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3章 トルゴード編

4. 後輩のために

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 クインスからトルゴードに入って最初に泊まった街から王都への道沿いで、浄化をしながら、王都に向かっている。
 クインスで「北の森」と呼ばれていた森がトルゴードにも続いていて、こちらでも「北の森」と呼ばれている。正式名称は別にあるらしいけど、みんな北の森と呼ぶそうだ。
 その北の森の近くの街は、今回の行程には入っていない。
 なるべく効率よく周るにはどうすればいいか、ジェン君が1日で考えてくれて、地図を見ながら説明してくれた。

「いま私たちがいるのがここです。ここから王都へはこの街道を通っていきます。北の森の近くはこのルートと、こちらのルートで2回、その3回で主要な街を周るように予定を組んでみました」
「全部でどれくらいかかりますか?」
「どれくらい休憩をとるかにもよりますが、1年はかかりません」

 よーし、頑張るぞー、と理沙がやる気になっている。
 1年という具体的な期間が見えて、目標ができたのだろう。

「過去にはクインスから周辺の国へ派遣されていたようですが、トルゴード以外に行ったほうがいい国ってありますか?」
「派遣の要請は来るかもしれませんが、聖女様が希望されない限り応じる必要はありませんよ」
「聖女の仕事はさっさと終わらせたいんです」
「そのご要望は王都に伝えておきましょう」

 理沙は夏休みの宿題を最初に全部終わらせるタイプだったのかな。
 祐也はどんなに言っても8月後半まで寝かせておいて最後に慌てて終わらせていた。
 ターシャちゃんはきっとこの日はこれと計画を立ててきっちりその通りに進めていくタイプだろう。


 トルゴードでの初めての浄化の日、理沙の周りには多くの騎士が警戒に当たっている。
 ターシャちゃんと私も、理沙から少し離れたところで見ているが、私たちのそばにもジェン君だけでなく、護衛の騎士がいる。そしてみんなイケメン。

「ねえ、騎士ってイケメンじゃないとなれないの?」
「そういう条件はありませんが、王族を守る護衛騎士は見目もよい人が選ばれると聞きます。理沙さんの周りにはそういう人が配置されているのでしょう」
「なるほど。女性騎士さんも、みんなかっこいいわよねえ」
「ええ。彼女たちの正装はとても麗しいですよ」

 のんきに世間話をしている私たちに、ジェン君から呆れた視線を送られてきた。この国の人には初めての浄化でも、私にはもう見慣れた光景だ。浄化で理沙に危険がないことは分かっているし、もし魔物が出てもそもそも私にできることはないのだ。
 そのうちに、理沙の準備が整った。

 いつものように地面に跪き、手を組んで祈ると、光が周囲へと広がっていく。
 それは私には慣れた光景だったけど、トルゴードでは初めてだ。周りの騎士たちから小さな歓声が上がった。
 理沙はそんな周りの反応にも慣れているので、立ち上がってすぐに私たちのところへと寄ってきた。

「ターシャさん、何か分かりました?」
「そうですね。聖女の祈りを聖女以外が再現するのは無理だということが分かりました」

 それって最初から分かっていたんじゃないの?と思ったけど、ターシャちゃん的には違うらしい。
 どんなものか見なければ判断できないから確実に無理だとは言えなかったのが、確実に無理だと分かったということだけど、うん、分からない。
 理沙も首をかしげているし、旦那さんであるジェン君を見てもやっぱり分からないという顔をしているから、私だけが分からなかった訳じゃなかった。
 とりあえずターシャちゃんが納得しているので、いいことにしよう。

「聖女様、お体にお変わりはありませんか?」
「大丈夫ですよ。まだ1日2回はやったことないんですけど、多分2回も大丈夫じゃないかなと思います」

 最初に倒れてしまった理沙は、その後何度も浄化を重ねていくうちに、感覚がつかめたと言っていた。
 目に見えて何かが変わるわけではないけど、これくらいで大丈夫というのが分かるらしい。不思議な力だからそんなこともあるのか。

「やっぱり、この国のほうがクインスより瘴気が薄い気がします」
「分かるのですか?」
「瘴気が濃いところはなんとなく空気が粘っこいような気がするような。上手く言えないんですけど」

 その言葉を聞いて、ターシャちゃんのスイッチが入った。
 今までで一番濃かったところを10とするとどれくらいかを、地図に書き込んでほしいと理沙に頼んでいる。

「ナスターシャ、やめなさい」
「大丈夫です。それがあれば、次の聖女が周る順番も決められるでしょうし、やりますよ」

 ああ、理沙は、今後呼ばれる聖女のことまで考えているんだ。
 そう思ったら、その優しさが、成長が誇らしいようで、でもそんな気遣いをしなければならない状況が切なくて、言葉が出てこなかった。

「お母さん?」
「理沙は偉いね」

 思わず抱きしめて、理沙の肩に顔をうずめて涙ぐんだ目を隠すと、理沙がそっと背中を撫でてくれた。

「だって、次の聖女にはきっとお母さんがいないから」

 聖女召喚で聖女以外が召喚されたのは、記録を見た限り私が初めてだった。
 たった一人でこの世界に呼ばれてしまう後輩のために、理沙は記録を残してあげたいのだ。
 なんて優しい子なんだろう。

「理沙さんから聞いた内容は、すべて他の国にも公開します」
「お願いしますね、ターシャさん」
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