覧になって、「ウィオラスは実はとても情の深い子だったんだね」と少し寂しそうなお声でおっしゃった時には、胸に迫るものがありました。
ウィオラス様はずっと、ご自身のお心を凍らせていらっしゃったのかもしれません。それをルジェ様が融かしてくださったのでしょう。
夜には、旦那様がお帰りになるのを玄関で迎えます。
奥様は夜会にご出席されているので、いらっしゃいません。本来でしたら旦那様がエスコートすべきところですが、お仕事が終わらないのでは仕方がありません。
「変わったことはあったか?」
「ルジェ様が庭の花壇を掘り返されました」
「そうか。ルジェくん用の砂場を作るべきかな」
ルジェ様が心置きなく掘り返すことのできる場所をご用意していなかったのは私の落ち度です。早々に手配いたしましょう。
そこに旦那様のお帰りを聞きつけたルジェ様がいらっしゃいました。
ルジェ様のぴんと立ったお耳には、屋敷で発生する全ての音が聞こえていらっしゃるようです。
『旦那様、お帰りなさいませ』
「ルジェくん、どうしたの」
旦那様の腕に跳び上がったルジェ様を、可愛くて仕方がないという表情で旦那様が抱いていらっしゃいます。
『執事さんとお揃いだから、今日は執事なの』
「父上、お帰りなさい」
「ウィオラス、ただいま」
ルジェ様を撫でながら今日は何をしていたのだとウィオラス様にお尋ねになる旦那様の表情がとても柔らかく、それにお答えになるウィオラス様も笑顔でいらっしゃいます。
ルジェ様がいらっしゃってから、お屋敷がとても明るくなりました。
それこそが、ルジェ様がこのお屋敷にくださった祝福なのでしょう。
後日、坊ちゃまが旦那様にお見せになった学校に提出なさるご予定の作文には、私がルジェ様をお叱りしているように記されていましたが、濡れ衣にございます。
「質の良い花の香油が手に入りましたので、お持ちしました。どうぞお試しください」
花の香油は奥様方の御髪にも使いますが、ルジェ様のための石鹸を作る際にも用います。
これはルジェ様のお好みの香りですね。
「この香油を使用して、いつもの石鹸をいつものように少しだけ香り付けして作成してください」
「畏まりました。10日後にお持ちいたします」
ルジェ様の石鹸は、全ての材料が最高級品です。本来でしたら王族しか手にすることが叶わない材料も、陛下のご許可をいただいて使用しています。
商会はこの石鹸がどなたに使われているのか訝しんでいるでしょうが、それを詮索するような商会であれば御用達にはなれません。
10日後には良い品が届くでしょう。ルジェ様に気に入っていただけるといいのですが。
商談が終わるとすぐに使用人に呼ばれ、庭へと駆けつけると、ルジェ様と坊ちゃま方が庭の一角で遊んでいらっしゃいました。
ルジェ様がすっぽり入ってしまうほどの穴を掘っていらっしゃいますが、そこは先週庭師が花の種を植えたところですね。
せっかくの豊かな銀の毛並みが、泥で汚れてしまっています。
『ごめんなさい……』
「ルジェ様、お楽しみになられたようですね」
「しつじ、ルジェは、はんせいしているから、おこらないで」
ああもう、お耳も伏せてしゅんとなった様もまた大変お可愛らしい。
ですがルジェ様は何をなされてもよろしいのですから、そのように申し訳なさそうになさる必要はありません。まるで私が咎めているように見えるではありませんか。
それに坊ちゃま、ルジェ様の責任のようにおっしゃいますが、坊ちゃま方が最初に穴掘りを始められたことは報告を受けておりますよ。後ほど教育係からご指導させていただきますのでお待ちくださいね。
「お風呂の準備を。坊ちゃまをお願いします。私はルジェ様を」
ルジェ様を抱き上げると、怒らないでという風に私の顔を見つめていらっしゃるのですが、ご自分が可愛いということを最大限に利用されるそのあざとさもまた、お可愛らしい。
ルジェ様をお風呂へとお連れしていると、廊下の向こうからウィオラス様がいらっしゃいました。
「ルジェ、また穴掘りしたのか」
『えへ。ちょっとやり過ぎちゃった。楽しかったんだもん』
「シェリス、いつもすまないな」
もったいないお言葉です。
ルジェ様のお世話をさせていただけるなど、これ以上の誉れはございませんので、どうぞお気になさらずに。
お湯で濡らした後に石鹸を泡立てて毛を洗い、ゆっくりと泡を流していくと、とても綺麗な銀色の毛並みに戻ります。
風魔法を弱く当てて乾かし、丁寧にブラッシングをすると、いつものふわふわのルジェ様の完成です。
『執事さん、ありがとう。執事さんとお揃いのスカーフがいいな』
「畏れいります」
ルジェ様のスカーフは奥様が用意された多種多様の物があります。ウィオラス様のマントとお揃いであったり、ウィオラス様の正装とお揃いであったり、ルジェ様はお揃いを好まれます。
今日は私とのお揃いをご希望とことで、私のシンプルなネクタイによく似たデザインのスカーフをお付けいたしましょう。
『ウィオ、見て見て、執事さんとお揃い』
「執事の仕事をするのか?」
『旦那様、お茶のおかわりはいかがですか?』
「もらおう」
ルジェ様とウィオラス様は大変仲が宜しくていらっしゃいます。このような戯れで遊ばれることもしばしばお見かけします。
ウィオラス様はあまり表情を変えられず旦那様や奥様とも儀礼的な会話しかされていませんでしたが、ルジェ様の加護を受けられてからは表情豊かになられ、とても愛情深く坊ちゃま方を見守っていらっしゃいます。
旦那様がそんなウィオラス様をご覧になって、「ウィオラスは実はとても情の深い子だったんだね」と少し寂しそうなお声でおっしゃった時には、胸に迫るものがありました。
ウィオラス様はずっと、ご自身のお心を凍らせていらっしゃったのかもしれません。それをルジェ様が融かしてくださったのでしょう。
夜には、旦那様がお帰りになるのを玄関で迎えます。
奥様は夜会にご出席されているので、いらっしゃいません。本来でしたら旦那様がエスコートすべきところですが、お仕事が終わらないのでは仕方がありません。
「変わったことはあったか?」
「ルジェ様が庭の花壇を掘り返されました」
「そうか。ルジェくん用の砂場を作るべきかな」
ルジェ様が心置きなく掘り返すことのできる場所をご用意していなかったのは私の落ち度です。早々に手配いたしましょう。
そこに旦那様のお帰りを聞きつけたルジェ様がいらっしゃいました。
ルジェ様のぴんと立ったお耳には、屋敷で発生する全ての音が聞こえていらっしゃるようです。
『旦那様、お帰りなさいませ』
「ルジェくん、どうしたの」
旦那様の腕に跳び上がったルジェ様を、可愛くて仕方がないという表情で旦那様が抱いていらっしゃいます。
『執事さんとお揃いだから、今日は執事なの』
「父上、お帰りなさい」
「ウィオラス、ただいま」
ルジェ様を撫でながら今日は何をしていたのだとウィオラス様にお尋ねになる旦那様の表情がとても柔らかく、それにお答えになるウィオラス様も笑顔でいらっしゃいます。
ルジェ様がいらっしゃってから、お屋敷がとても明るくなりました。
それこそが、ルジェ様がこのお屋敷にくださった祝福なのでしょう。
後日、坊ちゃまが旦那様にお見せになった学校に提出なさるご予定の作文には、私がルジェ様をお叱りしているように記されていましたが、濡れ衣にございます。
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