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3年目 スフラル編

7. 山のヌシ

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 イノシシはオレの首をくわえられたまま、山の中を走っている。ウィオが追いかけてきているのは分かるけど、山の中では四つ足が圧倒的に早い。オレに危険はないので無理はしないでほしい。お互いに位置は分かるのだから、ゆっくり追いかけてきて。
 イノシシにどういう目的でオレをさらったのかを聞きたいけど、口を開けると舌をかみそうなので、止まってからにしよう。イノシシがオレを見る目には知性が宿っていたから、何か理由があるはずだ。

 走っていたイノシシが止まってオレを下したのは、山の中腹にある少しだけ開けたところだ。大きなイノシシよりもさらに大きな岩があって、周りを掘り返した跡がある。

『クンキューン?(何の用?)』
『プギ、フギギッ(この岩を避けてほしい)』

 ちょっと前に雨が降ったときに岩が転がり落ちてきて、洞窟の入り口が埋まってしまったらしい。それでこの中にある住処に戻れなくなってしまったから、岩を避けてほしいそうだ。
 うん、無理だよね。オレをひょいっと運べちゃうような体格のイノシシに無理なのに、ちっちゃくて可愛いオレにできるわけないじゃない。神様だって万能じゃないんだよ。
 仕方がないから、ウィオを待とう。ウィオがここに来たら、岩を壊してもらおう。
 だけど、先に説明してくれれば、ウィオが慌てて追いかけてくる必要もなかったのに。人間を信用していないのかもしれないけど、少なくともオレが加護を与えているウィオのことは信用してほしかったなあ。今ごろ騎士さんがものすごく動揺してそうだ。

 ウィオが来るまでイノシシにこの山での生活を聞いているけど、やっぱりこの山の「ヌシ」と呼ばれているらしい。魔法を無効化する魔法が使えるので、魔物を含めてこの山では今のところ敵なしで、気付いたら人間から「ヌシ」と呼ばれていたそうだ。魔法が通じないなら、走るのも早くて逃げ足はばっちりなのに加えて、身体の大きさはそのまま武器だよね。

 オレはこの地の人間と一緒に薬草を採りに山に入っているのだと伝えると、もの好きだなという目で見られた。野生のプライドがあるんだろうけど、オレはペット志望なの。これについては議論しても平行線になるのが分かっているので、深くは話さない。

『フゴフゴ(そのいい匂いのするものはなんだ?)』
『キュー!(これはオレのご飯!)』

 あげないから。絶対あげないから。っていうか人間の食べ物に興味を持たせちゃダメだった。匂いを遮断しておかなかったオレのミスだ。
 リュックに視線が固定されている気がするので、じりじりと後ずさっていたら、イノシシが目に見えてシュンとしてしまった。オレに警戒されたのがショックだったらしい。オレのチョモを食べようとしなければ、警戒したりしないよ。大きな図体でしょんぼりされると、オレがいじめているみたいだから、やめてよね。

 誤解させてしまったのをなだめているあいだに、ウィオがだいぶ近くまで来た。
 そろそろ足音が聞こえるかなと思っていたら、オレの耳がウィオたちの足音を拾う前にイノシシが気付いた。オレより高性能な耳を持っているらしい。人間に対して警戒しているけど、大丈夫だよ。というか、魔法を無効化できる時点で、人間なんて敵じゃないでしょう。

「ルジェ!」
「狐、無事か?」

 追いついた騎士さんと冒険者がイノシシに剣を向けているけど、戦闘にはならないから剣を下げて。

『ウィオ、この岩を壊してほしいんだって。攻撃しないようにみんなに言って』
「この岩を壊してほしくて、連れてきたらしい。攻撃するな」
「狐にか? 無理だろ?」

 こらそこ、傷つくから、さらう相手を間違えているって言わないで!

 岩は、ウィオが空から落とした氷の槍で粉々に割れた。槍の威力に冒険者が思わず「まじか……」って声を出していたけど、見なかったふりをしてくれるとうれしいな。
 気を取り直した冒険者たちが岩のかけらを運んで入り口を開けると、大きな洞窟の入り口が現れた。大きなイノシシが入れるのだから、人も入ることができる大きさだ。

「中はヌシの住処か?」
『カッカッカッ!』
「お、おい。怒るなよ」
『中に動物がいる。それを守っているから、踏み込むと攻撃されるよ』

 住処って自分だけの住処じゃないなら、事前に教えておいてほしいよ、もう。寡黙キャラなのかもしれないけど、言葉が足りないよ。
 中の気配を探ってみると、小動物がたくさんいるし、その中にはこの春生まれた子どももいるみたいだ。ここはイノシシの住処というより、イノシシが守っているこの山に住む小動物の住処らしい。
 オレだけが入っていくと、中から小さな毛玉が飛び出してきて、まとわりついてきた。大人たちは外にいる人間を警戒して、入り口まで近づいてこない。
 ざっと見たところ、怪我をしている動物はいないので、あの岩が落ちてきても入り口をふさいだだけで、巻き込まれなかったようだ。よかった。

『ウィオ、水を出してあげて。しばらくここに閉じ込められてたみたいだから』
「少しだけ中に入るぞ」

 ウィオがイノシシに断って、入ってすぐのところに氷で大きな箱を作って、その中に水を出した。これで水分補給は大丈夫だろう。餌は自分たちで何とかしてもらうしかない。
 それにしても、オレの尻尾で遊んでいる、ころころふわふわのタヌキみたいな子が可愛いぞ。でもまずは、水を飲んで。

 オレがちびもふとたわむれているあいだに、洞窟の外では真面目な話が進んでいた。

「この山のヌシとお見受けする。私はスフラル王国に仕える者です。ここでのことは他言しないと誓います。ですから、今後も人がこの山に立ち入ることを許してください」
『……』
「ウィオラス殿、ヌシとこの場所のことを他言しないという契約を、ここにいる全員にかけてほしい」
「なんで銀のなんだ? 隊長でいいんじゃないか?」
「ここに住んでいない彼が適任だ」

 騎士さんが気にしているのは、イノシシじゃなくオレだろう。この洞窟のことが知られて中の動物たちに危害が加えられた場合に、オレの怒りを買うのを恐れている。だから、ウィオを指名した。
 この旅を始めてから何度も行って手慣れているウィオが、この場所を口外しないという契約魔法をかけた。これでイノシシも騎士さんも安心できるだろう。

「ルジェ、行くぞ」
『キャン』

 ちびもふと別れるのは名残惜しいけど、人間がここにいると洞窟の中の動物たちもくつろげないだろうから、移動しよう。
 ちびもふを振り切ってウィオの肩へと飛び乗ると、オレを追いかけてきたちびもふたちはイノシシに止められた。興味がイノシシの毛に移ったようで、無邪気にちょっかいをかけて遊んでいるのを、冒険者たちが笑顔で見ている。ちびもふたちはまだ人間を警戒していないみたいだけど、ここにいるような良い人間ばかりじゃないから気をつけるんだよ。
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