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3年目 オルデキア西部・マトゥオーソ編

18. 大満足の食事会

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 宿に泊まっていた王族も帰って、商会の人たちの都合もついたので、食事会だ。
 いつもはお部屋で食べているけど、今日は宿の食堂だ。食堂というか、宴会場かな。
 おめかしして会場に向かうと、入り口に商会の人たちが全員そろっていた。すごく緊張した表情で、ぎこちない。何でかなと思ったら、人影の向こうに、明らかに貴族って感じの男女とギルド長がいた。
 ウィオは彼らに気付いたのか、オレたちを会場まで案内するために前を歩いている客室係のお兄さんに、「少し預かっていてくれ」と言ってオレを手渡して、自分だけ伯爵のところへ寄っていった。お兄さんはオレを抱いたままその場で立ち止まってくれている。オレを貴族に近づけないために、ウィオがオレを託したと察してくれたんだろうけど、お兄さんグッジョブ。オレは伯爵には気づきませんでしたってフリで、お兄さんと遊ぼう。

「エラート伯爵、彼がオルデキアを拠点に活動している上級ランクのウィオラスです」
「ウィオラス殿、息子が世話になった。礼を言う」

 ギルド長から伯爵を紹介されたウィオは、伯爵のお礼に何も言わずに頭を下げた。正式な場じゃないからそれだけでいいらしい。

「ダンテール商会にもあらためて礼を。今日は、食事を楽しんでくれ」

 伯爵はそれだけ言うと、きれいなドレスを着た女性と一緒に帰っていった。挨拶だけにわざわざ来たらしい。
 お母さんも義理のお父さんもまともそうなのに、どうして坊ちゃんはあんなに残念な感じになっちゃったのかなあ。

「ウィオラス、悪いな。突然、挨拶だけでもと言われて断れなかった。冒険者が逃亡しているから、あまり強く出られなくて」
「分かりました」

 不意打ちになった理由をギルド長が説明してくれているけど、伯爵はちゃんと形を整えたかったんだろう。オレたちがかたくなに断っている理由を告げてないから、仕方ないね。これくらいなら偶然会ったっていうのとそう変わらないから、問題ないはず。
 それだけ伝えると、ギルド長は「俺も食べたい」と言いながら、伯爵を追いかけて出ていった。お仕事頑張ってね。

 偉い人たちがいなくなって、商会の人たちも少し緊張がほぐれたのか、護衛隊長が話しかけてきた。

「ウィオラス、お前の発案と聞いたんだが。俺たちものすごく場違いだと思う」
「すまない、イアン。ルジェが、スープのお礼に、マルクにここの食事を食べてもらいたいと言ったんだ」
「このような機会をいただけて、とてもありがたいです。氷の騎士様はガストーにもお泊りになったことがあるんですよね。あちらも似ていますか?」

 商会の責任者も話に交ざってきたけど、宿に興味があるらしい。

「ルジェが、ガストーは貴族の別荘、王都は宮殿、と表現していましたが、私もそう思います」
「こちらはガストーを訪れることが難しい国外からのお客様のために、離宮を改装いたしました」

 有名なガストーのベルジュの料理が食べたいけれど、移動や警備の都合で行くことのできないお客さんのために作られた宿なのだと、オレを抱いたままウィオに近寄った客室係のお兄さんが説明してくれた。そういえば、去年の冬、ここのことを教えてもらったときにそんな話を聞いたような気もする。姉妹店なんだ、ってくらいの認識で聞き流していたよ。
 ここはお金を出せば誰でも泊まれるわけじゃないそうで、二度とない機会だからと商会の人たちは今回の食事会の話に飛びついたそうだ。お礼には破格すぎるので、費用は全額商会で持つので招待だけでいいと言ったけれど、伯爵が払うらしい。
 そして今回の食事会を知った商会仲間からは、半ば本気で、一時的に商会の従業員にしてくれと言われたらしい。
 気軽に提案しちゃって申し訳なかったけど、商会の人たちが喜んでくれているならうれしい。

 そんな情報交換をしてから、宴会場のようなところに用意されたテーブルへと案内された。横に長いテーブルに席が準備されている。
 商会の責任者とウィオが真ん中で向かい合って、オレはウィオの隣、その隣は料理係さんだ。

「狐くん、こんなに豪華なところ、落ち着かないんだけど」
「ルジェも最初は部屋で挙動不審だった」
『キュゥ』
「だが食事は美味しいので、期待してくれ」

 世界中の美味しい料理を食べたい仲間だから、一緒に美味しいものを楽しもう。

 マトゥオーソの料理は、フランス料理に似ている気がする。といってもフランス料理とイタリア料理の違いはよく分からないけど、とにかくソースが美味しいんだ。
 オレのためには味付け控えめのソースを作ってくれるから、見た目はウィオと同じで、でもオレ専用のプレートができるのだ。

 食前酒とアミューズから始まった料理は、前菜、スープへと進む。
 今日のスープはコンソメっぽいもの。透明なスープがキラキラと輝いて見える。

「すごいな。まったく雑味がないのにこくがある。狐くんはこんな美味しいものを食べてるのに、俺のスープも喜んでくれて、いい子だねえ」
「こういう料理と野営での料理は、まったく違うものだろう」
『キャン』

 そうだよ。時間もかけて、材料にも調味料にも糸目をつけないで使えるのと、野営の制限がある中で作る料理はまったく別物だよ。
 でも、いいこと思いついちゃった。今は食べるのが忙しいから、終わったら提案してみよう。

 お魚とお肉も味わったら、いよいよデザートだ。今日は何かなあ。

「本日のデザートは、ウィオラス様とルジェ様からご提供いただきましたレリアの実を使いましたパイでございます」
「レリアの実?!」
「昨年からギルドが力を入れているとは聞きましたが、まさか口にできるとは」

 みんな喜んでくれて、採りにいった甲斐があったよ。
 パイは、お花の形に切り抜かれたパイの真ん中に、クリームと果物が乗っている、可愛らしい見た目だ。それだけでなく、まだ少し凍っているシャリシャリの果物もそえられていて、すごくいい香りが部屋を満たしている。
 クリームはオレたちがガストーの宿で食べたタルトのレシピを参考に作られているらしいから、絶対美味しいよね。
 ぱく。さくさく。うーん、美味しい。

 あ、料理係さんが感動で泣いてる。

「こんないいもの食べられるなんて、俺はもう思い残すことはない」
「俺もだ」

 護衛隊長さんまで。いやいや、思い残してよ。まだまだ世の中には美味しいものがたくさんあるよ、きっと。オレも探している途中だけど。
 護衛たちがオレたちのことを拝んでるけど、大げさだよ。

 まだ見ぬ美味しいものだけど、まずは、上にちょこっと乗せただけじゃなく中にぎっしりクリームと果物を詰めたパイが食べたい。
 そのためにも、この後の果物探しは張り切っちゃおう。
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