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3年目 オルデキア西部・マトゥオーソ編
【オマケ】オルデキア王国王都冒険者ギルド長のぼやき
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「マトゥオーソの統括長から連絡があって、田舎のギルドが氷の騎士に、使役獣を欲しいと言っている貴族に渡すように言っちゃったんだって。王都のギルド長が謝って許してもらったらしいんだけど。悪いけど、侯爵家に伝えてきてもらえる?」
久しぶりに統括長の顔を見たと思ったら、また仕事を押し付けられた。
統括長もちゃんと仕事はしている。神獣様のスープ事件を機に新たに作ることになったキピングの壁付き野営地に関することは、統括長が国やキピングとのやり取りを行いまとめてくれた。それまで私に降ってきていたら、さすがに辞表をたたきつけたと思う。
けれど、神獣様と侯爵家に直接かかわることは、相変わらず私に押し付けてくるのだ。それが一番辛い仕事だというのに。
「それは、統括長からお伝えになったほうがいいのでは……?」
「ギルドの処分に納得されていたらしいんだけど、本当に問題ないか確認してきてほしいから、ロイク、頼むよ。この前キピングの件で侯爵家に行ってたでしょう? 私は神獣様にお会いしたことがないから、実際のところ分からないし」
毎回それだ。お会いしたことがないからって逃げるのだ。
こうなったら、冬に神獣様がお戻りになったら統括長を紹介して、今後は統括長が担当すると宣言して押し付け返そう。
「マトゥオーソの統括長に泣きつかれちゃってさ。すっごく苦労しているみたいだよ。神罰下されなくてよかったねえ。うちは上手くやれてて、本当に良かったよ」
上手くやれているのは、私が神経をすり減らしているからですよ!!
落ち着け、落ち着くんだ。ここで怒っても、何にもならない。今は警戒させずに泳がしておいて、冬に不意打ちで決めてやる。
しかし、マトゥオーソのギルド統括長とは話が合いそうだ。機会があれば、飲み交わしてみたいなあ。お互い愚痴が止まらなくなりそうだから、酒はやめておいたほうがいいかもしれないが。
先日に引き続き、侯爵家を訪問すると、今回も執事が対応してくれた。今回は、事前に時間を決めての訪問だ。
「実はマトゥオーソのギルドが、お二方に失礼なことをいたしまして――」
マトゥオーソで何が起きたのかを執事に説明して、その対応で問題がないか確認する。そもそも執事に確認している状況がとても不思議だが、神獣様はこの家の方々ととても仲が良いと聞いている。そのため、フォロン侯爵家は侯爵家でありながら、この国では最重要貴族家となっている。
「ウィオラス様が謝罪を受け入れる、とおっしゃったのであれば、問題はございませんよ」
「そうですか、ありがとうございます。安心いたしました」
どちらかというと神獣様はあまり細かいことを気にしていらっしゃらないので、神獣様のお立場を考えて、氷の騎士が神獣様の行動を止めることもあるらしい。神獣様が人の社会のことを気になさる必要などないのだから、当然か。けれど神獣様の意向に沿わないことを氷の騎士がすることはないので、氷の騎士が受け入れると言ったなら、それは神獣様もご納得のうえでのことだと、執事が保証してくれた。
これで、マトゥオーソのギルド統括長も安心するだろう。
「失礼ですが、これはギルド統括長のご担当では?」
「直接お目にかかったことのある私のほうが適任だと……思い、私が、あの」
「ギルド長、お茶が冷めてしまいましたね。替えをご用意いたしますので少々お待ちください」
「あ、はい」
そうなんですよ。私の仕事じゃないのに、私に押し付けられているんですよ。そう言えることができればどんなに良かったことか。
統括長でなく私が来ていることで、神獣様やフォロン侯爵家を侮っていると取られてもおかしくないので、慎重に言葉を選んで返事をしていたら、執事がこちらの言葉をさえぎってお茶の入れ替えを指示した。珍しい対応に、見るともなしに執事とメイドたちのやり取りを目で追っていると、とてもいい香りのする紅茶が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。こちらは、レリアの実の皮で香りづけした、当家秘蔵の紅茶でございます。どうぞご賞味ください」
「こ、これは……!」
まさか、幻の果実と呼ばれ、マトゥオーソのガストーかすぐ近くの王都でしか口にできないとされるレリアの実の香りのついた紅茶がでてくるとは。二年前にガストーで採取され、その皮を加工したものは、商会を経て侯爵家に流れたとうわさになっていたが、それがこの紅茶なのか? いや、あれは確か香油だったはずだ。
「どうぞご内密にお願いいたします。貴重なものをお持ち帰りになるので、外に出せないものが集まっておりまして」
「あ、ええ。もちろんです」
とすると、もしやこれは、神獣様が収穫なさったものをこの侯爵家へと持ち帰られたその実を使ったもの、ということか?
レリアの実がオルデキア国王に献上されたという話は聞いていない。つまり、レリアの実は侯爵家で内々に楽しまれたということだ。そのようなものをいただけるとは。ましてや、神獣様が収穫された実を。あまりの幸運に、涙が出そうだ。
震える手でカップを持ち、一口含むと、甘やかな香りが鼻へと抜ける。最高級の茶葉なのだろう、雑味もなくさわやかな味は、香りと相まって至福の一杯だ。
紅茶をゆっくり堪能する。私が何も言わずに香りを楽しんでいるのを、執事も待ってくれているので、しばらくは難しいことを忘れて、香りを味わおう。
氷の騎士が冒険者として登録に来て、初めて神獣様にお会いしたときからのことを思い出しながら、一口、また一口とじっくり味わう。板挟みになっている私に同情してくれたのだろう。ありがたい。こんなことはきっと二度とない。頑張ってきてよかった。
すべてを飲み干し、鼻の中の香りも消えたところで、夢の時間が終わった。名残惜しいが、これで次の冬も頑張ることができる。
少し冷静になり、今のやり取りを思い返すと、執事は「外に出せないものが集まって」と言ったことに気づいた。つまり、レリアの実だけではないということだ。
昨年、タイロンにドラゴンが現れたが、ちょうど神獣様のご滞在中だったので、ドラゴンは神獣様に会うために姿を現したのだろうと思われている。もしかして、ドラゴンの素材もこの家にあったりするのだろうか。
「実は最近、ドラゴンの鱗だと言って素材を持ち込むものがいまして、我々は本物を見たことがないので判断がつかないので、困っているのです」
私のつぶやきに、執事は微笑のまま表情を変えなかった。これは、あるな。そしてそれを、わざと教えてくれた。
今のところドラゴンの素材に関する動きは限定的だが、貴族が手に入れようと躍起になると、大きな騒動に発展する可能性もある。そのときには協力する用意はあるということだろう。
比較対象がなければ、本物かどうか鑑定することもできない。王宮に秘宝として伝わっているものがあるはずだが、当然ながらそれは鑑定させてもらえない。もし国を巻き込むような騒動にまで発展したら、こっそりお願いしにこよう。
至福の時を過ごし、一つ心配事が減って、晴れやかな気分で侯爵家を後にした。
今まで、依頼の話をしている最中に氷の騎士の膝の上でお腹を見せて眠っていらっしゃったり、氷の騎士の首に巻き付き髪の毛にちょっかいをかけて怒られていらっしゃったりと、とても自由にお過ごしになっているお姿を憎らしく思ったことが、何度かあった。いや、うそはいけないな。大変不敬だが、何度もあった。
けれど本来はお目にかかれるだけでこの上ない幸運といえる御方なのだ。今後は、間近で接する機会をいただけたことに感謝を忘れないようにしよう。
このとき、私は知らなかった。
この後、神獣様がガストーで収穫されたレリアの実を、ダンテール商会が持ち帰り、大騒動が起きることを。
ダンテール商会が輸送料として手に入れたレリアの実を王家に献上しようとしたものの、神獣様がフォロン侯爵家のために収穫されたものだからと王家が断ったことを発端に、何も知らない貴族によってそのレリアの実の争奪戦が勃発し、あまりの騒動にダンテール商会は商業ギルドに助けを求め、商業ギルドは冒険者が収穫したものだから冒険者ギルドにすべて任せると宣言した結果、私が矢面に立たされることを。
神獣様、どうしてダンテール商会にこっそり食べるようにおっしゃってくださらなかったんですか!
――――――――――――
応援のコメントをいただいたオルデキア王都ギルド長のぼやきを、本編から出張出演の執事さんと一緒にお届けしました。
ギルド長の受難シリーズはこれでおしまいです。
久しぶりに統括長の顔を見たと思ったら、また仕事を押し付けられた。
統括長もちゃんと仕事はしている。神獣様のスープ事件を機に新たに作ることになったキピングの壁付き野営地に関することは、統括長が国やキピングとのやり取りを行いまとめてくれた。それまで私に降ってきていたら、さすがに辞表をたたきつけたと思う。
けれど、神獣様と侯爵家に直接かかわることは、相変わらず私に押し付けてくるのだ。それが一番辛い仕事だというのに。
「それは、統括長からお伝えになったほうがいいのでは……?」
「ギルドの処分に納得されていたらしいんだけど、本当に問題ないか確認してきてほしいから、ロイク、頼むよ。この前キピングの件で侯爵家に行ってたでしょう? 私は神獣様にお会いしたことがないから、実際のところ分からないし」
毎回それだ。お会いしたことがないからって逃げるのだ。
こうなったら、冬に神獣様がお戻りになったら統括長を紹介して、今後は統括長が担当すると宣言して押し付け返そう。
「マトゥオーソの統括長に泣きつかれちゃってさ。すっごく苦労しているみたいだよ。神罰下されなくてよかったねえ。うちは上手くやれてて、本当に良かったよ」
上手くやれているのは、私が神経をすり減らしているからですよ!!
落ち着け、落ち着くんだ。ここで怒っても、何にもならない。今は警戒させずに泳がしておいて、冬に不意打ちで決めてやる。
しかし、マトゥオーソのギルド統括長とは話が合いそうだ。機会があれば、飲み交わしてみたいなあ。お互い愚痴が止まらなくなりそうだから、酒はやめておいたほうがいいかもしれないが。
先日に引き続き、侯爵家を訪問すると、今回も執事が対応してくれた。今回は、事前に時間を決めての訪問だ。
「実はマトゥオーソのギルドが、お二方に失礼なことをいたしまして――」
マトゥオーソで何が起きたのかを執事に説明して、その対応で問題がないか確認する。そもそも執事に確認している状況がとても不思議だが、神獣様はこの家の方々ととても仲が良いと聞いている。そのため、フォロン侯爵家は侯爵家でありながら、この国では最重要貴族家となっている。
「ウィオラス様が謝罪を受け入れる、とおっしゃったのであれば、問題はございませんよ」
「そうですか、ありがとうございます。安心いたしました」
どちらかというと神獣様はあまり細かいことを気にしていらっしゃらないので、神獣様のお立場を考えて、氷の騎士が神獣様の行動を止めることもあるらしい。神獣様が人の社会のことを気になさる必要などないのだから、当然か。けれど神獣様の意向に沿わないことを氷の騎士がすることはないので、氷の騎士が受け入れると言ったなら、それは神獣様もご納得のうえでのことだと、執事が保証してくれた。
これで、マトゥオーソのギルド統括長も安心するだろう。
「失礼ですが、これはギルド統括長のご担当では?」
「直接お目にかかったことのある私のほうが適任だと……思い、私が、あの」
「ギルド長、お茶が冷めてしまいましたね。替えをご用意いたしますので少々お待ちください」
「あ、はい」
そうなんですよ。私の仕事じゃないのに、私に押し付けられているんですよ。そう言えることができればどんなに良かったことか。
統括長でなく私が来ていることで、神獣様やフォロン侯爵家を侮っていると取られてもおかしくないので、慎重に言葉を選んで返事をしていたら、執事がこちらの言葉をさえぎってお茶の入れ替えを指示した。珍しい対応に、見るともなしに執事とメイドたちのやり取りを目で追っていると、とてもいい香りのする紅茶が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。こちらは、レリアの実の皮で香りづけした、当家秘蔵の紅茶でございます。どうぞご賞味ください」
「こ、これは……!」
まさか、幻の果実と呼ばれ、マトゥオーソのガストーかすぐ近くの王都でしか口にできないとされるレリアの実の香りのついた紅茶がでてくるとは。二年前にガストーで採取され、その皮を加工したものは、商会を経て侯爵家に流れたとうわさになっていたが、それがこの紅茶なのか? いや、あれは確か香油だったはずだ。
「どうぞご内密にお願いいたします。貴重なものをお持ち帰りになるので、外に出せないものが集まっておりまして」
「あ、ええ。もちろんです」
とすると、もしやこれは、神獣様が収穫なさったものをこの侯爵家へと持ち帰られたその実を使ったもの、ということか?
レリアの実がオルデキア国王に献上されたという話は聞いていない。つまり、レリアの実は侯爵家で内々に楽しまれたということだ。そのようなものをいただけるとは。ましてや、神獣様が収穫された実を。あまりの幸運に、涙が出そうだ。
震える手でカップを持ち、一口含むと、甘やかな香りが鼻へと抜ける。最高級の茶葉なのだろう、雑味もなくさわやかな味は、香りと相まって至福の一杯だ。
紅茶をゆっくり堪能する。私が何も言わずに香りを楽しんでいるのを、執事も待ってくれているので、しばらくは難しいことを忘れて、香りを味わおう。
氷の騎士が冒険者として登録に来て、初めて神獣様にお会いしたときからのことを思い出しながら、一口、また一口とじっくり味わう。板挟みになっている私に同情してくれたのだろう。ありがたい。こんなことはきっと二度とない。頑張ってきてよかった。
すべてを飲み干し、鼻の中の香りも消えたところで、夢の時間が終わった。名残惜しいが、これで次の冬も頑張ることができる。
少し冷静になり、今のやり取りを思い返すと、執事は「外に出せないものが集まって」と言ったことに気づいた。つまり、レリアの実だけではないということだ。
昨年、タイロンにドラゴンが現れたが、ちょうど神獣様のご滞在中だったので、ドラゴンは神獣様に会うために姿を現したのだろうと思われている。もしかして、ドラゴンの素材もこの家にあったりするのだろうか。
「実は最近、ドラゴンの鱗だと言って素材を持ち込むものがいまして、我々は本物を見たことがないので判断がつかないので、困っているのです」
私のつぶやきに、執事は微笑のまま表情を変えなかった。これは、あるな。そしてそれを、わざと教えてくれた。
今のところドラゴンの素材に関する動きは限定的だが、貴族が手に入れようと躍起になると、大きな騒動に発展する可能性もある。そのときには協力する用意はあるということだろう。
比較対象がなければ、本物かどうか鑑定することもできない。王宮に秘宝として伝わっているものがあるはずだが、当然ながらそれは鑑定させてもらえない。もし国を巻き込むような騒動にまで発展したら、こっそりお願いしにこよう。
至福の時を過ごし、一つ心配事が減って、晴れやかな気分で侯爵家を後にした。
今まで、依頼の話をしている最中に氷の騎士の膝の上でお腹を見せて眠っていらっしゃったり、氷の騎士の首に巻き付き髪の毛にちょっかいをかけて怒られていらっしゃったりと、とても自由にお過ごしになっているお姿を憎らしく思ったことが、何度かあった。いや、うそはいけないな。大変不敬だが、何度もあった。
けれど本来はお目にかかれるだけでこの上ない幸運といえる御方なのだ。今後は、間近で接する機会をいただけたことに感謝を忘れないようにしよう。
このとき、私は知らなかった。
この後、神獣様がガストーで収穫されたレリアの実を、ダンテール商会が持ち帰り、大騒動が起きることを。
ダンテール商会が輸送料として手に入れたレリアの実を王家に献上しようとしたものの、神獣様がフォロン侯爵家のために収穫されたものだからと王家が断ったことを発端に、何も知らない貴族によってそのレリアの実の争奪戦が勃発し、あまりの騒動にダンテール商会は商業ギルドに助けを求め、商業ギルドは冒険者が収穫したものだから冒険者ギルドにすべて任せると宣言した結果、私が矢面に立たされることを。
神獣様、どうしてダンテール商会にこっそり食べるようにおっしゃってくださらなかったんですか!
――――――――――――
応援のコメントをいただいたオルデキア王都ギルド長のぼやきを、本編から出張出演の執事さんと一緒にお届けしました。
ギルド長の受難シリーズはこれでおしまいです。
応援ありがとうございます!
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