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3年目 トゥレボル編

5. お米、お米、お米

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 さて、待ちに待った夕食だ。お米だ。ワオーン! うれしすぎて遠吠えしちゃう。

 宿の人にはお行儀の悪い狐と思われているけど、食堂に入れてもらえた。多分ウィオが氷の神子様じゃなかったら、入れてもらえなかった気がする。日ごろの行いって大切だね。
 だけど、ウィオが椅子の上にマットを、机の上にオレのランチョンマットを敷いてから、そこにオレを座らせた。オレのあまりのテンションの高さに、はしゃぎすぎてこぼすんじゃないかと、ウィオに心配されているっぽいぞ。そんなことしなくても、オレはちゃんとマナーを守れる狐だけど、今はウィオのそんな扱いも気にならない。オレの全神経はお米に向いている。
 ご飯が待ちきれなくて、椅子の上で立ったり座ったりしているオレの隣にウィオが座って背中をなでてくれているので、何かあったらオレを押えるつもりなんだろう。

「狐っこ、お待たせしたね。肉パホだよ」
『キュン!』

 きたきた! 細長いパラパラのお米の上に、柔らかそうなお肉が乗っている。いただきます!
 もくもぐ、もぐもぐ。お米だ、夢にまで見たお米だ。もちもちじゃないけど、オレが知っているお米とはちょっと味が違うけど、でもお米だと思えばお米だよ。もぐもぐ。

 夢中になって食べていたら、お皿の上のお米が全て消えた。不思議だ。食べた記憶がないのに、消えている。消えた先はオレの胃袋なんだろうけど、不思議だ。
 顔を上げると、お皿を運んできてくれた宿の人も、ウィオも、オレを見ていた。どうかした?

「ルジェ、すごい勢いで食べていたが、味わったのか?」
『もちろん! なくなっちゃったので、おかわりください』
「狐っこ、美味しかったかい?」
『キャン!』
「おかわりをもらえるか?」

 宿の人が笑いながら「すぐに持ってくるよ」とおかわりを取りに行ってくれた。
 気づくと、周りのお客さんもオレを見ている。氷の神子様の連れた可愛い狐がすごい勢いでパホを食べている、と注目を集めたみたいだ。
 ウィオもオレを見てるけど、せっかくのご飯が冷めちゃうから食べてよ。

『ウィオ、食べないの?』
「これはタレがかかってるぞ……?」
『違うよ! おかわりが来るのにウィオのを取ったりしないよ』

 ウィオと感想を言い合いたかっただけで、ウィオのをくれって言ってるわけじゃないのに、ひどいよ。
 早く食べてみて。それで、感想が聞きたいんだ。

「ルジェ、そんなにじっと見られると、食べにくい」
『感想が聞きたいだけだから、気にせず食べてよ』

 ウィオはため息をついてから、一口スプーンですくって口に入れた。もぐもぐとかんでいるけど、食べ方がきれいだな。さすが貴族だ。

『どう? どう?』
「味がない」
「氷の神子様、肉とたれも一緒に食べてくださいね。狐っこ、おかわりだよ」
『キャン!』

 ウィオはお米がお気に召さなかったようだ。この美味しさを分かち合えないのは残念だけど、気にせずオレはお代わりを食べよう。もぐもぐ、もぐもぐ。
 ウィオは味がしないと言うけど、お米がお肉のお出汁を吸っているし、お米自体の香りもあるよ。
 粘り気のないパラパラのお米だけど、お米はお米だ。オレの魂の求めるものだ。お米ってだけで、百点満点だよ。もぐもぐ。

 ウィオには刺さらなかったパホだけど、この国出身じゃない人にはよくあることらしくて、パンも選べるようになっている。
 そんな中、夢中になって食べるオレは珍しかったらしい。

 翌日からは、宿の人がオレのために、お米を使ったいろんな料理を出してくれるようになった。おかゆとか、パラパラチャーハンとか、まかない料理でよければっていろんな種類を出してくれるのだ。自分のところの郷土料理を美味しいって言ってもらえるとうれしいよね。

 パホを美味しそうに食べる狐として、オレは宿で人気者になった。氷の神子様のペットだから、遠慮してなでられることはないんだけど、近くに来るといろいろ話しかけてくれる。氷の神子様に話しかけるのを遠慮している分、オレには気軽に話しかけているようだ。それに気づいてから、話しかけやすいように、ウィオの肩に乗るのではなくウィオの少し離れたところを自分で歩いている。

「狐くんは、今日はお仕事かな?」
『キャン』
「しっかり働いておいで」

 ウィオの冒険者の服とおそろいのスカーフをしているから、今日は依頼に行くのが分かったようだ。


 この街にきて、初めてのギルドに向かっているけど、ここでもオレは自分で歩いている。
 ウィオは注目を集めていて、「氷の神子様だ」という声があちこちから聞こえる。その前を歩くオレのことも、「パホ好きの狐か」と言っているのが聞こえるから、街のうわさになっているらしい。
 宿で聞いたとおりに進むとすぐに見つけられたギルドは、こじんまりとしていて人もいないし、依頼もあまり張り出されていなかった。

「氷の神子様、ようこそギルドへ。依頼をお探しですか?」
「ああ。なにかあるか?」
「でしたら、お願いしたい依頼が一つあります。このあたり一帯の水田の魔物退治なのですが、ただあまり依頼料は払えません……」

 え、水田に魔物がいるの? それは由々しき事態だよ。お米の敵だよ。
 ウィオ、この依頼受けよう。上級ランクの依頼料は高いから払えないってことらしいけど、お米を現物でくれたらそれでいいよ。秋に収穫出来たらお屋敷に届けてくれるのでもいいよ。今後この街に来たときにお米食べ放題でもいいよ。

「受けよう。依頼料はパホで払ってくれると、使役獣が喜ぶ」
「ありがとうございます!」

 やったー、お米が手に入るぞ。
 ところで、どんな魔物? まあどんな魔物でも、ウィオなら全部やっつけてしまえるんだけどね。
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