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閑話

【閑話】フェゴ王国王太子 中

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 マトゥオーソでのやり取りについて、弟にも知らせておこう。実際に現場にいるのは弟だ。

「マトゥオーソにも、タイロンからドラゴンに関する詳しい情報は伝えられていないようだ」
「もしかすると、タイロンも把握していないのかもしれませんね」
「やはり一番情報を持っているのは、オルデキアか」

 ドラゴンが神獣様に会うために現れた、ということは弟が氷の騎士から直接聞き、父王に報告されている。だが弟はそれ以上の詳しいことは聞いていないと言った。
 タイロンにドラゴンが現れたすぐ後に、弟はタイロンとの国境近くの街で神獣様と共に行動することになった。だがそのときの話は、弟と共に行動した騎士たちも含め、契約魔法によって話せないので、詳しいことは聞けていない。

「どうでしょうか。ウィオラスがフォロン侯爵家や国にすべてを話しているかどうかは分かりません」
「そうなのか?」

 貴族に生まれ、しかも元騎士なら、国に尽くすと思うが。だからこそ、今現在各国から氷の騎士への勧誘がなされていないのだ。これが騎士でなければ、氷の騎士へ地位や名誉を提示して、自国へと誘っただろう。それこそ姫を差し出してでも。
 だが弟は、オルデキア国外で彼らを一番近くで見て知っている者と言っても間違いではない。その弟が言うのだから、正しいのだろう。
 マトゥオーソの王太子からも、弟がどれほど氷の騎士と関係を築けているのかを、それとなく確認された。
 弟のおかげで、神獣様に関しては、おそらく我が国がオルデキアを除いてどこよりも一歩先をいっている。

「ウィオラスは神獣様のご意向を何よりも優先しています。オルデキアよりも、おそらくフォロン侯爵家よりも。ウィオラスのその思いをくんで、フォロン侯爵も国にすべてを報告していない可能性もあります」
「それは、許されるのか?」
「国よりも神獣様のご意向が優先されるのは当然でしょう」

 確かにそうだ。目の前にいる弟だって、神獣様のご意向に沿って、この国に有益になる情報を隠している可能性もある。だがそれを責めることはできない。フェゴ王国よりも神獣様のご意向が当然優先される。神とはそういう存在だ。

「フォロン侯爵には、確か幼い孫がいたよな。姫と年齢は釣り合うだろうか」
「兄上、それは得策とは思えません」
「フォロン侯爵家との縁ができれば、神獣様とのご縁もできるはずだ」
「神獣様は、ウィオラスの家族を利用することを決してお許しにはならないでしょう。それに、子どもにはとてもお優しい御方です。子どもを利用したとなれば、なおさらお怒りを買います」

 そういえば、神獣様は子どもの誘拐団の解決に手を貸してくださったが、そのときも子どもを尻尾を使ってあやしていらっしゃったと聞いている。
 現状、弟が氷の騎士とそれなりに親しくしているのだから、これ以上を望んでその関係を壊さないほうがよさそうだな。これは父王にも報告しておこう。

「マトゥオーソで神獣様にお見かけしたぞ。想像したよりもお小さいのだな」
「マトゥオーソにいらっしゃったのですね」
「王都のベルジュに泊まっていらっしゃった。たまたま庭をお楽しみのところを通りがかったのだ」
「ガストーのベルジュは神獣様のお気に入りだとウィオラスから聞いていましたが、今年は王都なのですね」

 マトゥオーソの国が勧めたのかと思ったが、違うらしい。神獣様はいつもはギルドで宿を聞いて、泊まっていらっしゃるそうだ。選ぶ基準は、清潔でご飯が美味しく、神獣様のために薄味でご飯を作ってくれるところ。風呂があるとなおよい。
 やはり弟が誰よりも情報を持っているのは間違いないな。ギルド長なども知っているかもしれないが、冒険者の情報をそう簡単には漏らさないだろう。

「昨年は宿の焼きチョモを大変お気に召されて、森の中へもご自分で背負って運んでいらっしゃいました」
「背負って?」
「ええ、ご自分のものはご自分で運ぶとおっしゃって、ウィオラスにバッグを括り付けてもらっていらっしゃいました。お可愛らしかったです」

 弟はそのときのことを思い出したのかくすくすと笑っている。
 何度も背中を気にされている神獣様に、邪魔なのではないかと心配したが、氷の騎士が「匂いにつられているだけだ」と答え、それに神獣様が抗議されていたらしい。なんと、そのようなお可愛らしい一面もお持ちなのか。

「それで、マトゥオーソで神獣様のご様子はいかがでしたか?」
「楽しそうに庭を走り回っていらっしゃった。私が予定よりも早く帰ったことに気付いた宿の者に抱きかかえられてお部屋へと戻られてしまったので、あまり長くは拝見できなかった。神獣様は氷の騎士以外が触れることをお許しになるのか?」
「そうですね。普段は使役獣として振舞っていらっしゃいますので、冒険者になでられたり、抱っこされたり、肩に乗ったりされていますよ。冒険者たちは人懐っこい使役獣だと思っています」

 なんとうらやましいことだ。私も叶うことならお近くに寄りたかった。

「一度私の肩に乗ってくださいました」
「なんだと?!」

 弟は思い出して幸せそうな顔をしている。私も冒険者になるべきだったか。ちょっと悔しい。

「そうだ、レリアの実も食したが、幻と言われるのも納得の味だった。きっと神獣様も召し上がったはずだ」
「兄上、おそらくそのレリアの実は、神獣様が採取されたものですよ。二年前も神獣様の嗅覚で探したとウィオラスから聞きました」
「え? 神獣様が?」
「とても優秀な薬草ハンターでいらっしゃいますので」

 まさかあのレリアの実は、神獣様が触れられたものなのか?

「マトゥオーソから帰国してから体調が良いと思っていたんだが、そのおかげか。運もよくなった気がする。これは、十年くらいは寿命が伸びたんじゃないか?」
「……そうだと、いいですね」

 なんだ、その残念なものを見るような目は。信じたって、いいじゃないか。
 お前は神獣様のお声だって聞いたことがあるのだろう。私は、遠すぎて聞こえなかったんだ。
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