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9. 私の婚約披露
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公爵家のホールで、私の養女としてのお披露目と、婚約のお披露目のパーティーが開かれている。
レリチアのローズモス国王側妃の発表があって初めてのパーティーとあって、レリチアに繋がりを作りたい人たちが押しかけている。
お義父様の最近の溺愛っぷりを考えると、本日の主役である私を差し置いてレリチアに話しかける者は、容赦なくマイナスポイントが付けられる気がするのだが、みんなあからさまにレリチアに話しかけている。
直接国境を接していないトルゴードよりも、隣国のローズモスのほうが重要なのは分かるが、ここにトルゴードの公爵令息がいらっしゃるのに失礼だと気付かないのだろうか。
そんな中、レリチアの取り巻きだった令嬢が話しかけてきた。
「ナスターシャ様、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。お久しぶりですね。卒業パーティー以来でしょうか」
「え、ええ。公爵家の養子に入られるなんて、驚きました」
「あの……、レリチア様とお話したのですが、なかなか近づけなくて。お取次ぎ願えませんか?」
卒業パーティー以来レリチアを訪ねもしなかったのに、図々しいお願いができるなと思ったが、握りしめている手が震えていることに気づいた。なるほど、家からレリチアに話しかけるように言われているから、何としてでも話さなければならないのか。
クレマティスがお義父様の不興を買っているから、必死なのだろう。なんだか哀れになってしまった。
「やめておきなさい。このパーティーでレリチアに取り入ろうとすると、余計にお義父様の不興を買いますよ」
「ですが……」
「貴女たちがレリチアを祝福していたと伝えておきますから」
「ありがとうございます」
そう言って取り巻きの少女たちは離れていった。
「優しいんですね」
「本当に伝えたかどうかなど、彼女たちにもその家族にも分かりませんから」
お義父様は溺愛している割には、こういうところで厳しい。
今回、主役は私なのにレリチアに注目が集中することは事前に分かっていたことだ。それでもこのタイミングでパーティーを開いたのは、これくらい捌けなければ、ローズモス国王側妃として、ウィロウ公爵家の夫人として、今後苦労することが目に見えているからだ。今のうちに経験させておこうという親心なのか、できて当然というテストなのかは分からないが、決して甘やかさない。多くのゲストに囲まれて孤軍奮闘しているレリチアに助け舟も出さない。私が先ほどの令嬢の対応を間違っても、明日あたりに苦言を呈されるだけだろう。
「ジェンシャン様、レリチアを助けに行こうと思うのですが、お付き合いいただけますか?」
「もちろん。姫を守るのが騎士の仕事ですから」
ジェンシャン様と話をしたかった人も一段落したようなので、付き合ってもらおう。
気障っぽい仕草で理想の騎士様を体現していらっしゃるが、宰相のご子息とあっては周りからの注目度も高いだろうから常に気を付けていらっしゃるのだろう。大変そうだ。
ジェンシャン様の腕に手を添えて、レリチアに向けて歩いていくと、私たちに気づいた人々が道をあけてくれる。
「皆様、お話の邪魔をして申し訳ございません」
「ナスターシャ、どうしたの?」
「レリチアとお揃いのドレスをジェンシャン様に見ていただこうと思いまして」
今日のドレスは、レリチアと基本はお揃いにして、レリチアはローズモスの流行を、私はトルゴードの流行を取り入れたものになっている、らしい。服飾史なら分かるが、今流行っているものとなるとよく分からないので、私のドレスはジニアに全て任せてある。
「レリチア様のドレスはローズモスのテイストが入っているのですね」
「まあ、ジェンシャン様、流石ですわ。ナスターシャのドレスはトルゴード風なのですが、どうですか?」
「私から見れば、トルゴードで今流行のドレスにボターニ風味を取り込んだようで、新鮮ですね。それにナスターシャ嬢にとてもお似合いです。国が違っても花の美しさは変わりませんね」
歯が浮くようなセリフがスラスラと出てくるとは、さすが公爵令息と言うべきか。ここ数年はパーティーには出ていらっしゃらないとのことだったが、昔取った杵柄なのか。きっと以前パーティーに出ていらっしゃったころには、群がる令嬢を喜ばせるために何十通りもの誉め言葉のストックをお持ちだったのだろう。
そんなキラキラの笑顔を振りまくジェンシャン様を、周りの令嬢たちがうっとりと眺めている。そういう視線には慣れていらっしゃるのか、まったく気にしていらっしゃらないのが、本物のイケメンという感じがする。
その時、音楽がワルツへと変わった。
「レディ、私と一曲踊っていただけますか?」
「喜んで」
私に手を差し出す様は、まさに貴公子だ。周りからため息が聞こえるが、できれば私もそちら側で眺めて感想を共有したい。「今のご覧になりまして?」「理想の騎士様ですわ」と一緒に盛り上がること間違いなしなのに。
貴公子のリードはさすが慣れていて踊りやすい。任せておけば大丈夫という安心感は、騎士団で鍛えた筋肉によって醸し出されるのだろうか。足を踏んでも、躓いてよろめいても、必ず受け止めてもらえるという信頼は、体幹の強さからくるのかもしれない。
主役として一曲踊ったところで、遅れてパーティーに到着した方に気づいた。
「ジェンシャン様、王太子殿下がお見えです」
「ご挨拶をしないとだね」
「右後ろにいらっしゃるのがボルサ伯爵家長男のロータス様、以前私の婚約者でした」
私自身に含むところはないが、不意打ちに何か言われても困るので、先にお知らせしておこう。
お義父様を筆頭に、お兄様、レリチア、ジェンシャン様と私で王太子殿下をお迎えする。
「王太子殿下、お越しいただきありがとうございます。娘のナスターシャとこの度婚約と相成りましたトルゴード王国ウィロウ公爵家のジェンシャン殿です」
「トルゴード王国と縁ができること嬉しく思う。この国の滞在を楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
ジェンシャン様を紹介した後、王太子殿下を席にご案内し、お父様とジェンシャン様が中心となって話をしている。
今回は国として正式な訪問ではないけれど、トルゴードから高位貴族が来ているのに会わないわけにもいかなかったのだ。
ジェンシャン様は騎士団に所属し、政治には関わっていらっしゃらないらしいが、宰相のご子息とあっては無視もできないのだろう。
王太子殿下の後ろに控えるロータス様から時折視線を感じるが、婚約については全て片がついているのだから、気付かないふりをした。彼の次の婚約は難航していると聞いている。お義父様の怒りを買ったと噂されている状態で、火中の栗を拾う勇気のある家はない。
レリチアのローズモス国王側妃の発表があって初めてのパーティーとあって、レリチアに繋がりを作りたい人たちが押しかけている。
お義父様の最近の溺愛っぷりを考えると、本日の主役である私を差し置いてレリチアに話しかける者は、容赦なくマイナスポイントが付けられる気がするのだが、みんなあからさまにレリチアに話しかけている。
直接国境を接していないトルゴードよりも、隣国のローズモスのほうが重要なのは分かるが、ここにトルゴードの公爵令息がいらっしゃるのに失礼だと気付かないのだろうか。
そんな中、レリチアの取り巻きだった令嬢が話しかけてきた。
「ナスターシャ様、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。お久しぶりですね。卒業パーティー以来でしょうか」
「え、ええ。公爵家の養子に入られるなんて、驚きました」
「あの……、レリチア様とお話したのですが、なかなか近づけなくて。お取次ぎ願えませんか?」
卒業パーティー以来レリチアを訪ねもしなかったのに、図々しいお願いができるなと思ったが、握りしめている手が震えていることに気づいた。なるほど、家からレリチアに話しかけるように言われているから、何としてでも話さなければならないのか。
クレマティスがお義父様の不興を買っているから、必死なのだろう。なんだか哀れになってしまった。
「やめておきなさい。このパーティーでレリチアに取り入ろうとすると、余計にお義父様の不興を買いますよ」
「ですが……」
「貴女たちがレリチアを祝福していたと伝えておきますから」
「ありがとうございます」
そう言って取り巻きの少女たちは離れていった。
「優しいんですね」
「本当に伝えたかどうかなど、彼女たちにもその家族にも分かりませんから」
お義父様は溺愛している割には、こういうところで厳しい。
今回、主役は私なのにレリチアに注目が集中することは事前に分かっていたことだ。それでもこのタイミングでパーティーを開いたのは、これくらい捌けなければ、ローズモス国王側妃として、ウィロウ公爵家の夫人として、今後苦労することが目に見えているからだ。今のうちに経験させておこうという親心なのか、できて当然というテストなのかは分からないが、決して甘やかさない。多くのゲストに囲まれて孤軍奮闘しているレリチアに助け舟も出さない。私が先ほどの令嬢の対応を間違っても、明日あたりに苦言を呈されるだけだろう。
「ジェンシャン様、レリチアを助けに行こうと思うのですが、お付き合いいただけますか?」
「もちろん。姫を守るのが騎士の仕事ですから」
ジェンシャン様と話をしたかった人も一段落したようなので、付き合ってもらおう。
気障っぽい仕草で理想の騎士様を体現していらっしゃるが、宰相のご子息とあっては周りからの注目度も高いだろうから常に気を付けていらっしゃるのだろう。大変そうだ。
ジェンシャン様の腕に手を添えて、レリチアに向けて歩いていくと、私たちに気づいた人々が道をあけてくれる。
「皆様、お話の邪魔をして申し訳ございません」
「ナスターシャ、どうしたの?」
「レリチアとお揃いのドレスをジェンシャン様に見ていただこうと思いまして」
今日のドレスは、レリチアと基本はお揃いにして、レリチアはローズモスの流行を、私はトルゴードの流行を取り入れたものになっている、らしい。服飾史なら分かるが、今流行っているものとなるとよく分からないので、私のドレスはジニアに全て任せてある。
「レリチア様のドレスはローズモスのテイストが入っているのですね」
「まあ、ジェンシャン様、流石ですわ。ナスターシャのドレスはトルゴード風なのですが、どうですか?」
「私から見れば、トルゴードで今流行のドレスにボターニ風味を取り込んだようで、新鮮ですね。それにナスターシャ嬢にとてもお似合いです。国が違っても花の美しさは変わりませんね」
歯が浮くようなセリフがスラスラと出てくるとは、さすが公爵令息と言うべきか。ここ数年はパーティーには出ていらっしゃらないとのことだったが、昔取った杵柄なのか。きっと以前パーティーに出ていらっしゃったころには、群がる令嬢を喜ばせるために何十通りもの誉め言葉のストックをお持ちだったのだろう。
そんなキラキラの笑顔を振りまくジェンシャン様を、周りの令嬢たちがうっとりと眺めている。そういう視線には慣れていらっしゃるのか、まったく気にしていらっしゃらないのが、本物のイケメンという感じがする。
その時、音楽がワルツへと変わった。
「レディ、私と一曲踊っていただけますか?」
「喜んで」
私に手を差し出す様は、まさに貴公子だ。周りからため息が聞こえるが、できれば私もそちら側で眺めて感想を共有したい。「今のご覧になりまして?」「理想の騎士様ですわ」と一緒に盛り上がること間違いなしなのに。
貴公子のリードはさすが慣れていて踊りやすい。任せておけば大丈夫という安心感は、騎士団で鍛えた筋肉によって醸し出されるのだろうか。足を踏んでも、躓いてよろめいても、必ず受け止めてもらえるという信頼は、体幹の強さからくるのかもしれない。
主役として一曲踊ったところで、遅れてパーティーに到着した方に気づいた。
「ジェンシャン様、王太子殿下がお見えです」
「ご挨拶をしないとだね」
「右後ろにいらっしゃるのがボルサ伯爵家長男のロータス様、以前私の婚約者でした」
私自身に含むところはないが、不意打ちに何か言われても困るので、先にお知らせしておこう。
お義父様を筆頭に、お兄様、レリチア、ジェンシャン様と私で王太子殿下をお迎えする。
「王太子殿下、お越しいただきありがとうございます。娘のナスターシャとこの度婚約と相成りましたトルゴード王国ウィロウ公爵家のジェンシャン殿です」
「トルゴード王国と縁ができること嬉しく思う。この国の滞在を楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
ジェンシャン様を紹介した後、王太子殿下を席にご案内し、お父様とジェンシャン様が中心となって話をしている。
今回は国として正式な訪問ではないけれど、トルゴードから高位貴族が来ているのに会わないわけにもいかなかったのだ。
ジェンシャン様は騎士団に所属し、政治には関わっていらっしゃらないらしいが、宰相のご子息とあっては無視もできないのだろう。
王太子殿下の後ろに控えるロータス様から時折視線を感じるが、婚約については全て片がついているのだから、気付かないふりをした。彼の次の婚約は難航していると聞いている。お義父様の怒りを買ったと噂されている状態で、火中の栗を拾う勇気のある家はない。
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