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精霊の愛し子編
6. 夜の冒険
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「ルジェ?」
『火の子と弟くんが部屋を抜け出したから行ってくる』
「私も」
『明日の朝迎えに来て』
あの後、オレの魔法で子どもたちを寝かせ、大人たちは明日の出発のために大急ぎで準備をしている。
オレたちはもともと旅をしているからそんなに準備はいらないけど、火の子の準備が必要だ。旅の間だけでなく、火の子に持たせてあげたいものもあるだろう。
料理場からは、日持ちのする食事をもたせようとしているのだろう、今も料理している音がオレの耳には聞こえる。
そんな中、弟くんが火の子の部屋に忍び込んで、一緒に部屋を抜け出した。お屋敷中がバタバタしているので、ちょうど使用人がいない隙だった。眠りの魔法をごくごく浅くかけたのが裏目に出た。五歳ではまだこのお屋敷を出られるとは思えないから、どこかに隠れるのだろう。
執事さんの居場所を探すと、もう深夜にもかかわらずお兄さんたちと荷造りをしていた。
部屋の扉をカリカリすると、執事さんが開けてくれた。
『火の子と弟くんが部屋を抜け出したから知らせておこうと思って』
「あの子たちはどこに」
『オレの居場所はウィオが分かるから、明日の朝迎えに来てね』
弟くんは、窓から庭に出て、庭の奥にある作業小屋に入った。万が一何かで怪我をしてはいけないので急いで合流しなきゃ。お兄さんたちへの説明もそこそこに、部屋を出で走り小屋の中に入ると、二人は物陰にいた。
「おじうえのきつねだ。ここはないしょだから、あっちにいって」
『クーン』
物陰でくっついている二人にオレもひっつき、二人の周りを温かくする。秋とはいえ、夜は肌寒い。手をなめていると、オレで暖をとるように、二人の間に抱き込まれた。
「あたたかい」
「このままここにいよう。そうしたら、きょうかいにはいかなくてすむよ」
そう言ってオレを真ん中に向き合って横になった兄弟は、いつもは眠っている時間なのもあって、すぐに眠りについた。
どうか優しい夢が訪れますように。最後の夜が悲しいものでありませんように。
人が近づいてくる音で目が覚めた。朝だ。
二人は気持ちよさそうに寝ているので起こすべきか迷っているうちに、ウィオが入ってきた。
起きなさい、とウィオが起こすが起きない。二人とも大物だな。
ぺろぺろ頬をなめていると、嫌がって弟くんが起きた。
「やめてよ」
『キャン』
「朝だ。起きなさい」
「は、え、なんで。きつね、うらぎったな」
「私の使役獣だ。居場所は分かる」
ウィオ、子どもに正論言っても分からないと思うよ。話し声に火の子が起きたので寄り添うと、抱き着いてきた。いつもの勝気な態度はなりを潜めているが、この子も心細いんだろう。
「リュカはきょうかいにいかせない」
「では二人でどうやって生きていくんだ。まず朝食をどうやって手に入れるつもりだ」
「それは、なんとかして」
「弟を守ろうとする勇気は買うが、できないことはやめなさい。守りたいなら強くなりなさい」
うつむいてしまった弟くんの頭をひとなでして、ウィオは火の子に向き合った。
「私も子どものころによく周りを凍らせたが、氷はそこまで危険ではなかったからこの屋敷で育ててもらえた。けれど火は人を傷つける。大切な人を傷つけないために、教会で使い方を学びなさい」
火の子は、ウィオの言うことは理解できてはないだろうけど、小さくうなずいた。弟くんに付き合ってきたけど、本当はもうここにはいられないと分かっているのだろう。その物わかりのよさが、悲しい。
ウィオが火の子の頭をなでて、二人を立たせ、小屋の外へと促す。
弟くんが火の子の手を引いて小屋の外に出ると、お兄さんとお義姉さんが待っていた。ごめんなさい、と小さく謝った弟くんと、弟くんの手をぎゅっと握っている火の子を二人が抱きしめる。さあ、お風呂に入って、朝ご飯を食べましょう、と涙を浮かべながら笑顔で言ったお義姉さんとお兄さんに手を引かれて建物の中へ入っていくのを、ウィオと見守っていた。
『ウィオ、大丈夫?』
「ああ。私は家族に守られていたんだな」
『伝えてあげるとみんな喜ぶよ』
「そうだな」
言葉数の少ないウィオのことだ。きっと今までに伝えたことなどないだろう。
子どもたち二人が準備できるのを待って、全員で朝ご飯を食べた。
お姉ちゃんは二人が夜の冒険に自分を誘ってくれなかったことに不機嫌になりながら、火の子の世話をあれこれとやいていた。
昨日から夜通ししていた旅の支度ができたので、昼前には出発だ。
玄関前、たくさんの荷物が積み込まれた馬車に乗り込もうとする火の子とウィオを、みんなが見守っている。
最後まで、何とかならないのか、明日でもいいんじゃないか、と言っていたお姉ちゃんも、今は黙って見送りに加わっている。
「ウィオラス、リュカを、息子を頼む」
そう言って頭を下げたお兄さんにウィオが近寄り、肩に手を当てて頭をあげさせた。
「兄上、子どものころ兄上がかばってくださったのを今でも覚えています。兄上や義姉上の想いはリュカの支えになるでしょう。私がそうだったように」
ウィオのその言葉に、お兄さんはちょっと目を見張った後、泣き笑いのような顔で、それはよかったと小さくつぶやいた。
後ろでお父さんとお母さんが感極まっているのが見えるけど、みんなの愛情はちゃんとウィオに伝わっているから。きっと火の子も大丈夫だよ。
ウィオは馬車の御者台に乗り、火の子を自分の横に座らせた。オレはその横だ。
トゥレボルまでは侯爵家の馬車を出すという申し出は、ウィオが断った。公爵家と事を構えるつもりがないなら、冒険者のウィオだけで連れていったほうがいい。
ウィオに子どもの世話ができるのかと心配するお母さんたちには、オレがいるから病気にはならないということで納得してもらった。野営は無しで、必ず街に泊まることと厳命されている。ウィオも冒険者としていろいろな経験をしているけど、子どもの世話はしたことないから、お母さんたちの不安は分かる。乗合馬車で行くと言う案もあったけど、ウィオと火の子にオレまでいては目立ちすぎるので没になった。
見送りの言葉を聞いても一言も発さなかった火の子は、馬車が見えなくなるまで手を振るみんなを御者台からじっと見ていた。
みんなが泣いているのが聞こえる。
うん、やっぱり公爵家は許せないね。
『火の子と弟くんが部屋を抜け出したから行ってくる』
「私も」
『明日の朝迎えに来て』
あの後、オレの魔法で子どもたちを寝かせ、大人たちは明日の出発のために大急ぎで準備をしている。
オレたちはもともと旅をしているからそんなに準備はいらないけど、火の子の準備が必要だ。旅の間だけでなく、火の子に持たせてあげたいものもあるだろう。
料理場からは、日持ちのする食事をもたせようとしているのだろう、今も料理している音がオレの耳には聞こえる。
そんな中、弟くんが火の子の部屋に忍び込んで、一緒に部屋を抜け出した。お屋敷中がバタバタしているので、ちょうど使用人がいない隙だった。眠りの魔法をごくごく浅くかけたのが裏目に出た。五歳ではまだこのお屋敷を出られるとは思えないから、どこかに隠れるのだろう。
執事さんの居場所を探すと、もう深夜にもかかわらずお兄さんたちと荷造りをしていた。
部屋の扉をカリカリすると、執事さんが開けてくれた。
『火の子と弟くんが部屋を抜け出したから知らせておこうと思って』
「あの子たちはどこに」
『オレの居場所はウィオが分かるから、明日の朝迎えに来てね』
弟くんは、窓から庭に出て、庭の奥にある作業小屋に入った。万が一何かで怪我をしてはいけないので急いで合流しなきゃ。お兄さんたちへの説明もそこそこに、部屋を出で走り小屋の中に入ると、二人は物陰にいた。
「おじうえのきつねだ。ここはないしょだから、あっちにいって」
『クーン』
物陰でくっついている二人にオレもひっつき、二人の周りを温かくする。秋とはいえ、夜は肌寒い。手をなめていると、オレで暖をとるように、二人の間に抱き込まれた。
「あたたかい」
「このままここにいよう。そうしたら、きょうかいにはいかなくてすむよ」
そう言ってオレを真ん中に向き合って横になった兄弟は、いつもは眠っている時間なのもあって、すぐに眠りについた。
どうか優しい夢が訪れますように。最後の夜が悲しいものでありませんように。
人が近づいてくる音で目が覚めた。朝だ。
二人は気持ちよさそうに寝ているので起こすべきか迷っているうちに、ウィオが入ってきた。
起きなさい、とウィオが起こすが起きない。二人とも大物だな。
ぺろぺろ頬をなめていると、嫌がって弟くんが起きた。
「やめてよ」
『キャン』
「朝だ。起きなさい」
「は、え、なんで。きつね、うらぎったな」
「私の使役獣だ。居場所は分かる」
ウィオ、子どもに正論言っても分からないと思うよ。話し声に火の子が起きたので寄り添うと、抱き着いてきた。いつもの勝気な態度はなりを潜めているが、この子も心細いんだろう。
「リュカはきょうかいにいかせない」
「では二人でどうやって生きていくんだ。まず朝食をどうやって手に入れるつもりだ」
「それは、なんとかして」
「弟を守ろうとする勇気は買うが、できないことはやめなさい。守りたいなら強くなりなさい」
うつむいてしまった弟くんの頭をひとなでして、ウィオは火の子に向き合った。
「私も子どものころによく周りを凍らせたが、氷はそこまで危険ではなかったからこの屋敷で育ててもらえた。けれど火は人を傷つける。大切な人を傷つけないために、教会で使い方を学びなさい」
火の子は、ウィオの言うことは理解できてはないだろうけど、小さくうなずいた。弟くんに付き合ってきたけど、本当はもうここにはいられないと分かっているのだろう。その物わかりのよさが、悲しい。
ウィオが火の子の頭をなでて、二人を立たせ、小屋の外へと促す。
弟くんが火の子の手を引いて小屋の外に出ると、お兄さんとお義姉さんが待っていた。ごめんなさい、と小さく謝った弟くんと、弟くんの手をぎゅっと握っている火の子を二人が抱きしめる。さあ、お風呂に入って、朝ご飯を食べましょう、と涙を浮かべながら笑顔で言ったお義姉さんとお兄さんに手を引かれて建物の中へ入っていくのを、ウィオと見守っていた。
『ウィオ、大丈夫?』
「ああ。私は家族に守られていたんだな」
『伝えてあげるとみんな喜ぶよ』
「そうだな」
言葉数の少ないウィオのことだ。きっと今までに伝えたことなどないだろう。
子どもたち二人が準備できるのを待って、全員で朝ご飯を食べた。
お姉ちゃんは二人が夜の冒険に自分を誘ってくれなかったことに不機嫌になりながら、火の子の世話をあれこれとやいていた。
昨日から夜通ししていた旅の支度ができたので、昼前には出発だ。
玄関前、たくさんの荷物が積み込まれた馬車に乗り込もうとする火の子とウィオを、みんなが見守っている。
最後まで、何とかならないのか、明日でもいいんじゃないか、と言っていたお姉ちゃんも、今は黙って見送りに加わっている。
「ウィオラス、リュカを、息子を頼む」
そう言って頭を下げたお兄さんにウィオが近寄り、肩に手を当てて頭をあげさせた。
「兄上、子どものころ兄上がかばってくださったのを今でも覚えています。兄上や義姉上の想いはリュカの支えになるでしょう。私がそうだったように」
ウィオのその言葉に、お兄さんはちょっと目を見張った後、泣き笑いのような顔で、それはよかったと小さくつぶやいた。
後ろでお父さんとお母さんが感極まっているのが見えるけど、みんなの愛情はちゃんとウィオに伝わっているから。きっと火の子も大丈夫だよ。
ウィオは馬車の御者台に乗り、火の子を自分の横に座らせた。オレはその横だ。
トゥレボルまでは侯爵家の馬車を出すという申し出は、ウィオが断った。公爵家と事を構えるつもりがないなら、冒険者のウィオだけで連れていったほうがいい。
ウィオに子どもの世話ができるのかと心配するお母さんたちには、オレがいるから病気にはならないということで納得してもらった。野営は無しで、必ず街に泊まることと厳命されている。ウィオも冒険者としていろいろな経験をしているけど、子どもの世話はしたことないから、お母さんたちの不安は分かる。乗合馬車で行くと言う案もあったけど、ウィオと火の子にオレまでいては目立ちすぎるので没になった。
見送りの言葉を聞いても一言も発さなかった火の子は、馬車が見えなくなるまで手を振るみんなを御者台からじっと見ていた。
みんなが泣いているのが聞こえる。
うん、やっぱり公爵家は許せないね。
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