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3年目 オルデキア西部・マトゥオーソ編

16. 心は庶民

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「ベルジュ別邸、ここだな」
『ここ、ガストーの宿よりも豪華じゃない?』
「そうだな。あちらのほうが敷地は広いが」

 王都に戻ってきて、前に泊まった宿に預かってもらっていた馬車を引き取ってきたのだけど、ガストーの宿の姉妹店は想像よりも豪華な門構えだ。
 大丈夫かなあ。冒険者どころか商人でも入店禁止って言われそうだ。冒険者の馬車は裏に回ってくださいって言われても文句は言えない。

「ウィオラス様とルジェ様ですね。お待ちしておりました。どうぞこのまま奥の右手へとお進みください」
「世話になる」

 門番がウィオとオレを見てから門を開け、にこやかに挨拶してくれた。
 門から敷地内へと入ると両側は林になっていて、オルデキアの部隊長さんのお屋敷みたいだ。でも突き当りに見える建物は、部隊長さんのお屋敷よりも豪華だ。

『なんか、すごいね』
「離宮のようだな」

 絢爛豪華って言葉が似合う。ガストーのほうでも五つ星って感じだったのに、ここは確実に星が一つは増えている。言うなれば、あっちは貴族の別荘、こっちはウィオが言うように王族の離宮。あるいは、あっちはリゾート地、こっちは宮殿って感じ。オレにはリゾート地のほうが向いている。

 正面玄関に着くと、ドア係がお出迎えに来てくれた。
 ここから馬車置き場までは、宿の人が馬車を運んでくれるので、荷台から荷物を出そう。ウィオの着替えが入ったバッグ、それから雪に埋めてある果物。それに、オレのスカーフの替えと毛のお手入れグッズを入れたリュック。荷物係の人が受け取ってくれた。ウィオの服も、オレのスカーフも、持っている中で一番良い余所行きのおしゃれなものにしているけど、それでも足りない気がする。
 ここに自分で馬車を運転してきたお客さんってオレたちが初めてじゃないかなあ。

「ウィオラス様、ルジェ様、ようこそおいでくださいました。ご滞在中にお二方のお世話を担当いたします、デニスと申します。さっそくお部屋へご案内いたします」
「頼む」
『キャン』

 ガストーでは客室係はダンディなおじさまだったけど、ウィオと同年代のお兄さんだ。オレの鳴き声にもにっこり笑いかけてくれたので、お兄さんは親しみやすさがウリかな。キラキラの笑顔がまぶしい。

 お兄さんの案内についていくウィオの肩に乗って建物に入ると、内装も豪華だった。オルデキアのお城にちょっと似てるかも。
 オレはこの建物内、部屋以外ではウィオの肩から降りないぞ。
 ガストーのほうも最初は汚すのが怖くて、共用部分のじゅうたんの上を歩けなかった。けれど、客室係さんも他の従業員も、たまにすれ違うお客さんもニコニコと見守ってくれるから、そのうちウィオに足を拭いてもらってから普通に歩くようになった。
 でもこっちは、そんな雰囲気じゃない。

「本日、他国の王族の方がご滞在中のため、大変申し訳ないのですが、あちら側への立ち入りはお控えくださいませ」
「分かった」

 うわあ、王族も泊まっちゃうんだ。迎賓館みたいなものなのかな。それはギルド長も驚くよねえ。
 伯爵のお礼をここでの食事にしたのって、もしかしてとんでもない要求をしちゃったんじゃない? 美味しいホテルレストランで食事会くらいのつもりで提案しちゃったよ。

 お部屋に案内されると、こちらもすごかった。すごすぎると、すごいしか言えない。
 すごさに圧倒されていても、ウィオがスタスタと部屋に入ってくので、ウィオの肩に乗っているオレも入ってしまった。

「こちらのお部屋をご用意いたしました」
「ルジェ、ここでいいよな?」
『もうちょっとグレードを落としたお部屋はありませんか……』
「気に入ったようだ」

 どこが?! 聞こえてたよね?!

 オレ、ここにいていいんだろうか。
 そのキンキラしているランプ、爪をひっかけたら、宝石が外れたり塗装がはげたりしない?
 ベッドは天蓋があって、王子様が起こしてくれるのを待っているお姫様が眠っていそうなんだけど、オレこんな豪華なところで寝られるかな?
 オレのお風呂はウィオが入るお風呂とは別に用意されていたけど、お風呂の周りにお花が飾ってあって、すごくメルヘンな感じだ。銀色のふわふわの狐とお花はすごく似合うと思うんだけど、ぷるぷるして水を飛ばしても大丈夫? 湯気でお花が傷んじゃわない?

 オレが心の中でツッコミをしている間に、ウィオは幻の果物を出して、商会との食事会に使ってほしいと伝えている。

「お食事会にはどのような形でご提供いたしましょうか」
「任せる。私たちは何度も食べているので、商会の人が喜ぶようにしてほしい」

 この後また採りにいく予定だしね。
 果物を運ぶための箱を持ってくると言って、客室係のお兄さんが部屋を出ていった。

 部屋にウィオとオレだけになったけど、オレは部屋の豪華さに気後れして、ウィオの肩から降りられないでいる。
 狐じゃなくて、借りてきた猫になっちゃった。にゃあん。

 固まっているオレに気づいたウィオが、胸に抱きなおしてくれた。

「そんなに気にしなくていい。ルジェはこれよりももっと良い部屋に住んでもおかしくないんだ」
『やだよ。肩がこっちゃうよ』
「だからオルデキアの私たちの部屋も質素なんだ。母上が本当はもっと良いものを使いたいとおっしゃっていた」

 十分豪華だよ。あの部屋に使われているものは、木と布が主で華美さはないけど、多分かなり質がいいものだと思うんだよね。残念ながら違いが分からないけど。
 オレがお母さんたちのドレスに絶対に近寄らないから、レースのような爪の引っ掛かりそうなものは一切使わないでいてくれるし、すごく気を遣ってもらっている。

「傷をつけても、ひっかけても構わない。ガストーの宿とそう変わらないだろう?」
『無理言わないでよ』
「ルジェは変わらないな。初めて会ったころも、宝石に囲まれて動けなくなっていた」

 宝石付きの首輪を作ると言われて、周りに宝石を置かれて動けなくなったときのことだ。懐かしいねえ。
 高いお金払ってるんだって開き直れればいいんだろうけど、このものすごく細かい細工に小さな宝石が一つ一つ付けられている繊細さとか、時を経たことによってかもし出される重厚感とか、一度壊してしまったら元には戻らないものだと思うと怖いよ。

 分かってるよ。オレは何をしても許される、そういう存在だって。
 でも、オレの心は庶民なのよ。そう簡単に変えられないのよ。

 問答無用で毛足の長いじゅうたんの上におろされてしまったので、そろりそろりと歩くと、動きが面白いとウィオに笑われてしまった。生粋のお坊ちゃまめ。


 ちなみに、その日の夜はとても気持ちよくぐっすり眠れた。
 ウィオによると、ランプを消してすぐに、寝息が聞こえてきたらしいよ。ウィオの枕もとで丸くなったときは、寝ている間にシーツに爪をひっかけたらどうしようって思ってたのに。
 オレは、自分で思ってるよりも図太いらしい。十日のうちに、この部屋にも慣れるかな。
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