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3年目 トゥレボル編

1. 牧場でもぐもぐ

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「氷の神子様、ようこそトゥレボルへ」
「神子?」
「この国では、目の色に属性が表れている人を神子と呼ぶんです」

 初めて足を踏み入れたトゥレボル王国。マトゥオーソを挟んでオルデキアとは反対にある小さな国なんだけど、実はあまりよく知らない。
 マトゥオーソの西側には、北にトゥレボル、南にスフラルが位置する。二年前はマトゥオーソから直接スフラルに入ったけど、今年はトゥレボルを通って、北側からスフラルに入る予定だ。

 ウィオはオレという神獣の加護を受けているから、「神の子」というよりは「御使い」に近い気がするけど、「神の愛し子」ではあるから、「神子」っていうのも間違っていないかも?
 オレが一人で「神子」という言葉の意味を考えているうちに、入国の許可が出ていた。
 やり取りを見ていると、「神子様」といっても、崇め奉っているわけではなく、「騎士様」と同じくらいの感覚で使われている呼称みたいだ。
 でも初対面のウィオにも好意的に接してくれるので、この国で「神子様」は人気らしい。この国が初めてだと知って、ウィオにいろいろ教えてくれている。

「王都へと向かわれる街道からは外れますが少し南に面白いところがありますよ。お湯が湧いていて、動物が集まるんです。その狐も楽しめるんじゃないですか」
『キャン!』

 それって温泉だよね。行きたい!
 馬車の御者台から身を乗り出すオレが、乗り気になったのが分かって、国境警備の兵士もウィオも笑っている。温泉に行くには大きな木のある二股に分かれた道を左へ進むようにと、道を詳しく教えてくれた。よし、行こう。


 温泉へと向かう道を、パカラパカラと歩くお馬さんの引く馬車で進む。「温泉、温泉、楽しみだな~♪」と歌うオレに、お馬さんも機嫌よく進んでくれている。

「オンセンとはなんだ?」
『野外のお風呂。温かい泉。気持ちいいよ』
「外で危険はないのか?」

 ああ、そうか。この世界で野外は、魔物に襲撃される可能性のある場所だ。だから、外で入浴するという発想自体がないのだろう。建物の中に温泉をひいてくるのは、お金がかかるし。
 ということは、見つかってないだけであちこちに温泉が湧いていそうだ。これは秘湯発見ツアーに呼ばれている気がするぞ。

 教えてもらった分かれ道を曲がると、その先には草原が広がっている。王都へ向かう本線を外れたからか、近くに他の馬車は見えない。
 進んでいくと、街道近くの草原にたくさんの馬が放牧されているのを見つけた。木の柵で申し訳程度の囲いが作られているので、多分牧場の境界線だろう。馬にはあれくらいの高さは簡単に飛び越えられるだろうから、人間のための目印かな。

「馬の飼育場だろう」
『へえ。オルデキアにもあるの?』
「騎士団の馬は、こういうところで育てられた馬を買っている」

 お城ではたくさんの馬が働いているから、足が強いとか、魔物にひるまないとか、目的に合わせていろんなところから集められるらしい。王様のパレード用の馬は、見た目はもちろん、トラブルがあってもパニックを起こさない度胸のある子じゃないといけないから、探すのが大変なんだって。歓声だけじゃなく、何かあれば剣や魔法の飛び交う中で冷静でいるって、人間でも大変なのに偉いねえ。

 お馬さんが寄ってみたいというので、寄り道をすることにした。お馬さんもこんな感じのところで生まれたから、懐かしいみたいだ。
 聞いてみると、柵は簡単に飛び越えられるけど、その中にいれば魔物が来ても人間が守ってくれる境界線と認識していて、ほとんどの馬は出ないそうだ。たまに無鉄砲な子が出ちゃって、人間が大騒ぎしているのを見るのが楽しいらしい。

 街道から敷地内に見える小屋へと続く小道に入って進んでいくと、馬車がきたことに気付いた飼育員らしき人が出てきた。

「これは氷の神子様、何か御用ですか?」
「いや、この先の湯が湧くところを目指しているんだが、私の馬がここに興味を持ったので寄らせてもらった」
「よく手入れされていて、可愛がってもらっているようですね」

 馬の飼育員がお馬さんを見てうれしそうに笑っているから、本当に馬が好きなんだろうね。
 そしてここでもウィオは「神子様」と呼ばれて、受け入れられている。お願いしたら、お馬さんのためにご飯の草を分けてくれることになったのは、そのおかげもあるのかも。

「これはおやつにときどき、量は少なめに」
「野菜なのに多く与えてはいけないのか?」
「これは甘いので、やりすぎは禁物です。この子は甘いものが好きなようですので、気を付けてあげてください」

 すでに首を伸ばして食べようとしているお馬さんに、飼育員さんから注意が飛んだ。幻の果物を喜んで食べていたから、お馬さんは甘いものが好きなのは間違いない。おやつは食べすぎないようにっていうのは人間も一緒だね。
 おやつにと渡されたのは、トウモロコシのような野菜だ。一つもらったお馬さんが喜んで食べているから、オレも食べてみよう。むしゃむしゃ。甘いけど、ちょっと固いしぱさぱさしていて思ったほどじゃなかった。やっぱりトウモロコシはゆでたものか焼いたものがいいなあ。おしょう油をつけた焼きトウモロコシ、思い出したら食べたくなりそうなので、別のことを考えよう。
 気分を切り替えるために顔を上げたら、放牧されている馬が近くに集まってきていた。どっちかな。トウモロコシかな? オレかな?

「馬たちが、その狐に興味を示していますね」
「ルジェは動物に好かれますので」
『キャン』

 トウモロコシじゃなくて、オレの神気に寄ってきているらしい。
 近くに寄っていくと、馬たちがかわるがわる、柵の向こうからくんくんとオレの匂いをかいでは長い舌でベロンとなめている。オレがトウモロコシになった気分だ。

『お馬さんたちと走ってきてもいい?』
「牧場に入れてもらってもいいか? 一緒に走りたいらしい」
「どうぞ。馬たちも喜ぶでしょう」

 飼育員さんから許可が出たので、馬たちと牧場を走り回ってこよう。オレたちのお馬さんも牧場に入れてもらって一緒に走ろう。その間に、ウィオはお馬さんのご飯を馬車に積んでおいてね。
 行くよ、よーいドン。

 整備された牧草は、障害物もなく走りやすくて楽しい。馬がたくさん追いかけてくるけど、中でも若い子馬が楽し気に体当たりをする勢いで近寄ってくる。といっても体高が違いすぎるから、オレは足の下に入っちゃうんだけどね。足元をくぐって走り回ると、子馬たちが何とかオレを捕まえようと追いかけてくる。捕まらないぞ。びゅーん。
 気づくと、広場を走り回っているのは、オレと子馬だけだった。大人の馬たちは、牧草をもぐもぐしている。

『ヒンヒン(もっと走ろうよ)』
『キャン(いいよ)』

 大人たちは休憩中らしい。
 体力が有り余っている子馬たちを走らせてくるから、大人たちはゆっくりもぐもぐしててね。
 子どもたち、行くよ。おいでー。



――――――――――――

 「願いの守護獣」の「精霊の愛し子編」の前、火の子に出会う少し前のお話です。
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