上 下
74 / 89
7章 クインス再訪編

6. 屋台

しおりを挟む
 翌日は4日に1日の休みの日なので、理沙は起きずにゆっくりと眠っている。
 私は目が覚めたけど、年齢のせいじゃなく習慣だからよ。
 理沙が寝ている間にターシャちゃんと話をしたいとロニアにお願いしたら、作戦会議に使っている部屋に案内された。

「昨日の夜はあの後眠れましたか?」
「あまり。ちょっと理沙が考えこんじゃったみたいで」

 あの騒動でも部屋に来なかったターシャちゃんは何をしていたのかと思ったら、夜行性の魔物の観察に行こうとして止められていたそうだ。ターシャちゃんの護衛の人の苦労が偲ばれるわ。
 目的のためなら脇目もふらずに突き進む。理沙もこれくらい我が道を行けばいいのに。

「クインスは、どこが残っていると言ってきているか知ってる?」
「トルゴードとの国境近くと王都の近くと聞いています」
「……後は王都の近くだけって言われていたのよ」

 理沙を北の森の危険なところに近づけたくなかったのか、国境に近づけたくなかったのか。

「今更で本当に申し訳ないのだけど、王都行きはなしで、現地の人と接触しないようにってできるかしら」
「出来ますが、クインス行きそのものを中止したほうがいいのでは?」
「クインスの浄化を途中で放棄したことに責任を感じているから、行きたいみたいなの。でも無理そうなら連れて帰るとは言ってある」
「来るのが遅いと言われた件ですね」

 あの後、理沙は心のバランスを崩してしまったし、トラウマになってしまったのだろう。
 理沙が起きたら、ターシャちゃんから理沙の意志を確認してくれるようにお願いした。
 実際に浄化するのは理沙なのだから、私が勝手に決めてしまう訳にはいかない。

「理沙にはこの世界の人の命に何の責任もないのに」
「理沙さんが、私は聖女なんだからみんな私の言うことを聞きなさい、というタイプならよかったんでしょうね」

 そうよね。この状況を楽しんで、それこそ王子様で推しグループを作ってキャッキャできる性格なら、ここまで悩んだり傷ついたりしなかったでしょうね。

「ターシャちゃんならどうする?」
「我の前にひれ伏せ、と一度は言ってみたいですね」

 真正の女王様がいた。
 でもターシャちゃんはあまり人に興味がなさそうだから、言うだけ言ったら満足しそうね。女王様とは違うかしら。

「政子さんはどうしますか?」
「そんなの、逃亡一択よ」

 責任ある立場になんてなりたくないわ。
 私にそんな能力やカリスマ性がないことは嫌というほど分かってるから、その他大勢でいたいの。


 北の森の砦での浄化は無事に終わり、街へと戻ってきた。
 砦を出るときは、砦に常駐している騎士たちの盛大なお見送りがあった。「聖女様ー、ありがとうございましたー!」「また来てくださいねー!」と賑やかな声に、理沙も嬉しそうだった。
 結局途中で街に帰ることもなくずっと砦にいたので、出迎えの賑やかさも、見送りの盛大さも、今はその気持ちがなんとなく理解できるような気がする。
 あの砦では常に緊張を強いられて、娯楽がない。だから非日常をイベントとして楽しんでいるのだろう。

 少しここでゆっくりしてから、クインスへと向かう。
 その途中に国内で浄化する予定のところはいくつかあるけど、街道から大きくは外れない。それで国内は終わりだ。

 私たちがこの街で休んでいる間に、クインスでの浄化の場所について、クインス側の人と決めてくれるそうだ。瘴気を感じるシーダ君をつれて、ジェン君がすでに国境へ向かっているらしい。

「理沙さん、もしよければ庭に出ませんか?」
「いいですけど」

 ターシャちゃんが呼びに来たのだけど、何だろう。
 特に予定もないので、庭でお茶でもするのかなと思ってついていくと、いつもは訓練場として使われているという広場に、屋台が出ていた。
 顔を隠すようにベールをかけられたのは、このためか。

「街へは出ていただけないので、気分転換に」
「え、屋台呼んじゃったんですか?」
「はい。実際街に出ている屋台ですよ。今日のお昼は屋台のものというのはいかがですか?」
「いいですね!」

 理沙が乗り気だ。
 でも、実際の屋台ということは、今の街中の屋台はところどころ歯抜けになってるってことよね。住民の皆さんごめんなさい。

「ねえお母さん、これ、お好み焼き?」
「似てるわね」
「店主、これは中に何が入っていますか?」
「は、はい!や、野菜と肉が、入ってます」

 ターシャちゃんが聞いてくれたけど、見た目はクレープのような生地で具を巻いたラッピングサンドイッチみたいな感じだ。野菜と肉は見ればわかるから、できればその種類を教えてほしかったんだけど、突然聖女様が目の前に来て緊張しているから無理そうね。

 広場の隅には机も出ていて、そこで食べるようにしてくれているので、食べたいものをもらって、机へと運ぶ。
 私たちだけだと食べにくいなあと思っていたら、私たちが取り終わって座ったところで、非番の護衛の騎士たちが屋台へと散っていく。
 間に騎士もいるし、屋台からは遠いので、ベールは取っても顔は分からないだろう。
 ちょっとしたお祭りっぽい雰囲気がしていて、ワクワクする。

「理沙、お肉が多いわね」
「そんなつもりはなかったんだけど、並べてみたら多かった。やっぱり屋台って匂いで惹かれるから」
「屋台で匂いって言うとイカ焼きね。食べたくなったわ」
「ターシャさん、お醤油開発してください」
「農学部の友人がいてくれれば、適した豆と菌を探して作ってくれるんですが」

 ターシャちゃんのお友達ってやっぱり研究一筋の人たちばっかりなのかしら。
しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。 レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。 そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。 そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。 王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。 「隊長~勉強頑張っているか~?」 「ひひひ……差し入れのお菓子です」 「あ、クッキー!!」 「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」 第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。 そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。 ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。 *小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

聖女のおまけです。

三月べに
恋愛
【令嬢はまったりをご所望。とクロスオーバーします。】  異世界に行きたい願いが叶った。それは夢にも思わない形で。  花奈(はな)は聖女として召喚された美少女の巻き添えになった。念願の願いが叶った花奈は、おまけでも気にしなかった。巻き添えの代償で真っ白な容姿になってしまったせいで周囲には気の毒で儚げな女性と認識されたが、花奈は元気溌剌だった!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと

Yapa
ファンタジー
ルーネ・ゼファニヤは公爵家の三女だが体が弱く、貧乏くじを押し付けられるように元戦奴で英雄の新米辺境伯ムソン・ペリシテに嫁ぐことに。 寒い地域であることが弱い体にたたり早逝してしまうが、ルーネは初夜に死に戻る。 もしもやり直せるなら、ルーネはしたいことがあったのだった。

『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月

りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。 1話だいたい1500字くらいを想定してます。 1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。 更新は不定期。 完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。 恋愛とファンタジーの中間のような話です。 主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。

処理中です...