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3年目 オルデキア西部・マトゥオーソ編

4. 決め手

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 順調に進んできたけど、カリスタの森に近いここからが本番だ。
 オレたちの馬車をお願いしている若手も、馬車の扱いに慣れてきたし、オレたちも魔物を発見したときの伝達手段を何度か予行演習してみたし、本番に向けた準備もばっちりだ。

 今夜は、この隊商で初の野営だ。このあたりには大きな街がなくて、一つの街では隊商の全員が泊まれない。かといっていくつかの街に散らばって泊まると、護衛も散らばってしまうので、リスクがある。そのため、このあたりではいつも野営をするそうだ。

 ここに来る前に、三グループすべて同じ街に泊まることはできなくて、グループごとに別れて泊まることもあった。その場合は、翌朝の集合場所を決めて、落ち合って移動していた。オレたちを雇っている商会としては、他のグループと別行動でも困らないんだけど、今後助けてもらうことがあるかもしれないから、そこはお互い様ということらしい。まあ、護衛隊長が最初に言っていたように、見返りはしっかり巻きあげてるんだろうけどね。

 今日の夕食のスープは、今までのお昼と違って、時間をかけて煮込むものを作るらしい。お昼はゆっくり時間を取っていられないので手早くできるものだけど、夜は、陽が落ちてから移動するのは危険だから、寝るまで時間がたっぷりある。それに、翌朝のスープの仕込みもしてから寝る。
 この料理係は、護衛だけど馬の世話は免除されているし、武器の手入れも他の人が代わりにやってくれるんだそうだ。
 最初は自分の分だけ作っていたのが、頼まれた他の人の分も一緒に作っていたら、いつの間にかそれも仕事になったらしい。

「ここは厄介なところだが、マルクの作るスープは楽しみなんだ」
「なんでこの材料だけであんなに美味しいものができるのか、何度食べても分からん」

 他の護衛の人たちにも人気だから、これは期待できるね。
 いつものように作るところを見ているけど、もしかして、これは、ポトフじゃないかな? 今朝出発してきた街で仕入れた塊肉とごろごろ大きなお野菜のシンプルな煮込み料理。春とはいえ夜はまだ冷え込むこの季節に、身体の芯まで温まりそうな味のしみ込んだお野菜。でき上がりを想像しただけで、ヨダレが出そうだ。じゅる。

「狐、いつも熱心に鍋の見張り番してるな」
「魔物でも出てきそうなくらい真剣だな」
「もうすぐできるから待ってろ」

 ただ料理ができ上がっていくのが面白いから見ているだけで、そんなに真剣なつもりはなかったんだけど。でも料理係も笑ってるから、はたから見るととても真剣に見えるらしい。
 ほら、オレは獣だから、衛生的に嫌がる人もいると思って、いつもは調理場に近づくのは遠慮している。でも、外なら気にしなくていい。でき上がりの味を想像しながら美味しいものができていく過程を見ているとワクワクするのだ。
 
 料理をしている間に他の人たちはテントを張って寝る準備をしていて、終わった人からお鍋の周りに集まってくる。
 オレたちは馬車の荷台で寝るので準備は必要ないけど、ウィオは夜の見張り番の話を聞きにいって、そのまま帰ってこないから何か話をしているんだろう。
 三グループに加えて、ちょうど同じタイミングでこの付近を通っていた馬車が集まっているので、野営地は大混雑だ。どうせ夜で、緊急以外の馬車は通らないからと、街道に馬車を並べている。オレたちの馬車が先頭で、一番カリスタの森に近い。多分そこが一番避けたい場所だろうから、ウィオが自分からそこに馬車を置くと宣言した。オレの結界があるので、一番危険な場所でも馬車は安全だ。

「これは狐の分な。ちょっと肉多めにしておいたぞ」
『キャン!』

 ありがとう。いい人だね。お礼に、何かあったらそのときは真っ先に助けるよ。

 話が終わったウィオに馬車まで器を運んでもらったら、美味しいご飯の始まりだ。ウィオが前の街で買ってくれたパンと一緒に食べよう。
 いただきまーす。はふはふ、ほくほく。
 ごろごろのお野菜が甘くて美味しい。身体が温まるよ。旅だからワガママは言わないけど、ペロリと平らげちゃったので、おかわりが欲しいくらいだ。

『この依頼、受けて正解だったね』
「ルジェのためにギルド長が選んでくれたんだろうな」
『オレもそう思う』

 多分、他の二つの商会も提示した条件はそんなに変わらなかったはずだから、決め手は野営のときのご飯だろう。ギルド長はオレたちの旅の目的が食い倒れツアーだって知ってるからね。
 途中の街の宿も、オレの舌に合わせて薄味で作ってくれるご飯が美味しいし、食生活がとっても充実している。
 ギルド長に感謝だ。


 今夜の見張り当番には、オレたちも参加だ。お鍋じゃなくて、森から魔物が出てこないか、ちゃんと見張るよ。
 今回もオレたちは一番だ。去年のフェゴでも一番だった。ちょっと夜更かしするだけだから楽でいいんだけど。
 と思ったら、一番楽なところがオレたちに割り当てられているらしい。

「気を遣われてる?」
「それもあるが、一番の戦力だから、翌日に響かないようにだろう」

 ああ、そうか。オレたちが先頭で魔物の警戒をしている。今までは魔物が出てくることはなかったけど、もし出てきたらまずウィオが討伐に向かうから、そのウィオが寝不足で魔物を倒せずに馬車に近づかれてしまっては困るのか。

 決まった時間まで見張りをしたら、次の人のテントまで行って、起こして交代だ。当番じゃない人を起こしてはいけないから、このテントで本当にあってるよね、とオレが何度も確かめている間に、ウィオがまったく気にせずテントを開けて、寝ている護衛に小さな声で話しかけた。

「ん、時間か?」
「ああ、異常はなかった」
「了解」

 小さな声でやり取りをして、見張り番の交代だ。
 騎士団でもこの方法で交代するらしい。寝ているところに触ると、敵だと思って反撃されることがあるから、最初は声をかけるだけなんだって。オレは声だけで起きられる自信がないよ。
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