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2年目 フェゴ編

【閑話】フェゴ王国騎士団第四隊隊長 6

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 午前中は休憩し、午後から撤収準備を始めている。
 薬草は、昼食を持ってきたものと交代した隊員にすでに街へと運ばせた。昨日の分ですでに必要な半量は集まっているので、当初の予定よりもかなり早く、今日の夕方に神獣様と一緒に街へ帰ることになった。
 神獣様方が戻っていらっしゃったらすぐに引き上げられるように、荷物を片づけていたときだった。

「敵襲!」

 短いその言葉に全員が剣を取った。まさか陽の高いこの時間に魔物が襲ってくると思わず、油断していた。

「ケルヴェスだ!」
「四体、いえ、五体です!」

 悲鳴のような報告があがるが、返している余裕がない。すぐ目の前に、大きな角が迫ってきたので、とっさに横へと飛んだ。ギリギリで突進はかわせたが、こんなことで諦める相手ではない。
 足を狙って魔法を放つがかわされてしまった。ケルヴェスの対処方法は、取り囲んで足を止めることだが、この人数で奇襲してきた五体を相手にするなど、私にも経験がない。
 倒れているものに駆けよって確認すると、傷は深いが意識はあった。だが、ポーションを取りに行く余裕がない。
 魔物が五体もいては、集まって体制を立て直すことも難しい。それぞれが目の前にいる魔物に対応するしかなく、このままではいずれ消耗してしまうと気ばかりが焦っていたところに、さらに乱入してくるものがあった。

「こんなときに狼が!」
『ウォンウォン!』

 絶望的な状況だ。魔物で手一杯なのに、さらに狼など。昨日、殿下が狼に見かけたとおっしゃっていたが、もしかして食べ物の匂いにひかれたのか。食べ物ならやるから、隊員は見逃してほしい。
 だが、狼は予想もしなかった行動に出た。騎士に襲い掛かろうとしていた魔物に飛びかかり、足に噛みついた。
 まさか、助けに来てくれたというのか? いや、狼が人間を助けるなど考えられないから、たまたま敵が共通だったのかもしれない。けれど、助かった。

「怪我人を中心に集まれ!」

 このチャンスを逃さないように、体制を立て直さなければ。
 動けるものが魔物の攻撃の合間をぬって、なんとか怪我人の周りに集まり、少しずつ反撃を始めたところで、一人の隊員が気づいた。

「狐!」
「殿下が近くに!」

 まずい。こんなところに神獣様と殿下を巻き込むわけにはいかない。神獣様、どうか殿下とともに森を出てください。
 けれど、その祈りが聞き届けられることはなかった。

 神獣様が現れてすぐに、魔物たちの標的が神獣様へと移った。
 魔物は五体とも、神獣様を食べようと追いかけている。そして狼たちも、魔物が神獣様を諦めて騎士へと向かおうとするとそれを邪魔して、神獣様を追いかけるように仕向けている。そしてそのまま、森の奥の方へと魔物を引き連れて走っていってしまわれた。
 まさか、自らをオトリに騎士から魔物を遠ざけて下さったのか?

 魔物が野営地を離れてすぐに、殿下とトリス様が駆け込んでいらっしゃった。

「皆、無事か?!」
「ケルヴェス五体が、狐を追っていきました!」
「怪我のないものは続け!」

 殿下も神獣様がオトリになるというあまりの事態に言葉を失われたようだが、すぐに指示を出し、走り出された。
 怪我の軽いものに後は任せて、神獣様を追っていると、前方で大きな音がした。これは、魔物の悲鳴か? だがもし神獣様に何かあったらと、自分の嫌な想像に背筋が寒くなる。
 音の発生源にたどり着くと、魔物と対峙している氷の騎士がいた。

「もう一体は?」
「狼が追いかけた。ルジェも手伝いに行ったから任せておけばいい」

 神獣様、なんでそんなにアクティブなんですか!
 けれど氷の騎士がこれだけ落ち着いているということは、神獣様に危険はないということか。
 使役獣のフリをされているから惑わされてしまうが、人間が神の心配をするのがそもそも間違っているのかもしれない。

 目の前の魔物に目を戻すと、二体は氷の槍に貫かれて完全に倒れ、残り二体も怪我を負って走れないようだ。
 そして動いていた魔物の一体は氷の騎士が氷の魔法で造作もなく眉間を貫き、もう一体は殿下が剣で首をはねられた。
 ついてきた騎士たちも、氷の騎士の強さに言葉を失っている。我々の助けは一切必要なかったようだ。
 神の加護があると、魔力の回復がとても速いと聞いたことがあるが、おそらく氷の騎士は魔力など一切気にせず、上級魔法を乱発できるのだろう。もはや、一人で国を落とせそうだ。

「我々は使役獣を追う。皆は戻って怪我人の手当てを」
「はい」

 隊員たちは、自分たちを助けてくれた狐と狼を助けずに戻されることに少し抵抗したが、おそらく神獣様が戦闘しているところを見せないためだろうから、隊員たちを連れて戻ろう。
 トリス様も一緒に戻られるようで、何があったのか説明を求められた。

「なぜ狼がいたのですか?」
「分かりません。狐と協力して、我々を助けてくれました」

 神獣様が戻っていらっしゃる前に狼が助けに入ってくれたが、神獣様が狼に頼んでくださったのだろうか。
 答えのない問いを考えても無駄だ。それよりも怪我人の手当てと撤収について考えよう。

「隊長、我々はすぐに森を出ます」
「動けるものを護衛に着けます」
「いえ、不要です。氷の騎士がいるのですから。見たでしょう」

 あの戦闘を見た後では反論できない。むしろ私たちのほうが足を引っ張るだろう。
 ああ、そうか。今の状況で再度襲撃があったら、小隊は全滅するだろう。けれど、殿下とトリス様は氷の騎士とともに森を出る。そうしなければ、怪我人の治療のために神獣様の御力を当てにしていると取られてもおかしくない。殿下たちには、隊を見捨てていくという選択肢しかない。

「隊員たちのことはお気になさらず。明日の朝、第二小隊に救助に来るようお伝え願えますか?」
「分かりました。ただ、神獣様の手前、帰る準備だけはしてください」
「お優しい御方なんですね」
「だからこそ、頼ってはなりません」

 トリス様もまた、この決断に心を痛めているのだと、その絞り出すような声が物語っていた。
 怪我人のために小隊が残るならば自分たちも残ると神獣様がおっしゃる可能性があるのなら、少し遅れて追いかけるというフリをして、神獣様たちに先に出発していただこう。

 野営地に戻ると、怪我の軽い者たちが、重傷の者たちを一か所に集めて、傷の手当てをしていた。
 不足しているポーションを誰に使うのか、判断は私にゆだねられた。ここに医務官はいないので、私が判断するしかない。
 申し訳ないが、傷が確実に治るものに使って、戦力として復帰してもらうしかない。
 今朝街へと運んだ薬草で、明日までに上級ポーションが作られているといいのだが。

「私よりもジャンニに。後遺症が残ってしまいます」
「明日、ポーションが届く」

 完全に怪我が治らず戦えないものに使うほど、ポーションに余裕はない。
 私の選択に、怪我のひどい隊員たちも状況を悟ったのか、ポーションを使わない手当てを何も言わずに受け入れてくれた。

「すまない」
「隊長のせいではありませんよ」

 オルデキアにいらっしゃる神獣様が、他国の騎士を救うなど、あってはならない。そんなことがあれば、我が国にもと他の国が声をかけやすくなってしまう。
 全ては神の気まぐれ、そう割り切るには人は欲が深すぎる。私とて、部下を助けてほしいと縋りたい。
 けれど、そういう状況を作ってはならないのだ。
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