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3年目 トゥレボル編

【閑話】トゥレボル王国マンタル冒険者ギルド長

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 私はトゥレボル王国マンタルの冒険者ギルド長だ。といっても、このギルドには職員が私とあと二人しかいないので、私はギルド長の仕事に加えて、受付の仕事もしている。
 周りに水田の広がるこの田舎街は小さくて、街の人たちはみな顔見知りだ。この街での依頼は、水田に出てくる魔物の討伐くらいしかない。

 いつもの平和な昼間、冒険者もいないギルド内で事務仕事をしていると、門番が駆け込んできた。

「ギルド長、氷の神子様が街にいらっしゃいました!」
「今、この国に氷の神子様はいらっしゃらないだろう?」
「オルデキアの上級冒険者らしいですよ」

 この国では、目に魔法属性の色が現れている人を神子と呼んでいる。
 生まれるとすぐに王都の教会に預けられて育てられ、成人すると教会あるいは国に所属して、上級魔法を使って国へと貢献する。今、この国で成人しているのは、風と土の神子様だけだ。神子は庶民にとても人気があるのでみんな知っている。だがこんな田舎の街では見かけることもない。
 そんな中、他国の氷の神子様がこの街を訪れるなど、大事件だ。
 しかも、冒険者で上級ランクということは、ギルドにも顔を出すかもしれない。

「何をしにいらっしゃったのか、聞いたか?」
「パホを食べるためだそうですよ」

 たしかにこの地は、パホの名産地だ。この地でとれるパホは香り高く、最高級品とされている。まさか、パホを食べるためだけにこの街を訪れたのか? 王都でも手に入れることができるのに。
 門番が聞き出した話では、道中で農夫にこの街の宿を勧められて、この街を訪れたそうだ。

 小さな街だから、すぐに氷の神子様の動向は知れるだろうと思っていた。
 だが、門番が駆け込んできて以降、街中での目撃情報が聞こえてこない。出歩いていないようだが、宿に籠って何をしているのだろうか。

「ギルド長、聞きました? 氷の神子様、宿に閉じこもっているらしいですよ」
「具合でも悪いのか?」
「なんでも使役獣がパホが好きで、朝昼夜全ての食事にパホを食べて、食べ終わったら宿の庭でぽんぽんのお腹を見せながらひっくり返って寝ているそうですよ。すっごく可愛いらしいです」
「氷の神子様は?」
「狐を見守っていらっしゃるそうです。氷の神子様はあまりパホはお好みじゃないそうですよ」

 事務員が、宿の主人から聞いてきた情報を教えてくれた。
 氷の神子様は、使役獣に好物のパホを食べさせるために、この街に寄ったということか。可愛がっているんだな。
 そうなると、依頼を受けるためにギルドには来ないだろう。

 そう思っていたのに、話を聞いた翌日、ギルドの入り口に銀色の髪、紫色の目の若い男性が立っていた。扉が開いて誰か暇な住民がきたのだろうと思って視線をやった、その先にいたのは氷の神子だった。神子様を初めてみたが、髪も目も不思議な、けれどきれいな色だな。そして肩にいる銀色の狐がうわさのパホ好きの使役獣か。うわさ通り可愛い。

「氷の神子様、ようこそギルドへ。依頼をお探しですか?」
「ああ。なにかあるか?」

 この街には、上級ランクの冒険者が受けるような依頼はない。いや、受けてもらいたい依頼ならあるが、上級ランクの依頼料は払えない。ここは、ダメもとで聞いてみよう。冒険者なんだから受けてくれるかもしれない。後からだましたと言われないように、依頼料を払えないことも伝えておかなければ。

「このあたり一帯の水田の魔物退治なのですが、ただあまり依頼料は払えません……」
『キュンキュン、クーン、キャン』
「受けよう。依頼料はパホで払ってくれると、使役獣が喜ぶ」

 狐がキュンキュンと何かを必死に訴えるのを聞いてから、氷の神子様がヒーディの一斉討伐を引き受けてくださった。しかも、支払いはパホでいいらしい。それは願ってもないことだ。現金の用意はないが、パホなら売るほどある。
 この街には秋の収穫後は、大手商会がこぞって買い付けに来るのだ。氷の神子様が泊まっている宿も、そういう商会のために作られたものだ。商業ギルドにお願いして、昨年秋に収穫したものを用意しよう。

 パホをもらえれば喜ぶという狐は、氷の神子様の肩から受付のテーブルの上に降りて謎の動きをしている。後ろ足で立ち上がりステップを踏むように動き、ふわふわの尻尾を振りながら、前足をちょいちょいと動かしている。氷の神子様によると、パホが食べられるのがうれしくて踊っているらしい。喜びの舞か。コミカルだけど可愛いなあ。

「パホが食べられるのがそんなにうれしいのか?」
『キャン!』

 氷の神子様に断ってから狐の頭をなでると、首の下をなでてというふうに手に首筋を押し付けてきた。ずいぶん人懐っこい使役獣だな。よしよし、可愛いぞ。

 一通りなでて、狐の可愛さを堪能したところで、我に返った。
 ちょっと待て、私はヒーディの討伐だと説明したか、記憶にないぞ? 使役獣の可愛さになごんでいる場合か?
 ちゃんと思い出してみても、ヒーディの名前を出した記憶がないので、恐る恐るヒーディという魔物でと説明してみたが、氷の神子様も使役獣もあまり興味がなさそうだ。氷の神子様なら、どんな魔物が出ても楽勝だろうから、どんな魔物かは気にならないのだろう。
 そんなことよりももっとなでろと手に頭を押し付けて主張する狐が可愛い。よしよし、商業ギルドに言って、最高級のパホを用意してもらうからな。それにしても、ふわふわだ。

 実物を見てもらうために氷の神子様を田んぼへと案内し、実際に氷の神子様にヒーディを倒してもらったが、衝撃を与えると爆発するヒーディも、凍らせてから衝撃を与えても爆発しないことが分かった。凍らせたヒーディを広場に集めて、まとめてたたき切れば、血を吸われる危険も、うっかり落として爆発する危険もない。今年の討伐は楽になるぞ。


 一斉討伐当日、使役獣の狐は、田んぼの間の道を走り回って、ヒーディに雪を吹きかけて凍らせていた。可愛いだけでなく、氷の神子様の相棒として優秀な使役獣なんだな。
 昼食のときには、冒険者や街の人たちからいろいろなパホの料理をもらって、食べまくっていた。そんなに食べて、午後も動けるのか心配だったが、問題なく走り回っていたので、もともと大食らいなのかもしれないな。

 走り回ってヒーディを凍らせ、昼ごはんには一心不乱に、けれど美味しそうにパホを食べる狐は、一斉討伐に参加したすべての人間の心をつかんだ。氷の神子様への依頼料がパホだと街に知れ渡ると、ギルドには様々なパホ料理のレシピが集まった。一斉討伐に参加していない、街の食堂からもだ。

「ギルド長、ヒーディ討伐の報酬にレシピを渡すと聞いたよ。このレシピを渡してくれ。うちの一番人気のパホ料理のだ」
「門外不出ではないのか?」
「パホ食べたさにこの街にきて、討伐にも参加してくれたって聞いたら、この街の人間として渡さないという選択肢はないね」

 氷の神子様はオルデキアの貴族出身らしいので、オルデキアに戻れば料理人がこのレシピを元に、狐の喜ぶパホ料理を作るんだろうな。
 それを美味しそうに食べてから、不思議な踊りを披露する狐の姿が目に浮かぶ。あの後ろ足で立って、前足を右に左にあげる動作には、どんな意味があるんだろうなあ。

「ギルド長、あの狐くんをなでたんですよね。私もなでたかったです」
「あれだけパホを気に入ってるんだから、きっとまた来てくれるさ。そのときになでさせてもらえばいい」
「それまでに料理の腕を磨いておきます! 狐くんが気に入りそうな新しい料理を考えなきゃ。ギルド長、試食お願いしますね」

 たしか料理は苦手だと聞いた気がするんだが、試食には食べられるものが出てくるんだよな?
 事務員に辞められるとギルドの仕事が回らなくなるので、曖昧に笑ってごまかすしかないのが悔しい。私はギルド長で、上司なのに。
 あらかじめ薬師ギルドにポーションを頼んでおくべきかな。
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