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閑話
【ねこ】5. どっち派?
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街道に出たところで、オレたちを探していた騎士と鉢合わせた。いきなり現れた虎が人間の子どもを連れているので、騎士たちが剣を向けてきた。よく見れば子どもがしがみついているだけって分かりそうだけど、まあそうなるよねえ。虎さん以外の動物は人間の気配にすでに逃げ出している。
「子どもを放せ!」
「お待ちください。その虎は子どもを助けただけです」
「ウィオラス殿!」
ウィオが剣をしまったまま近づいてくるけど、騎士たちは警戒を解かない。オレがここにいるのも気付いていなさそうだ。
「ルジェ、この虎は?」
『子どもが崖から落とされたから、虎さんに頼んで登ってもらったの』
「そうか。ありがとう。私は君の子猫を保護した冒険者だ。怪我はないか?」
「はい。あの、この狐の?」
「そうだ。私の使役獣だ」
子どもが虎さんから降りると、虎さんはオレにすりっと頭を寄せて別れの挨拶をしてから、街道を外れて林の奥に向かって歩き始めた。ありがとね。
「あの、助けてくれてありがとう」
『ギャオ』
去っていく虎さんに向かって子どもがお礼の言葉をかけた。礼儀正しい子だな。
何もせずに去っていく虎を見て、騎士がやっと警戒を解いた。
この子は、王都へ向かって移動中のあのぼんぼんが泊まっていた宿の子どもだった。
ぼんぼんがさらわれたときに、たまたま近くにいたので、ぼんぼんがしがみついたために一緒に馬車に引きずり込まれ、無理やり服を交換させられたらしい。
身代わりを立てたり、子猫にペンダントをつけて逃がして探させたり、ぼんぼんは頭がいいみたいだけど、身代わりにした相手を助けようとしなかったことが、その長所を帳消しにしている。信用を失うと取り戻すのは大変だから、平民だからもみ消せるとは思わないほうがいいよ。
今夜はひとまず一番近い街に泊まることになった。
案内された宿は、超高級宿だ。オレの正体を知っているならそうなるよねえ。子どもも巻き込まれた被害者だからってことで一緒に宿に入ったけど、宿の人が子どもを見て戸惑っている。
「そちらのご子息様は……」
「訳あってこういう服装だが、平民のこどもだ。普通に接してやってほしい。それから彼のために服を一式用意してくれ」
「分かりました」
騎士に連れられてきた、身体に合っていない貴族の服を着た、場にそぐわぬ子ども。訳ありにしか見えないよね。でも、この子は巻き込まれただけの子だよ。
「あの、このような宿、私は」
「支払いは気にしなくていい。宿屋の跡取りなら、いい機会だと思うぞ」
「……はい」
おどおどしている子どもを、騎士が肩を軽くたたきながら励ましている。そうだよ、ぼんぼんの家が払ってくれるから、気にせず楽しんでよ。
子どもからの聞き取り調査にはオレたちも立ち会った。
崖から落とされて無事だったことには騎士も驚いていたけど、「たまたま雪の山に落ちた」という説明に、オレの正体を知っているらしい騎士だけがうなずいていた。オレが助けたと思っているかもしれないけど、偶然だよ。偶然、たまたま、運よく、幸いにも、季節外れの雪があったんだよ。そういうことにしておいて。
オレも、子どもを突き落とした奴らの特徴をウィオから伝えてもらった。オレが関わっている限り、実行犯は草の根を分けても探し出して罰する必要がある。大変だと思うけど、頑張ってね。
動物が子どもの救出に手を貸してくれたのは、動物に好かれるオレがお願いしたからだとウィオが説明してくれた。それで騎士たちが納得したかどうかは分からないけど、子どもは納得してくれた。次に会ったときに虎さんがどうするかはオレにも分からないから、気をつけてね。
後はこの国に任せることにして、夕食前にお風呂に入れてもらおう。オレのために作られた石けんは馬車に置いてきちゃったけど、宿の人が気を利かせて動物用の石けんを持ってきてくれたのだ。さすが高級宿だ。
お湯をためて、お風呂に入ろうとなったところで、部屋の扉がノックされた。
『あの子だから、出てあげて』
「何かあったのか」
扉を開けると、子猫を抱いた子どもが所在なさげに立っていた。
「どうした」
「あの、その、お時間ありますか……?」
「これから風呂だ」
「すみません。だったらいいです……」
そういいながらも帰らないから、何か用事があるみたいだ。
『ウィオ、子猫も一緒に洗ってあげたら?』
「これから私の使役獣を洗うが、子猫を洗うか?」
「あ、はい……」
ウィオと一緒に、子どもと子猫もお風呂場に入った。ウィオが腕まくりして、まずオレにお湯をかけると、そのはねたお湯がかかった子猫が大騒ぎをしだした。
『みゃーっ、しゃーーっ』
「ミー、どうしたの?」
『あれ、猫って水嫌いだったっけ』
「そのようだな。悪い、水が苦手だったようだ」
子どもが「ミー、ごめんね」と言いながら抱っこしても、必死で逃げようとしている。そういえば、ぬれるのが嫌いな動物もいたね。お風呂と聞いて抵抗している犬や猫の動画もたくさん見ていたのに、自分がお風呂大好きだから忘れていたよ。
かなり抵抗しているので、お風呂場から出したほうがよさそうだ。
「部屋を使ってくれて構わない」
「すみません」
子どもは大騒ぎする子猫を抱いてお風呂場を出ていったけど、ウィオの部屋で大人しくしていて、自分に与えられた部屋に戻る様子はない。
『あの子、部屋に一人でいるのが嫌なんじゃないかな』
「ああそうか。襲われたばかりだものな。夕食はこの部屋に持ってきてもらうか」
子どもが厄介ごとに巻き込まれて殺されかけたのだから、心細くて当然だ。しかも周りに知り合いが全くいないのだ。騎士とか冒険者とかばかり相手にしていたから、すっかり失念していた。
ウィオにきれいに洗って乾かしてもらってから部屋に戻ると、ソファの間に挟まって遊ぶ子猫を子どもが見守っていた。子猫はオレに気付くと突撃してきたんだけど、これからブラッシングだから、もうちょっと待ってね。
けれど、当然ながら言うことは聞いてもらえなくて、ウィオがブラッシングしてくれる間も、オレの尻尾に飛びついて遊んでいる。それを飼い主の子どもが穏やかな顔で見ているから、尻尾のブラッシングは諦めた。
尻尾以外のブラッシングが終わるころには、子猫はオレの尻尾にしがみついて、子どもはソファで、共に眠りに落ちていた。子どもは張りつめていた気が緩んだんだろう。
ウィオが自分の部屋の寝室に子どもを運んで寝かせ、その枕元に子猫を置いた。
「騎士に知らせてくるから、見ててくれ」
『キャン』
旅先でいろんな人に会って、ウィオも少しずつ変わっているんだなと、こういうときに感じる。きっと旅に出た当初だったら、眠ってしまった子どもを前に、どうしていいか分からず固まっていただろう。子どもを安心させるために話を聞いてあげるような気づかいはまだできないけど、不器用ながらも優しさを示す方法を学んでいる。
「ミー、どこ?」
『んにゃ』
薄く目を開けた子どもは、枕もとの子猫を胸に抱いて、再び目を閉じた。子猫がいるから寂しくないね。
ベッドは二つあるから、今夜はここで仲良く寝るといいよ。
子どもがぐっすり寝入ったころ、ウィオが戻ってきた。少し時間がかかっていたから、騎士と何か話していたのかもしれない。
「夕食には起きなさそうだな」
『そうだね。起こすのもかわいそうだよ』
もう起きなさそうなので、寝室を出て扉を閉めた。もしうなされたりしても、オレの高性能の耳が拾う。
ソファに座って、できなかった尻尾のブラッシングをしてもらおう。置いてあったブラシをくわえて渡すと、ウィオが笑いながら受け取って、ブラッシングを始めてくれた。
「騎士に謝られた。適切に処理してくれればいいと答えておいたがよかったか?」
『キャン』
お家騒動に口を出す気はないし、その過程での無礼のあれこれは、きっとオレが言わなくても処罰があるだろう。巻き込まれた子どもへの慰謝料も、国がちゃんと監視してくれるはずだ。
『ウィオ、あの子どもを家まで送っていってもいい?』
「ああ」
ウィオはぼんぼんに会った街に馬車を置いて、お馬さんに乗ってきたので、まずはそこまで帰る必要がある。子どもの家は街道の反対側にある街なので、ここでお別れの予定だった。けれど、知らない騎士に囲まれて移動するのもしんどいだろう。
あの子がウィオに気を許しているのは、ウィオが冒険者だというのもあるだろうけど、多分オレの飼い主だからだ。もふもふの飼い主ってだけで、意気投合するところがあるよね。うちの子自慢を始めたら止まらないところとか。
あの子の家の宿を知っておけば、今後ときどき泊まりに行くこともできる。
子猫はいずれ看板猫として宿泊客に可愛がられるに違いない。その様子を見に行かなくちゃね。
「ルジェは猫が好きなのか?」
『オレはどちらか選べって言われたら犬派だけど、でも猫も好きだよ。もふもふはなんでも好き。ウィオはどっち派?』
「私は狐派だな」
やったー。オレの可愛さの勝利! ウィオ、大好き!
――――――――――――――――
間に合わなかった「猫の日スペシャル」をいまさらですがお届けしました。
「子どもを放せ!」
「お待ちください。その虎は子どもを助けただけです」
「ウィオラス殿!」
ウィオが剣をしまったまま近づいてくるけど、騎士たちは警戒を解かない。オレがここにいるのも気付いていなさそうだ。
「ルジェ、この虎は?」
『子どもが崖から落とされたから、虎さんに頼んで登ってもらったの』
「そうか。ありがとう。私は君の子猫を保護した冒険者だ。怪我はないか?」
「はい。あの、この狐の?」
「そうだ。私の使役獣だ」
子どもが虎さんから降りると、虎さんはオレにすりっと頭を寄せて別れの挨拶をしてから、街道を外れて林の奥に向かって歩き始めた。ありがとね。
「あの、助けてくれてありがとう」
『ギャオ』
去っていく虎さんに向かって子どもがお礼の言葉をかけた。礼儀正しい子だな。
何もせずに去っていく虎を見て、騎士がやっと警戒を解いた。
この子は、王都へ向かって移動中のあのぼんぼんが泊まっていた宿の子どもだった。
ぼんぼんがさらわれたときに、たまたま近くにいたので、ぼんぼんがしがみついたために一緒に馬車に引きずり込まれ、無理やり服を交換させられたらしい。
身代わりを立てたり、子猫にペンダントをつけて逃がして探させたり、ぼんぼんは頭がいいみたいだけど、身代わりにした相手を助けようとしなかったことが、その長所を帳消しにしている。信用を失うと取り戻すのは大変だから、平民だからもみ消せるとは思わないほうがいいよ。
今夜はひとまず一番近い街に泊まることになった。
案内された宿は、超高級宿だ。オレの正体を知っているならそうなるよねえ。子どもも巻き込まれた被害者だからってことで一緒に宿に入ったけど、宿の人が子どもを見て戸惑っている。
「そちらのご子息様は……」
「訳あってこういう服装だが、平民のこどもだ。普通に接してやってほしい。それから彼のために服を一式用意してくれ」
「分かりました」
騎士に連れられてきた、身体に合っていない貴族の服を着た、場にそぐわぬ子ども。訳ありにしか見えないよね。でも、この子は巻き込まれただけの子だよ。
「あの、このような宿、私は」
「支払いは気にしなくていい。宿屋の跡取りなら、いい機会だと思うぞ」
「……はい」
おどおどしている子どもを、騎士が肩を軽くたたきながら励ましている。そうだよ、ぼんぼんの家が払ってくれるから、気にせず楽しんでよ。
子どもからの聞き取り調査にはオレたちも立ち会った。
崖から落とされて無事だったことには騎士も驚いていたけど、「たまたま雪の山に落ちた」という説明に、オレの正体を知っているらしい騎士だけがうなずいていた。オレが助けたと思っているかもしれないけど、偶然だよ。偶然、たまたま、運よく、幸いにも、季節外れの雪があったんだよ。そういうことにしておいて。
オレも、子どもを突き落とした奴らの特徴をウィオから伝えてもらった。オレが関わっている限り、実行犯は草の根を分けても探し出して罰する必要がある。大変だと思うけど、頑張ってね。
動物が子どもの救出に手を貸してくれたのは、動物に好かれるオレがお願いしたからだとウィオが説明してくれた。それで騎士たちが納得したかどうかは分からないけど、子どもは納得してくれた。次に会ったときに虎さんがどうするかはオレにも分からないから、気をつけてね。
後はこの国に任せることにして、夕食前にお風呂に入れてもらおう。オレのために作られた石けんは馬車に置いてきちゃったけど、宿の人が気を利かせて動物用の石けんを持ってきてくれたのだ。さすが高級宿だ。
お湯をためて、お風呂に入ろうとなったところで、部屋の扉がノックされた。
『あの子だから、出てあげて』
「何かあったのか」
扉を開けると、子猫を抱いた子どもが所在なさげに立っていた。
「どうした」
「あの、その、お時間ありますか……?」
「これから風呂だ」
「すみません。だったらいいです……」
そういいながらも帰らないから、何か用事があるみたいだ。
『ウィオ、子猫も一緒に洗ってあげたら?』
「これから私の使役獣を洗うが、子猫を洗うか?」
「あ、はい……」
ウィオと一緒に、子どもと子猫もお風呂場に入った。ウィオが腕まくりして、まずオレにお湯をかけると、そのはねたお湯がかかった子猫が大騒ぎをしだした。
『みゃーっ、しゃーーっ』
「ミー、どうしたの?」
『あれ、猫って水嫌いだったっけ』
「そのようだな。悪い、水が苦手だったようだ」
子どもが「ミー、ごめんね」と言いながら抱っこしても、必死で逃げようとしている。そういえば、ぬれるのが嫌いな動物もいたね。お風呂と聞いて抵抗している犬や猫の動画もたくさん見ていたのに、自分がお風呂大好きだから忘れていたよ。
かなり抵抗しているので、お風呂場から出したほうがよさそうだ。
「部屋を使ってくれて構わない」
「すみません」
子どもは大騒ぎする子猫を抱いてお風呂場を出ていったけど、ウィオの部屋で大人しくしていて、自分に与えられた部屋に戻る様子はない。
『あの子、部屋に一人でいるのが嫌なんじゃないかな』
「ああそうか。襲われたばかりだものな。夕食はこの部屋に持ってきてもらうか」
子どもが厄介ごとに巻き込まれて殺されかけたのだから、心細くて当然だ。しかも周りに知り合いが全くいないのだ。騎士とか冒険者とかばかり相手にしていたから、すっかり失念していた。
ウィオにきれいに洗って乾かしてもらってから部屋に戻ると、ソファの間に挟まって遊ぶ子猫を子どもが見守っていた。子猫はオレに気付くと突撃してきたんだけど、これからブラッシングだから、もうちょっと待ってね。
けれど、当然ながら言うことは聞いてもらえなくて、ウィオがブラッシングしてくれる間も、オレの尻尾に飛びついて遊んでいる。それを飼い主の子どもが穏やかな顔で見ているから、尻尾のブラッシングは諦めた。
尻尾以外のブラッシングが終わるころには、子猫はオレの尻尾にしがみついて、子どもはソファで、共に眠りに落ちていた。子どもは張りつめていた気が緩んだんだろう。
ウィオが自分の部屋の寝室に子どもを運んで寝かせ、その枕元に子猫を置いた。
「騎士に知らせてくるから、見ててくれ」
『キャン』
旅先でいろんな人に会って、ウィオも少しずつ変わっているんだなと、こういうときに感じる。きっと旅に出た当初だったら、眠ってしまった子どもを前に、どうしていいか分からず固まっていただろう。子どもを安心させるために話を聞いてあげるような気づかいはまだできないけど、不器用ながらも優しさを示す方法を学んでいる。
「ミー、どこ?」
『んにゃ』
薄く目を開けた子どもは、枕もとの子猫を胸に抱いて、再び目を閉じた。子猫がいるから寂しくないね。
ベッドは二つあるから、今夜はここで仲良く寝るといいよ。
子どもがぐっすり寝入ったころ、ウィオが戻ってきた。少し時間がかかっていたから、騎士と何か話していたのかもしれない。
「夕食には起きなさそうだな」
『そうだね。起こすのもかわいそうだよ』
もう起きなさそうなので、寝室を出て扉を閉めた。もしうなされたりしても、オレの高性能の耳が拾う。
ソファに座って、できなかった尻尾のブラッシングをしてもらおう。置いてあったブラシをくわえて渡すと、ウィオが笑いながら受け取って、ブラッシングを始めてくれた。
「騎士に謝られた。適切に処理してくれればいいと答えておいたがよかったか?」
『キャン』
お家騒動に口を出す気はないし、その過程での無礼のあれこれは、きっとオレが言わなくても処罰があるだろう。巻き込まれた子どもへの慰謝料も、国がちゃんと監視してくれるはずだ。
『ウィオ、あの子どもを家まで送っていってもいい?』
「ああ」
ウィオはぼんぼんに会った街に馬車を置いて、お馬さんに乗ってきたので、まずはそこまで帰る必要がある。子どもの家は街道の反対側にある街なので、ここでお別れの予定だった。けれど、知らない騎士に囲まれて移動するのもしんどいだろう。
あの子がウィオに気を許しているのは、ウィオが冒険者だというのもあるだろうけど、多分オレの飼い主だからだ。もふもふの飼い主ってだけで、意気投合するところがあるよね。うちの子自慢を始めたら止まらないところとか。
あの子の家の宿を知っておけば、今後ときどき泊まりに行くこともできる。
子猫はいずれ看板猫として宿泊客に可愛がられるに違いない。その様子を見に行かなくちゃね。
「ルジェは猫が好きなのか?」
『オレはどちらか選べって言われたら犬派だけど、でも猫も好きだよ。もふもふはなんでも好き。ウィオはどっち派?』
「私は狐派だな」
やったー。オレの可愛さの勝利! ウィオ、大好き!
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間に合わなかった「猫の日スペシャル」をいまさらですがお届けしました。
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